[047]現代編 第三十七回  珠理×懸案事項

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第三十七回  珠理×懸案事項

1989年(平成元年)7月8日(土曜日)。怒濤の一週間も今日で終わる、ハズ。昼に、珠理[じゅり]が京子先生に電話したら、「夕方から、少し時間があるから、遊びに来ないかと誘われた。」

バイトは、土曜日は午後三時で閉店なので、「よろこんで、伺わせてもらいます。」と答えた。珠理にも、聞いておきたいことが幾つかあったので、都合が良かった。


研究室に着くと、今日も、京子先生は“白衣”だった。さっそく質問してみた、一つ目は、蟠国[ばんこく]について。

「わたしも直接は行ったことがないんだがナ。場所としては、森都(もりつ)と山都(やまつ)を結ぶ幹線道路の途中にあったらしい。といっても、道に接しているわけではなく、そこから伸びた枝道を行くらしい。」

机の上には、前にも利用した地図帳が広げられている。

「これでいうと、たぶん、これが幹線道路の跡で、これがその枝道かもしれない。」

京子先生は、ボールペンの尻で地図をなぞりながら、珠理に示した。

「でも、なんで蟠国[ばんこく]なんだ?」

「それはですねえ。まず、起[おこり]の三つの“舟[ふね]”を探そうと思ってまして、京子先生のお話によると、そのうちの一つを譲り受けたのが蟠国[ばんこく]だからです。もちろん、最終的には十二、全てを探し出すつもりです。なにしろ、少なくとも五年は、あちらに居ることになりますから。」

「なあ、ほんとに、“舟[ふね]”、探し出す気なのか?」

「はい!」

「そうか。もし、みつかったら、わたしにも、連絡くれナ。あっちにいたころは、気にもならなかったが、こっちに来て思ったんだよ。“舟[ふね]”の動力源とか、通信方法とか、どうなっていたんだろうってナ。」


二つ目の質問は、竜国文字について。長い説明だったので、まとめると次のようになる。

京子先生は、留学中に覚醒した時、まず、自分は頭がおかしくなったのではないかと考えたらしい。そこで、突然、頭の中に涌いた無数の情報を書き留めてみることにした。そして、それらに整合性があるのならば、頭がおかしくなったのではなく、何かが覚醒したのだと判断することにした。

結果は、珠理も知っての通りである。そのとき書きためたノート類の内、自分の研究には不要な物。あるいは、すでに不要となった物を珠理に譲ると言ってくれた。その中には、札絵[ふだえ]や竜国文字の字書にはじまり、さまざまな手製の辞書類も含まれているという。ただし、手で持ち運べる分量ではないので、準備でき次第、順次宅配便で送るので、期待して待っていろ!という話だった。


三つ目の質問は、姉がバイトしていた漢籍[かんせき]のパソコン入力について。

こちらも要点をまとめると、京子先生はネタ切れで、ここ何年かは予算が余っていたらしい。そこで、自分の経験と歴史書とのズレの原因がどこにあるのかを知ろうと考えた。

印刷物を検索する場合、どうしても見逃してしまうことがある。そこで、パソコンに入力して、正確かつ高速に検索できるようにした。

「で、原因ってわかったんですか?」

「ハハハ。いや、全く。ただナ、多少の予想はつく。中国の歴史書によれば、使者が山都(やまつ)まで来たことになっている。当然、日国[ひつくに]派の国々を通過してきたはずだ。にも関わらず、運河の話がどこにも書かれていない。

あ、そうか、一応説明しておくと、川と川を結ぶ運河があったんだよ。わたしは直接見たことはなかったが。水門を使って水位を調節するタイプのもので、かなりの数があったらしい。

そういったことが記されていないのはなぜか。まず、使者が自主的に報告しなかった。あるいは、使者を日国[ひつくに]あたりが買収し、報告させなかった。

わたしの予想はともかく、いつか、誰かが、つじつま合わせをしたことは間違いない。ただナ、あんたから新しいネタ譲って貰ったんで、来年度のあっちの予算はない。今年度中に、何かしらの答えを出して、プロジェクトチームは解散して貰う。」とのことだった。


四つ目の質問は、札絵を描く能力の劣化について。

京子先生によれば、札絵を描く能力が劣化するという話は、聞いたことがないという。たとえば、森都(もりつ)で会った次手[つぎて]からやって来たという男、もちろん老人だが、何百年ぶりかに自分の“舟[ふね]”から物を出そうと、札絵を描いたら、ちゃんと出たという。その男は、飛んだことのない、頭が赤く光っている者だったという。


そのほか話題になったのは、先日、珠理が持参した豆菓子だった。ここにはいろんな宗教や主義・思想の者がいるので、食べ物には気を使っていたが、豆だけは、全員OKだったとのこと。特に、薄緑色のちっこい豆が人気で、皆で取り合いになったという。もし機会があったら、あの豆を多めにしてくれるとありがたいと言われた。実は、家には、数個の買い置きがある。そんなことなら、今日も二、三個、持って来るんだったと、思った。


それと、どのタイミングで出たかは忘れたが、京子先生によると、森都(もりつ)にいた起[おこり]の者たちは、情報の記録や伝達にも札絵を用いていたという。もちろん、終[しまい]でも当絵[あてえ]と呼ぶカナ擬[もど]きは使われていたが、それを大幅に拡張したものらしかった。

そのことを思い出した京子先生は、珠理から譲り受けた例のモノに描かれている札絵も起[おこり]版のカナではないか?と考えた。が、そうではなかった。さらに、描かれている札絵には、見たこともないものが多数含まれているという。そして、

「いったい、あれは何なんだ?」

「暗号です。姉とわたししか知らない、暗号です。」

「で、わたしが貰ったあんたの解読分のほかに、何が書いてあるんだ?」

「私信なので、お答えできません。(笑い)」

冒頭から、京子先生の話題で持ちきりだとは、さすがに言えなかった。ちなみに、いわゆる起[おこり]版のカナについては、京子先生が覚醒時に覚えていた分をノートに記したものがあるそうで、それも譲ってくれるという。



珠理は、帰りの電車の中で考えていた。“熟練度”はどうやったら上がるのか? “舟[ふね]”それも、可能ならば“上舟[かみのふね]”に、繰り返し繰り返し、同じ札絵を描き続ければ、当然、“熟練度”は上がるだろう。そして、より多くのモノが出せるようになるらしい。

この場合、何の“熟練度”が上がったのだろうか。その“舟[ふね]”に対する“熟練度”が上がったのか。それとも、その札絵を描く“熟練度”が上がったのか。あるいは、その両方なのか。

他の物で考えてみよう。たとえば、運動や勉強は、試合や試験がなくても、練習だけで“熟練度”は上がる。

そう考えると、新聞の折り込みチラシの裏にでも、札絵を描きまくるだけで、札絵を描く“熟練度”が上がるはずだ。そして、札絵に関して高い“熟練度”を持っている者であれば、初見の“舟[ふね]”からでも、何かしら出せるのではないだろうか。といっても、京子先生に以前聞いた話によれば、自分の“舟[ふね]”以外を使おうと考える者はいないらしいので、誰もそんなことは試していないだろうが。

では、手描きではなく、札絵のハンコを作って押しまくったらどうなる。ハンコを作る作業中に札絵に関する“熟練度”が上がる可能性はあるが、“ハンコを押す”という行為によって“熟練度”が上がるとはちょっと考えにくい。

でも、“舟[ふね]”にそのハンコを押しまくったらどうなる。もしそれで、モノが出せたのなら、その“舟[ふね]”に対する“熟練度”は上がったと見なせないだろうか。どちらにしろ、検証してみないとわからない。それよりも、最大の問題は、珠理のような“舟[ふね]”から現れたわけでもない者に“舟[ふね]”が使えるのか?ということだ。

考えを“熟練度”に戻そう。

要[よう]は、“熟練度”の問題は、常に右肩上がりなのか。それとも、そうではないのかということに尽きてしまう。そういえば、ピアニストやバレリーナは、稽古を一日休むと、元に戻すのに三日かかると聞いたことがある。

本鍛冶茜[もとかじ・あかね]は、覚醒してから二十年近く、ほとんど札絵を描いていないようだから、今ここに終[しまい]の“上舟[かみのふね]”があったとしても、“桃”一つ出せないのではないだろうか。

それと、さっき聞いた京子先生の話によれば、“舟[ふね]”から現れた後、転生したことのない者、すなわち、それ以上は老化しなくなった者は、“熟練度”が劣化しないらしい。加えて、本鍛冶茜によれば、終上[しまいのかみ]は、“上船[かみのふね]”を使うことで、“熟練度”が上がったらしい。

つまり、こういうことではないのか。老化がとまった時点で、“熟練度”の上がり幅は小さくなるものの、常に右肩上がりとなり、一切劣化しない。逆に、転生後、老化が止まるまでは、“熟練度”は、やればやるだけ上昇し、やらなければ緩やかに劣化していく。それは、札絵や送札に限定されず、身に着けている全ての技術などにもあてはまるのではないか。

“熟練度”について、姉はどう考えたのだろう。

起上[おこりのかみ]の転生者とされる姉の沙理[さり]ならば、転生後に“熟練度”の劣化が想定される場合、修練を重ねたのではないか。わたしに気づかれないところで、札絵や送札を描き続けていたのではないだろうか。もちろん、描いたものは破棄しただろう。とすると、どこかにそんな跡が残っているかもしれない。

以前ならば、そんな代物[しろもの]、迂闊に触れると飛ばされる!と考えた。しかし、今週集まった送札に関する情報を考慮すれば、それはだたの杞憂に過ぎなかった。なぜなら、所有者がこの世に存在しない以上、“譲渡する”という意思も“手渡しする”という意思もまた存在しないからだ。

あれ? 待てよ。

“姉”が残してくれたらしい牘[とく]の束によれば、起上[おこりのかみ]がこちらに飛んでくるために使った送札を起[おこり]以外の者が使うと、一時的に能力が封印され、有効な送札が描けなくなるとあった。実際、本鍛冶茜も描けないと言っているし、たぶん、「のっぽさん」もそうだったのだろう。

しかし、諦めずに修練を積んでいれば、描けるようになったのではないだろうか。つまり、実質的には、能力を“封印”したというよりも、“熟練度”をいったん“リセット”したに過ぎないのではないだろうか。

そこまで考えたところで、我に返った。運良く乗換駅に着く手前だった。



家に帰り着くと間もなくして、本鍛冶茜から電話があった。内容は、明日の勉強会についてで、場所を笠部蘭子[かさべ・らんこ]の家に変更したいという。珠理が「家、知らん。」というと、迎えの車を出すという。帰りも車で送ってくれることを条件に承諾した。


両親と晩ご飯を食べていたら、姉の新盆の話になった。東京のお盆は、七月十三日の夕刻に迎え火がたかれ、十六日の夕刻に送り火がたかれる。今年でいえば、七月十三日は来週の木曜日。十六日は日曜日である。ただ、父は東京の流儀を知らなかった。母も、実家が電気店だったため、店の前でそんなことやれるわけもなく、詳しいことを知らなかった。

というよりも、この家は、ほぼ無宗教なのである。別に、共産主義者のアジトというわけではない。年寄りと一緒に暮らしていたり、年寄りが近くに住んででもいないかぎり、今の東京、どこも似たようなものなのだ。

そんなこともあり、珠理は、子供の頃から、あの四本足の茄や胡瓜のお供え物に憧れがあった。母も同じらしい。ところが、父が渋った。母と一緒になって問い詰めると、父は子供の頃、お供えが終わった胡瓜をかじって、腹をこわしたことがあるらしい。加えて、

「昔は、お供え物は、終わると川に流した。それは、流れた先で食物連鎖に組み込まれた。しかし、今の東京だと生ゴミでしかない。焼かれてしまい、食物連鎖には関与しない。だから、止めよう。」

と、まっとうなことを言われ、珠理も母も諦めた。珠理の両親は、子供達に向かった、頭ごなしでものを言うことはしない。必ず、なんらかの理屈を付けてくる。そんな家で育つと、珠理のような扱い難い子が出来てしまうらしい。


食後、珠理は、自室に戻り、珠理の机の隣に、当時のまま置かれている姉の机の前に立った。姉が処分し忘れた“何か”を探すためだ。まず、机の横長の吊り引き出しを開けた。中は、空だった。

次に、脇の引き出しを上から順に開けていったが、そこに入っていたのは、工具類となんだかよく分からない部品のみだった。結局、姉の机の引き出しからは、紙製の物は、何一つみつからなかった。

姉の机の上や周りは、姉がいた当時から、古いパソコン本体、周辺機器、取扱説明書程度しかない。教科書などの市販の書籍類は、姉専用の本棚に収められている。姉のノート類などは、その本棚にはない。

これは、母に聞いてみるしかないようである。珠理は、パソコン通信中の母の元へ。

「おかあさん。姉さんの机の引き出し、今見たら、工具なんかしか入ってなかったけど、もともとそうだったの?」

「沙理の机、今は、わたしが使ってるから。っていうか、あんたの部屋の半分は、わたしが物置として使ってるから。」

「なんで?」

「それと、あんたが、地方の大学へ行ったら、この家、リフォームする予定だから。休みにこっちへ戻って来ても、寝るのは客間になるからそのつもりで。」

「なんで?!」

「この家もさあ、建ててからだいぶ経つのよ。だから。」

「いやいやいや、ちがうって。えっと、まず、わたしの部屋はなくなっちゃうってこと? それと、姉さんの机の引き出しにあったものは、どうなったの?」

「沙理の机にあったものは、ダンボールに詰めて、あんたの部屋の洋服ダンスの奥に押し込んであるから。それと、今のあんたの部屋は、わたしの物置になるだけだから。」

珠理、絶句。

珠理は、部屋に戻ると、さっそく洋服ダンスの奥を探してみた。いったい、いつからここにあったのか、見慣れぬダンボール箱が二つ。大きくて重いダンボール箱の中身は、ノートやレポートなどの紙製品が中心だった。もう一つの箱は、姉が身に着けていた小物類が中心で、あの日、姉が持っていた財布も入っていた。

“姉”が残してくれたという牘[とく]の束によると、姉の財布にはなにやら仕掛けが施されているらしい。では、まずそれを確認してみよう。財布の中には、別段変わった物は入っていないようである。

だが、よく調べてみると、札入れに、隠しポケットというわけではないと思うが、小さなポケットがあった。そこにテレホンカードで隠すようにして、折り畳んだ紙切れが入っているようだ。珠理も、これとお揃いの、色違いの財布を持っているのだが、こんなポケットがあることは知らなかった。

いくら安全だと信じていても、百万が一ということもある。そこで、直接触らずすむように、姉の机の引き出しから、さっきみつけたピンセットと先の細いペンチ(=ラジオペンチ)を出した。ペンチで財布のポケットを広げ、ピンセットで折り畳んだ紙を引っ張り出した。それを自分の机の上で、ピンセットとペンチを使いながら、破かないように、丁寧に広げた。

それは太罫のレポート用紙の半切れで、財布のポケットには、八折りにして入っていたようだ。そして、なんとその内面には、縦書きで札絵がぎっしりと描かれていた。

念のため、まずは、描かれている札絵をひとつひとつチェックする。結果、送札の“開始宣言”も“終了宣言”も含まれていなかった。次に、牘[とく]の束を解読する時に作った、札絵→ANK[アンク]変換表を出し、見比べてみた。しかし、ほとんどの札絵が、変換表には載っていなかった。

あまりにも緊張して作業をしていたせいか、どっと疲れが出た。他の物については、明日から少しずつ調べていくことにしよう。

レポート用紙の半切れをもとのように折りたたみ、姉の財布に戻した。そして、母のところに行き、

「姉さんの財布。わたしが、もらっちゃっていいよね?」と声をかけた。

「いいけど、あんた、財布なんか使ったっけ?」と、母。

「一人暮らしになったら、いろいろなものが新たに必要になるかも、です。」

「そうなの、それわたしが使おうかと思っていたんだけど、あんたが使いなさい。」と、母。

「ありがとうございます。で、おとうさん、どこ?」

「庭じゃないの?」と、母。

庭では、父が、わけのわからないトレーニングをしていた。

「おとうさん、姉さんの財布。わたしが、もらっちゃっていいよね?」と、父に声を掛けると、意味不明な答えが返ってきた。

「相手が、少林寺拳法使いだったとする。当然相手は“金的[きんてき]”狙ってくるよなあ。拳で受けるのが正解なんだけど、次の展開を考えたら、他の方法もあるだろう。」

しかたない、ちょっと、付き合うことにした。

「この時期なら、傘持ってるから、傘使うね。」

「傘がなければ?」

「わたし、ショルダーバッグで、まず防御し、そのまま間合いを詰めていって、絞めるかな。で、さあ、姉さんの財布。わたしが、もらっちゃっていいよね?」

「使ってくれる人がいれば、財布も喜ぶと思うよ。道具は使われてこその道具だから。」

「サンキュー。」

これで、姉の財布および中に入っているレポート用紙の半切れも、所有権は珠理に移ったと思われる、たぶん。そして元・姉の財布を、珠理がいつも使っているショルダーバッグの中に、放り込んだ。


工具類は姉の机の引き出しに、二つのダンボール箱は洋服ダンスの奥に、それぞれ戻し、再びパソコン通信中の母のもとに、

「母上様。我が家に、光学顕微鏡ってありましたっけ?」

「あるよ。子供用だけど。それより、電子顕微鏡は諦めちゃったの?」

「それはそれとして、まずは、目視で確認したいことがあるので。」

「そうなの。ただし、うちの顕微鏡、対物レンズの一つを“誰かが”ダメにしちゃったけど、それでいい?」

(わたし? ちがうと思うけど…。)

「で、倍率どのくらい?」

「接眼が十倍、二十倍。対物は今使えるのは、五倍と四十倍だけ。」

「ってことは、最大で八百倍か。それはすごい。それ、貸して下さい。」

「いいけど、もう、壊すなよ。」

(ええ、やっぱり、わたしなの…。)

部屋に戻ると、珠理は今週頑張ってくれた、送札の裏側を顕微鏡で観察しはじめた。倍率を上げると光量が足りないので、姉の机に付いているライトも併用することにした。

“姉”は、あの牘[とく]の束の中で、珠理が持っているこの送り札について、「たとえ片面描きであったとしても他のグループの送札とは、ひと味もふた味も違うのです。」と書いていた。つまり、見た目にはわからないような裏描きがされているのではないだろうか。

実は、答えはすでに予想がついていた。本鍛冶茜によれば、札絵は見えなくてもいいし、描き順も関係ないという。そして、起[おこり]以外の者が起[おこり]の裏描きを真似ても機能しなかったという。

これらの条件から導き出せる答えのうち、もっとも可能性が高いのは“エンボス加工”だ。正確に言えば、札絵をいったんエンボス加工し、それをきれいに潰してしまうのだ。仮にこれを“潰しエンボス”と呼ぶことにしよう。そうしておけば、見た目も、手触りも、なにも描いていないものに近くなる。しかし、肉眼ではほとんど気付かなくとも顕微鏡で拡大してみれば、その痕跡がみつかるはずだ。

そして、その痕跡がわずかであるが、今、見つかったのである。つまり、こうだ。起[おこり]では、送札を描く時、肝心な札絵、たぶんそれは裏描きの“開始宣言”と“終了宣言”と思われる、を“潰しエンボス”にしておいたのではなかろうか。これが、起[おこり]の裏描きの真相ではないのか。

もちろん、“潰しエンボス”なんてしなくても、墨などを一切使わず描くとか、あるいは、単に指で描くだけという方法もある。しかし、それでは、誤動作や不発のリスクが大きい。ならば、専用の凸型と凹型を用意しておき、プレスする方が簡単だし確実なのではないか。

そして、珠理が所有しているような片面描き指定の送札の場合は、裏描きの“開始宣言”と“終了宣言”だけでなく、裏描き全体を“潰しエンボス”にしてしまう。たぶん、内容が定型化されており、専用の凸型と凹型も用意されていたのだろう。それを用いることで、他のグループのメンバーが描いたのと見た目はほとんど変わらないが、極めて精度の高い起[おこり]の送札が完成する!

ただ、今観察したところによると、残念ながら、つぶされた札絵を全て、完全に写し取ることは、かなり難しそうだ。いままで、この送札を雑に扱ってきたツケをここで払うこととなった。

[046]現代編 第三十六回  珠理×鬼畜【下】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第三十六回  珠理×鬼畜【下】

1989年(平成元年)7月3日(月曜日)。懐風庵法律事務所をあとにした珠理[じゅり]は、その足で最近頻繁に通っている、いつもの図書館へ向かった。運良く雨は小降りになっている。が、図書館の入口の前に立ち、愕然とした。珠理は、失念していた。月曜が休館日であることを。

そこで、図書館近くの公衆電話へ向かった。電話ボックスに入ると、まずはノートを開き、栞奈[かんな]が記した相手方の中で“こいつ邪魔くせえ”って思う連中の氏名を確認した。もちろん、面識のある者は一人もいなかった。

次に、そこに備え付けの『ハローページ』で、そいつらを調べた。簡単にみつかった者もいたが、当然、見つからない者もいた。都内に住んでいないのか。あるいは、別の名で契約しているのか。あるいは、非掲載にしているのかもしれない。とりあえず、地元の者が含まれていることだけは確認できた。

今日のところは手詰まりである。家に帰ることにし、駅を目指した。ここは、いつも使っている駅の二つ手前の駅である。駅の入口に向かって左側におばちゃんたちが群がっていた。なにかのイベントでもあるのだろうか。誰も傘をさしていないところをみると、運の良い連中らしい。

面白半分で近づいてみた。どうも、地元の婦人会かなにかの集まりのようだ。手には皆、同じパンフレットを持っている。そして、そこには笑顔の女性とその女性の氏名が。

(あれ?)

栞奈が記した邪魔者リスト五人目と氏名の“名”が同じなのだ。それは、よくある名ではある。しかし、使われている漢字が極めて珍しいのだ。でも名字は異なっている。念のため、そばにいたおばちゃんに訊ねてみると、リストにあった名字は嫁ぎ先のもので、地元での活動では、良く知れ渡っている旧姓を使っているのだという。どうも、この場で一番運が良かったのは珠理のようだ。

珠理の右手にはすでに送札[おくりふだ]が握られている。おばちゃんたちの壁の薄いところから、“標的”に近づく。周りにいるおばちゃんたちに笑顔を振りまいている“標的”の目の前に、珠理も笑顔で送札を差し出した。“標的”は、送札を右手で掴んだ。一瞬、珠理は、手を離す。すかさず、珠理は、「あっ、間違えました。ご免なさい。」と頭を下げ、送札を奪い返した。その間、“標的”は、笑顔を崩すことなく、おばちゃんたちに愛想を振りまいていた。

おばちゃんの輪から脱出した珠理は、まず、左手にしているゴツイ腕時計のストップウォッチをスタートさせた。そして、送札をしまいながら、駅前のロータリーを挟んで反対側にある、ハンバーガーショップへ向かった。

正直、ハンバーガーは好みではない。しかし、そんなことも言ってられない。とりあえず、ハンバーガーとコーラを注文した。品は直ぐに出てきた。それを持って、階段を昇り二階席へ。

二階席からは、ロータリー越しに、さきほどのおばちゃんの群れがよく見える。珠理は腕時計を外し、テーブルの上に置いた。

送札は、発動するのだろうか? 姉の時も、草生美智の時も、送札は手渡したままであった。しかし、今回は違う。すぐに取り返したのだ。このやり方でも発動したなら、いろいろ応用できそうである。

そんなことを考えていたら、おばちゃんの群れで何かが起こった。“標的”が倒れたのかもしれない。あちこちから人が集まりだした。何かを叫んでいる者もいるが、ガラス越しには聞こえてこない。

間もなくして、救急車がやってきた。救急隊員が何かをやっているらしいのだが、人の壁が邪魔して、ここからは見えない。そんな様子をコーラのストローをくわえながら珠理は、じっと見ていた。その時、忽然と右手に送札が現れ、あやうくコーラを落としそうになった。テーブルの上のストップウォッチを見ると、十四分半だった。
※参考:東京2021年7月3日、日の出4:30、日の入り19:01。送札発動まで、約14分30秒。


珠理は、送札をすでにしまっておいたので、手には戻ってこないと考えていた。しかし、戻って来たのである。“姉”が牘[とく]の束に書いていたように、この仕様は便利なようで、意外と邪魔くさい。

たぶん、“標的”はこのあと病院に運ばれ、そこで、死亡が確認され、葬儀などの段取りに入るはず。今日はすでに日没を迎えようとしている。今日このあと通夜ということは考えられない。火葬場の都合などもあるので、通夜は明日以降だろう。そしてそこには、栞奈が記した邪魔者リスト三人目と四人目もやってくるはずだ。

というのも、リスト五人目が嫁に行った娘であること。そしてその旧姓が、三人目、四人目と同じことから、三人目、四人目、五人目が親族であることは間違いない。したがって、リスト三人目、四人目は通夜には必ずやってくる!

珠理はいったん家に帰ることにした。


1989年(平成元年)7月4日(火曜日)。雨は止んだものの蒸し暑い。朝と昼にバイトに入り、四限終わりにはサークル室には行かず、まずは、いつもの図書館に向かった。

目的の駅で降り、駅舎から出たら、改札口の正面、ロータリーを背にして、礼服姿の男が立っていた。斎場への道案内をしているようだ。もちろん、ここを地元とするリスト五人目の通夜、葬儀・告別式の案内である。その男から場所と開始時間を聞き、珠理は、図書館へ向かった。

図書館では、まず、図書閲覧用の机を確保する。

リスト冒頭の二人に関しては、いわゆる“紳士録”を見たら、経歴や住所などはすぐわかった。ついでなので、関連する書籍や雑誌を調べ、容姿も確認した。なによりも怖いのは誤爆である。

次に今日の二つの“標的”について調べてみた。やはり予想していた通り、リスト三人目が長男、四人目が次男、五人目が長女で、腹違いの本鍛冶茜[もとかじ・あかね]は、認知されれば次女にあたることがわかった。加えて、昨日飛ばしたリスト五人目が誤爆でなかったことも判明。ここでいったん、家に戻り、礼服に着替えてくることにした。


礼服と靴は、昨日の内に準備し、試着もしておいた。なにしろ、前に着たのがいつだったのかすら記憶にないのだから。それにも増して不安なのがスカートである。スカートは、高校の卒業式以来ではないだろうか。

それと、昨日もうひとつ用意しておいたものがある。それは、財布である。珠理は、通常財布を持ち歩かない。が、高校入学の祝いに父からプレゼントされ、一度も使ったことのない財布が手元にある。それに送札を忍ばせた。

合わせて、母に、香典の額も聞いてみた。「あんたの歳なら、二、三千円。」と言われたので、三千円包んだ。それを母に借りた黒の布製バッグに入れ、準備完了である。ちなみに、バッグには、いつも着けている、あのゴツイ腕時計も入っている。


斎場に着くと、すでにかなりの人がいた。東京では、通夜にしか参列しないのが一般的である。つまり、明日の日中に行われる葬儀・告別式には、親族や極親しい者しか参列しない。なぜなら、その時間には学校や仕事があるから。

その代わりというのもなんだが、隣近所を含め、多くの人が、学校終わり、仕事終わりに、通夜には参列するのである。


受付の芳名帳には、ここでも「珠理」としか書かない。他人から見たら、ほとんどビョーキである。ま、住所は正確に書いているので、郵便物等は、これでも届く。日本の郵便屋さんは、優秀である。
※「ほとんどビョーキ」は、珠理が中学一年だった1982年(昭和57年)の流行語。


案内係っぽい女性がいたので、声を掛けた。

「すいません。私、お兄様方とは面識がございませんので、どなたがそうなのか教えて頂けませんでしょうか?」

その女性は、珠理を祭壇が見える位置まで案内し、椅子に腰掛けている十名ほどの男女の中から、「あの方が、長男さまで。あの方が、次男さまです。」と手で指して教えてくれた。

「ありがとうございます。」(これで、誤爆の可能性はなくなったね。)

こういった場所では、皆、似たような服装なので、誤爆が一番の心配事だった。それにしても、二人とも、意外と目立つ服装だったので助かった。ここからはタイミング勝負である。チャンスが来るまで、何かをしながら時間をつぶすことにした。


あちこちで、故人の思い出話に花を咲かせている。リスト五人目の人となりが垣間見えたような気もしたが、そんなこと、珠理にとってはどうでもよかった。再び、祭壇が見える位置に移動した。さっきは気にしなかったが、祭壇にもっとも近い位置にいる男が夫なのだろう。それに続くのが、子供達か。そんなことを観察していたら、長男が動き出した。トイレのようだ。

さっそく、人目のないところで、猿芝居である。ここでなによりも重要なのは、“譲渡”を意味するような言葉を決して使わないことだ。

「あの、お兄様でしょうか? 私、故人には大変お世話になっていた者で、」と言いながら、財布から、送札を出し、手渡した。「あ、失礼しました。間違えました。」と言いながら、送札を奪い返す。財布の中を見、「すいません。名刺切らしてました。」といって、頭を下げる。「お忙しいところ、お引き留めして申しわけございませんでした。どうぞ。」といって、手で先を急がせた。

さあ、長男に異変が起きた時、周りに人がいるか、いないか。その時、長男は、大声をあげるか、あげないか。ここからは運頼みである。珠理は、バッグの中のストップウォッチをスタートさせ、みたび祭壇が見える位置に移動した。

待たされているときの時間が通常よりも長く感じるのは、時間の経過を気にしすぎるからだと、父だったか母だったかに聞いたことがある。そんな遅い遅い一秒を積み重ねながら約十四分が経った頃、珠理の右手に送札が現れた。その間に、騒動は起こっていない。次男が動き出したのは、その直後だった。今日も運がいい!

ここはさっさと片付ける。次男の後ろに回り、「落としましたよ!」と一声。振り向いた次男に「はい。」といって、送札を手渡す。当然、「私のでないですね。」といって、珠理に返してきた。

(そりゃそうだ、これ、わたしのだもの。)

「失礼しました。」といって、珠理は、送札を受け取り、その場を離れる。そして、その流れて、斎場を後にした。

駅に向かいながら、止めるのを忘れていたストップウォッチを見てみると、三十分になるところだった。そのとき、斎場方向にサイレンを鳴らしながら走っていく救急車とすれ違った。長男と次男、どっちが先に見つかったのだろうか。まだ、送札は珠理の手には戻って来ない。

そして、駅が見えてきたあたりで、やっと送札が現れた。やはり、相手側に“受け取る”という明確な意思は必要ないようだ。あるいは、差し出された送札を手に持ってしまった時点で、受け取る意思があると判断されるのではないか。つまり、明確に拒否しない限り、送札は発動するのではないだろうか。

では、さっき次男に「落としましたよ!」と言って送札を差し出した時、次男が「ありがとう。」と言って、受け取ってしまったらどうなっていたのか。この場合、送札の所有権も移動してしまったのか。

いやそれはない、なぜなら所有者である珠理から“譲渡”を意味する言葉が発せられていないからだ。逆に言えば、これで所有権が移動するのならば、姉は飛ばされることなく、今でもこの世で元気に過ごしていたはずなのだから。


家に着くと、玄関で、母に、お清めの塩をかける振りだけしてもらった。実際に塩をかけると、礼服が傷むからである。珠理はとにかくはやく着替えたかった。スカートは、やはり、落ち着かない。

「礼服のクリーニング代は、あんた持ちだからね。」と、母。

香典といい、クリーニング代といい、とんだ散財である。


1989年(平成元年)7月5日(水曜日)。天気予報では、今日は夏日だという。昨日の経験により、“名刺作戦”と“落とし物作戦”の有効性が実証された。ただし、一枚の送札を使い回すのは、しんどい。人数分用意するというのが、正しい使い方なのだと思った。さて、今日はどうするか。

とりあえず、大学へ行き、朝、昼とバイトに入り、四限終わりで、駅に向かった。あてがないわけではない、実は水曜日には、新宿のスタジオからの生放送にリスト二人目がレギュラー出演しているのである。

ただし、この時間には放送はとっくに終わっているので、“標的”が新宿近辺でうろうろしている可能性は低い。が、今週の珠理は、運がいい。それを信じて、新宿に向かった。


“カレーが食べたい日”というのは、誰にでもあるのだろうか。珠理は、カレーが食べたかった。もちろん、学食にもカレーはあるが、あれではないのだ。もっと、スパイシーでホットなカレーが食べたいのだ。この時間であれば、晩ご飯とは別腹になるので、母の機嫌を損ねることもない。自然と足が西口のカレー屋に向かっている。

(でもなあ、今週、出費が多いから。外食はなあ…。)

てなことを考えていたら、そのカレー屋から、サングラスの人物が出てきた。

(どこか見覚えがある、っていうか、どう見ても、こいつリスト二人目だろ。)

少し距離を取って、後をつけていった。といっても、今歩いている歩道には、見渡した限り、“標的”と珠理しかいない。とても、尾行中と呼べる状況ではない。


しばらく歩いて、“標的”は、小汚い、古びた映画館の前に着いた。そして、券売機で入場券を買っている。珠理は、“落とし物作戦”で、難なく“標的”に、送札を持たせることに成功した。

今日はここまで。明日、頑張ればいいという気持ちと、もし、明日以降、大雨だったらどうするという気持ちが交錯する。どっちみち、新宿駅まで戻らないと、家には帰れない。来た道を戻り、しばらく行ったところで、突然、送札が現れた。珠理は、時間を計るのを完全に忘れていたのだった。

月・火・水の三日間で、珠理は、すでに四人飛ばしている。繰り返される緊張状態が精神的スタミナを削っているのか。集中力が切れかかっているようだ。

頭の中には様々なことがとりとめもなく涌いてくる。

本鍛冶茜は、腹違いの兄姉の死を知っただろうか。そして、何を思っただろう。それと、よく“死者に呼ばれた”という話を聞く。妹の通夜の席で二人の兄が亡くなったのだ。亡くなった妹に呼ばれたと信ずる者がいてもおかしくない。

そういえば、本鍛冶茜によれば、飛ばされた連中は、飛んだ先で“賜者[たまわりもの]”と呼ばれるらしい。たぶん、エリートなのだろう。だったら、こちらにいた時よりも良い生活が出来るかもしれない。あんたら、ラッキーかもよ。ま、こっちに残された家族は、地獄を見るかもしれないけど。

それにしても、送札については、まだまだ確認したいことがいろいろあったけど、今回は、あまりにも準備時間がなさすぎた。もし、チャンスがあれば、次はもうちょっと、試してみたい。

そんなことを考えながら、新宿駅山手線外回りのホームへと向かった。そして、出会った。なんと、リスト一人目である。珠理が持っている情報からすると、自宅とは真逆である。どこへ向かうのだろう。後をつけることにした。

“標的”は、二つ目の高田馬場駅で降りた。そのまま山手線の改札を抜けると、早稲田通りを歩き出した。そして、一階がコンビニになっているマンションに入っていった。

珠理は、ノートを出し、情報を確認した。しかし、ここについては、何も情報がなかった。あとは、出てくるのを待つしかない。でも、よかった。ここは人通りが多いのだ。腕時計をちらちら見ながら立っていると、待ち合わせ以外の何者にも見えないのである。

ところが、“標的”は、五分もせずにマンションから出てきたのだ。珠理は、すかさず“落とし物作戦”を敢行。

いつものように「落としましたよ。」と言って、送札を手渡した。そうしたら、大声で「知らん!」と言い、“標的”は、受け取った送札を珠理に向かって投げ返してきたのである。さすがに、この反応には珠理も慌てた。風で飛ばされる送札を追いかけ、なんとか捕まえることができた。きっと、マンションの中で、よっぽど気に障ることがあったのだろう。

珠理は、高田馬場駅へ向かって歩き出した。山手線の改札を抜け、風のない場所で送札が現れるのを待った。ホームの上で、送札が現れ、風で飛ばされたら、目も当てられない。待っていたら、救急車とパトカーのサイレンが聞こえた。


1989年(平成元年)7月6日(木曜日)。久しぶりにフルでバイトに入った。パートさん達は、大喜びである。ヘトヘトになって家にたどり着くと、珠理の帰りを待っていたかのように、電話が鳴った。

母が、「それ、あんたへの電話だから。夕方からずっと、かかってきてるんだ。茜先生って言ってるけど、どこの先生?」と。

珠理が電話に出ると、やはり、本鍛冶茜だった。今、笠部蘭子[かさべ・らんこ]の家に“疎開中”なのだという。学校への送り迎えも笠部蘭子の家の車らしい。「ちょっとした、お姫様だよ。」とおどけた後、すこし間を置いて「もう、止めて。」と言った。珠理は「分かった。」とだけ応え、受話器を置いた。


1989年(平成元年)7月7日(金曜日)。七夕。ちょっと前までは、東京でも天の川が見えたらしい。“ちょっと前”がいつなのかは知らないが。

珠理は、昨日に続き、今日もフルでバイトに入る予定でいたら、大事なことを忘れていたことに気付いた。笠部蘭子が言ってた、学外からのサークル参加の件、まったく調べていなかったのだ。そこで、四限終わり、サークル室へ直行した。思えば、今週は、これが初めての顔出しである。

サークル室には、運良く「白先輩[しろせんぱい]」がいた。久しぶりに来たせいか、ムダに言葉遣いが丁寧になる。

「ちょっとお聞きしたいのですが、他の大学の学生が、ここに参加することって出来ますでしょうか?」

「出来るけど、正式な会員としてはカウントされないので、予算は付かない。全て実費参加ということになる。」

「なるほど。わかりました。」

「君の周りに、参加したいって人がいるの?」

「はい。お金持ちの家のお嬢様らしいんですけど。」

「女子かあ。女子は、仕事してくれないからなあ。」

「あ、今そんなこと言ってると、ボコボコにされますよ。」
※第15回参議院議員通常選挙。1989年(平成元年)7月5日公示。7月23日投票。消費税導入後、初の国政選挙。日本社会党の女性候補が大量当選したことから、後に「マドンナ旋風」ともてはやされた。


「でも、事実でしょう。最低でも、車と免許、両方持っていないと、欲しい人材とはいえないね。」

珠理と「白先輩」が、そんなやり取りをしているところに、一年男子、ノッポ2[ツー]がやって来た。

「みなさん、聞きました? 例の調停、成立したそうですよ。」

「“例の調停”って?」と、珠理。

「珠理さん、知らないんですか。調停がはじまる直前に、調停の相手方から五人の死者が出た、あの調停です。」と、ノッポ2。

「白先輩、知ってます?」と、珠理。

「でも、亡くなった五人って、死因に不自然なところ無かったんだよね。たまたま心労が重なり、そういう結果になった。いわば“事実は小説よりも奇なり”ってことだと思う。」と、「白先輩」。

「えっ、白先輩も知ってるんですか? じゃあさあ、ノッポ2は、どう考えてんの?」と、珠理。

「呪いですかねえ。」と、ノッポ2。

「でもさ、心理学的には、呪いって、呪いの存在を知らないと、かからないとされているよねえ。その五人にそんな共通点があったの?」と、「白先輩」。

「さあ…。」と、ノッポ2。

「だったらまだ、殺し屋に消されたって考える方が、説得力があると思うよ。」と、「白先輩」。

「でも、警察発表では、五人とも、死因は心不全とされていますよ。」と、ノッポ2。

「つまり、解剖しても簡単には分からないような、方法で殺された。たとえば、見え難いところにカリウム注射を打つとか。逆に、注射痕程度の傷があっても不自然ではないところに打つとか。あるいは、皮下脂肪が薄いところに極細の注射針で打つとか。」と、「白先輩」。

二人の話を黙って聞いていた珠理が、ポツリとひとこと。

「それって“鬼畜の所行[きちくのしょぎょう]”ですね。」

[045]現代編 第三十五回  珠理×鬼畜【中】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第三十五回  珠理×鬼畜【中】

1989年(平成元年)7月5日(水曜日)。東京の梅雨はまだまだ明けそうにない。それにも関わらず、今日は今月最初の夏日である。加えて、参議院議員選挙の公示日でもある。選挙カーが候補者の名を唱えながら行き交っているのが、鬱陶しさを増幅している。

高田馬場駅から早稲田通りを穴八幡宮方向に少し行ったところに、コンビニエンスストアを下駄履きした小ぎれいなマンションがある。店も、店の前の通りもいつも人で賑わっている。

午後七時を少し過ぎた頃、店長が、店の外を歩いている人の異変に気付いた。店の外に出てみると、泥酔したのか、老人が店の壁を背に、足を投げ出し座っていた。近づいてみると、失禁しているようだ。まず、店長は、後始末のことを心配した。次に、その老人を起こそうしたが、老人が起きることはなかった。

救急車とパトカーが来た。店長は、事情を聞かれたが、そんなことよりも、早く掃除がしたかった。臭うのだ。

老人は心肺停止状態で搬送され、病院で死亡が確認された。身に着けていたものから、目黒区在住の両角神一郎、六十九歳。バッジは着けていなかったが、職業は弁護士だった。家族に確認してもらったところ、本人でまちがいないという。ただ、なぜそんなところにいたのかはわからないが、仕事上の調査でもしていたのではないかということだった。その後、解剖が行われ、事件性は認められず、死因は“心不全”で確定した。


同日。西新宿の名画座で二本立て上映の最後の回が終わった午後十時過ぎ、従業員が館内の清掃を始めると、スクリーンの反対側の壁際にしゃがんでいる男をみつけた。壁際に男達がいるのは、ここでは当たり前のことである。迷惑な話だが、ここはそういう映画館なのだ。

従業員がその男を立ち上がらせようと腕を掴むと、男はその場に崩れ落ちた。異変を感じた従業員が、男のほほに手を当てると、まさに氷のように冷たかった。

救急車とパトカーが来たが、救急車はすぐに帰った。男はその場で死亡が確認された。この時期の映画館は、冷房をガンガンに効かせているので、死亡時刻を正確に割り出すのはむずかしそうだ。なお、亡くなっていたのは、港区在住の与田・パトリック・研二、三十五歳。テレビ番組で人気の弁護士だった。


この日、都内では二人の弁護士が行き倒れた。両角神一郎の死は、法曹界では大きな話題になったが、一般ウケする話ではないので、翌日のテレビの朝のワイドショーで取り上げられることはなかった。それに対して、与田・パトリック・研二の死は、各局が扱った。どの局も素材は豊富に持っていたし、なによりも人気者だったからである。

そんな1989年(平成元年)7月6日(木曜日)、昼のワイドショーで、大きな事件が起こった。新宿二丁目で“歌姫”として知られている“男”が、与田・パトリック・研二が死んでいた名画座が“発展場[はってんば]”として有名であることを、生放送でついうっかりしゃべってしまったのである。


問題の生放送が流れていた頃、ライターの鳩丸豆男、もちろんペンネームである、は高田馬場にいた。両角神一郎が死んだコンビニエンスストアは、学生時分からの行きつけで、店長とも顔なじみである。与田・パトリック・研二の取材に行きたかったのだが、お鉢は回って来なかった。鳩丸豆男に与えられたのは、与田・パトリック・研二と同日に死んだ同業者の周辺取材であった。

休憩時間を利用して、店長から、その時の様子を聞いたが、店長は大変だった掃除の話をするばかりだった。収穫はなさそうだと鳩丸豆男は思ったが、念のため、死んだ両角神一郎とは面識があったのか聞いてみた。なぜか店長は、両角神一郎の顔を知っていたのである。というのも、両角神一郎の若い娘が上のマンションに住んでいるとのことだった。

しかし、鳩丸豆男が調べたところによると、両角神一郎には、息子はいるが娘はいない。その息子たちにしても、すでに三十代半ばである。決して若くはない。

鳩丸豆男は、店長のつてで、その若い娘に話を聞くことが出来た。鳩丸豆男が予想していた通り、若い娘は両角神一郎の愛人であった。生活全ての面倒見て貰っていたという。さらに、お腹には、両角神一郎の子供もいるという。しかし、まだ認知してもらえていないという。今後、どうやって生活していったらいいのか、途方に暮れていた。

鳩丸豆男は、聞き上手なようで、さらに詳しい話を聞くことができた。それによると、二人の関係は、両角神一郎からの無理矢理だったという。それは彼女が高校生の時だったという。そして、すでに二度、中絶させられており、この子だけは産みたいと頼んだが、認知は絶対にしないと言われたという。そして、もし、その子を産んだら、援助も打ち切ると言われたという。もちろん、“死人に口なし”なので、どこまでが事実なのかはわからない。

さらに、近々簡単な認知調停がはじまること。そして、そこでは、与田・パトリック・研二と一緒に仕事をすることを自慢げに話していたという。つまり、同じ日に死んだ二人の弁護士には、仕事上の接点があったのだ。


同時刻、いつも鳩丸豆男がネタを持ち込んでいる週刊誌編集部では、ひとつの騒ぎが起きていた。与田・パトリック・研二の周辺取材、ただし、取材開始時点では問題の昼のワイドショーはまだ始まっていなかったが、の中で、担当する調停の関係者(相手方)の親族が合わせて二人、それも与田・パトリック・研二よりも前に、亡くなっていたことがわかったのである。警察発表によると、ともに死因は心不全だという。

鳩丸豆男が高田馬場で仕入れたネタを週刊誌編集部に持ち込んだ時点で、調停関係者(相手方)が、調停開始前に、少なくとも四人死んでいることがわかった。ただし、なぜか、問題の認知調停の申立人に関しては、“慎重に扱うこと”が、上層部により厳命されていた。ちなみに、すでに問題の昼のワイドショーは終わっていたが、放送内容を知るものはここには一人もいなかった。


与田・パトリック・研二は、既婚者で娘が一人いる。妻によると、研二は、朝しか行為を求めなかったという。結婚する前を含めて、朝以外に行うことはなかったという。そんな下ネタが、夜のニュース番組で、なぜか流れた。そして、ゲストのコメンテーターが、

「ゲイの連中って、“朝立ち”のときしか、女、抱けねいから…。」

といった瞬間、画面がCMに切り替わった。九十秒のCMが開けると、ゲストのコメンテーターの姿はスタジオにはなく、メインキャスターが、お詫びのコメントを述べ始めた。


その頃、件の週刊誌編集部に連絡が入った。調停関係者(相手方)で唯一生き残っていると思われていた女性が、すでに死んでいたのである。編集部が気付かなかったのは、彼女が仕事時は旧姓を名乗っていたことと、死んだ二人の弁護士に取材を集中させていたため、他の者については、現場には赴かず、警察発表のみに因っていたからであった。これで、調停関係者(相手方)のうち少なくとも五人がすでに死んでいたことが編集部の面々にもやっと伝わったのである。


1989年(平成元年)7月7日(金曜日)。七夕。調停初日はこの日に予定されていた。相手方は、急遽、新たな弁護士を立て、調停に臨むことになった。

そして、朝のワイドショーでは、与田・パトリック・研二は、同性愛者であり、結婚はそれを隠すための、いわば“偽装結婚”であるというのが、既成事実として語られ始めていた。加えて、両角神一郎については、愛人の証言が全面的に採用され、“権力を笠に着たクズ弁護士”とか“エロジジイ”という表現が使われだしていた。

社会的知名度が低いにも関わらず、両角神一郎への風当たりは強かった。その背景にあったのが、現職総理の女性スキャンダルである。現在この国の総理大臣をやっている男が、以前、神楽坂の芸者を愛人にしていたことが、当の愛人により、つい先日暴露されたばかりである。権力を持つ男が、カネで女を私物化するという旧時代的行為に対する嫌悪感が世論、特に女性たちの間で蔓延していたからである。


その日、鳩丸豆男は、厳命を無視し、問題の調停を申立てた女性宅があるマンションへ向かっていた。申立人は、二十二歳の大学生だという。しかし、自宅には居なかったが、居留守というわけでもなかった。管理人が居場所を教えてくれたのである。さらに、地図まで載ったチラシをくれた。管理人によれば、取材の人がやって来たら、渡して欲しいと本人から頼まれたという。ちなみに、チラシを受け取ったのは、鳩丸豆男が五人目だそうだ。

鳩丸豆男は、そのチラシを頼りに現地へむかった。ところが、目的の家からまだだいぶ離れている場所で、知り合いの同業者に止められた。彼によると、ここより家に近づくと、警察に排除されるという。すでに、テレビカメラのクルーなども排除されているという。

鳩丸豆男もチラシを見た時から、予想はしていた。ここらは、自分たちが自由に取材出来るような場所ではないのだ。それでも、張り込みだけはしようと思った。たぶん、隣にいる同業者もそう思っているのだろう。


その頃、家庭裁判所では、認知調停が開かれていた。そして、異例のことだが、十分とかからず、調停は成立したのである。ある意味これは当然のことであった。なにしろ、相手方でこの調停に反対していた者、および、それらに雇われていた有力弁護士も、すでにこの世の者ではなかったからである。

調停の結果は直ぐに、裁判所の前で待機していた有象無象の者たちにも伝わった。しかし、申立て側の弁護士が、その者たちの前に現れることはなかった。

というのも、申立て側の弁護士は、とても急いでいたのである。調停成立後、直ぐに裁判所の通用門から出、すでに揃っている書類を持って、当該区役所へ向かっていた。

弁護士は、区役所での認知手続き完了後、申立人に電話連絡し、調停の成立と認知手続きの完了を伝えた。そして、一、二週間後には、戸籍に反映されることも合わせて伝えた。

ちなみに、調停成立に呼応するかのように、スポーツ紙の中には、五人の死を“天誅[てんちゅう]”と表現しているものさえ現れた。このように、問題の認知調停をテレビ、新聞、週刊誌等が扱う場合、常に申立人が“善”であり、相手方が“悪”であるという図式が成立しており、それに異を唱える者は見当たらなかった。


この時点で、この五人の謎の死を生んだと思われる認知調停に関する主な取材対象は、調停を申立てた側の弁護士一人に絞られていた。なぜなら、どこの社も、申立人本人への取材のみならず実名報道が、どこからかの力によって禁じられていたからである。

ところが、その弁護士がつかまらない。アポがとれないどころか、居場所すらわからないのである。そんな中、とあるテレビ局の者が、ダメ元で弁護士の事務所に電話すると、なんと、弁護士本人が出たのである。取材を申し込むと、あとの予定が詰まっているので、時間はあまりないがそれでもよければということになった。

テレビカメラのクルーは、当然、弁護士の公式プロフィールには目を通している。しかし、プロフィールに載っている写真ほど当てになら無いものがないこともまた十分知っている。

そんなクルーが着いたのは、古ぼけた雑居ビルの前で、事務所はその二階だという。チャイムを押すと、女性弁護士が現れた。クルーの男性陣の頭には、皆同様に一つのことわざが浮かんだ。“掃き溜めに鶴”

撮影のために、入口近くのパーティションとソファーが退けられた。そして、通常のライトだけでなく、予備のライトとレフ板二枚が追加された。まるでテレビドラマのようなライティングである。

この美人弁護士に聞ける話は、実はほとんどなかった。というのも、調停の相手方の死んだ五人とは、誰とも面識がなかったからである。加えて、死んだ五人全てに関して、警察発表では、“事件性なし”だったからである。つまり、ありえない偶然が起こったという以外、解釈のしようがなかったのである。

取材後、美人弁護士は、クルーの全員に輝く笑顔で礼を言った。そして、これから、毎年行ってるオペラを観賞するために、成田へ出発しなければならないこと。これは、昨年予約したもので、キャンセルすると、来年以降チケットが手に入りにくくなること。そのため、取材時間が少ししか取れないことを詫びた。


表に予約しておいたタクシーが着いたようだ。美人弁護士の大きな旅行用スーツケースは、カメラマンが運んでいる。ディレクターは美人弁護士の手を取りながら、「ここの階段、暗いですから、気をつけて下さい。」と言っている。

事務所の入口では、弁護士とおぼしき男性が「気をつけて、いってらっしゃい。」と言い、手を振っている。

発車したタクシーを見送りながら、カメラマンが、「万歳!」と声を挙げ、万歳した。ディレクターもそれに呼応した。この美人弁護士に取材できたのは、自分たちだけである。加えて、美人弁護士は、このあと日本を離れるため、しばらくは、誰も取材ができないのだ。ディレクターは、心の底から「万歳!」を連呼した。


テレビ局に戻り、その旨を伝えると、偉い人達もやってきて、素材チェックが行われた。本来ならば、明日の朝のワイドショー用の素材である。が、今日深夜のニュース番組から使うことが、急遽決まった。合わせて、同局の人気番組には、死んだ与田・パトリック・研二の後釜として、この美人弁護士を使うことが内定した。

【続く】

[044]現代編 第三十四回  珠理×鬼畜【上】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第三十四回  珠理×鬼畜【上】

第三回勉強会が終わった。

「なんか、今回は、すっごく、充実してませんでした? で、次回ですが、まずは、この一覧表の札絵[ふだえ]の意味を教えてもらうことから始めたいですね。それと、いくつかの規則性が見つかりましたから、こんな札絵もあるはずだ!っていう話もできそうですね。」

そんな話をしながら、珠理[じゅり]が後片付けをしていると、本鍛冶茜[もとかじ・あかね]が、

「“代理さん”(=珠理)。私、お母さんに、B棟101号室の学生さんの話を聞いたんだけどさあ、ヘンなんだよ。話し始めたら、お母さん、顔から血の気が引いちゃって、びっくりしたよ。なにか、とっても怖い目にあったみたいなんだけど、“代理さん”、理由わからない?」

「さあ、わたし、現場にいたわけではないので、わかりません。」と、珠理は、とぼけた。

「それでさあ、“代理さん”のご親戚に弁護士さんている?」

「いますね、一人。出来の悪いのが。」

「やっぱり。『タウンページ』見たら、“代理さん”と同じ名字の事務所が載ってたんだよ。この名字って、“代理さん”一族以外には使っている人、いないだよねえ。でも、“出来の悪い”って、どうして?」

「詳しくお話しすると、父の実家を継いだ伯父さんの娘さん。私から見れば、従姉[いとこ]に当たります。有名大学の法学部在学中に司法試験に合格。司法修習後は、これも有名な弁護士事務所に所属したのですが、民事で三回だか、四回だが負けて、放り出されたそうです。

その後、知り合いの弁護士さんと組んで、今の事務所を立ち上げました。ホント、優しくて、美人で、素敵なお姉さんなんですけど、お嬢様育ちのセイなのかもしれませんが、戦闘力が低いというのか、闘争心に欠けるというのか、弁護士よりも裁判官にでもなったほうが成功したんじゃないかって、わたしは思ってます。」

この従姉[いとこ]と珠理には、厳密には血の繋がりはない。両者の性格が大きく異なっていたとしても、不思議ではないのだ。ただし、それを知っているのは、珠理の世代では、亡くなった姉と珠理のみであろう。

「へえ、そうなんだ。フルネームはなんていうの?」

「懐風庵栞奈[かいふうあん・かんな]。栞[しおり]に奈良県の奈[な]で栞奈[かんな]です。だったら、これから会いに行ってみます? どうせ、ヒマしてると思いますよ、きっと。」

「いいの?」

「ちょっとアポとってみましょう。電話お借りしますって、電話代取ったりしませんよねえ。ちなみに、都内です。」

「市外通話でなければ、いりません。(笑い)」

「では、」と言って、ショルダーバッグの中から、アドレス帳を取りだし、電話機に向かった。

「たぶん、自宅にいると思います。」といって、電話を掛けると、『……』「あっ、留守番電話になっちゃった。もしもし、可愛い従妹[いとこ]の珠理です。自宅に居ないってことは、事務所ですね。そちらにかけ直します。では、失礼しまあす。」

「日曜日なのに、事務所にいるってことですかねえ。」といって、別の番号に電話を掛けると、『……』「珠理と申しますが、栞奈先生お願いいたしますって、栞奈さん?」『……』「はい、可愛い従妹の珠理です。」『……』「わたしの知り合いが弁護士探しているそうなんですが、会って、お話聞いていただけませんか?」『……』「そういうんじゃないです。もし、栞奈さんが、ムリな時は、どなたかを紹介していただければ…。」『……』「はい。」『……』「そうですね。このあと、大丈夫ですか?」『……』「はい。で、どちらで。」『……』「はい、はい。わかります。わたし、今、自宅の近所にいるので。」『……』「わかりました。では、すぐ出ますので、よろしくお願いします。」『……』「失礼します。」といって電話を切った。

「ということで、これから会いに行きましょう。茜先生、それは外に出られる服装ですか? そうでない場合は、即、着替えて下さい。それと電車賃は、往復で千円もあれば十分です。あと、戸締まり、電気とガスの確認。そのぐらいかな。」


というわけで、三人でマンションを出て、本鍛冶茜の最寄り駅へ。途中、珠理が、本鍛冶茜から無理矢理聞きだしたところによると、なんでも、お願いしていた弁護士に突然逃げられたのだという。すでにいろいろと準備を進めており、早急に代わりの弁護士が必要になったのだという。しかし、その詳しい内容については、話して貰えなかった。

そのまま、電車を一回乗り換えて、懐風庵法律事務所へ。名称が“懐風庵法律事務所”なのは、相方が、神田姓だからである。“神田懐風庵法律事務所”でも“懐風庵神田法律事務所”でも、所在地と誤解されるので、泣く泣く削ったのだという。

また、弁護士事務所を名乗らないのは、仲間内の弁理士さんもこの事務所に席だけ置いているからだそうだ。ちなみに、珠理は、その弁理士さんには、一度も会ったことがない。


珠理は、今日は紹介だけで帰るつもりでいる。相談には立ち会わない。私事だからというわけではない。単に、面倒くさいからだ。それに対して、笠部蘭子[かさべ・らんこ]は、本鍛冶茜に付き添うようだ。ホント、面倒見のよいことで。

懐風庵法律事務所は、エレベーターのない雑居ビルの二階にある。薄暗い階段を珠理を先頭に上る。目的のドアの前に立つと、珠理が、チャイムを押す。「ピンポーン」とよく聞く音がし、「はいはい。」の声とともに、栞奈が、ドアを開け、三人を招き入れた。


事務所の入口近くには、目隠しを兼ねたパーティションが置かれていて、事務所の中が見渡せないようになっている。そのパーティションの向こう側、事務所の中央には応接セットがある。応接セットは、三方向にパーティションがあり、もう一方が壁になっているため、事務所の入口から見ると、擬似的に個室化されている。

また、この疑似応接室には、入口に近い側にソフォーがあり、長テーブルを挟んで、向い側。つまり、壁側に一人掛けの椅子が二脚ある。一見、上下[かみしも]が逆のようだが、これは、たとえば、背の高い人物が入口側のパーティション越しに疑似応接室の中を覗いたとしても、依頼人の顔が見られにくくするための工夫である。

なお、事務所は大きく三分割されており、入って疑似応接室の右側、通りに面し、窓がある方に栞奈の机と事務員さんの机がある。もちろん、事務員さんは今日は来ていない。

そして、左側には、炊事場、トイレと神田弁護士の机と弁理士さんの机がある。今日は神田弁護士はお休みのようだ。もちろん、弁理士さんも来ていない。

ちなみに、栞奈が、窓側なのは見栄えからだそうだ。事務所前の通りは、意外と人通りが多い。道のこちら側からでは、角度の関係で見えないが、反対側からだと、この二階の事務所は、よく見える。そこに美しい女性の姿があれば、勘違いして事務所にやってくるカモがいるかもしれないという算段だったらしい。が、そんなカモがやって来たという話は、聞いたことがない。


珠理が、それぞれを紹介すると、栞奈は、三人に疑似応接室のソファーを勧めた。しかし、珠理は座らず、ソファーの脇に立っていることにした。そして、

「お茶は、二人分で結構です。わたし、すぐ、帰りますから。」と、お茶を淹[い]れている栞奈に向かっていうと、

「えっ、帰っちゃうの?」と三人が、珠理の方向に、口を揃え、反応した。

「はい。こっちの二人は、帰り道、わかるよね。わたし、いなくても。」

珠理にしてみれば、先週の勉強会が突然中止になり、今日、弁護士の話がでてきた時点で、本鍛冶茜が、何を考え、何を望んでいるのか、十分予想がついていた。しかし、この手の話に、自分が手助けできることなど何もなさそうだ。それに面倒くさいし。でも、この頼りない弁護士が、ちょっと心配なので、明日にでも、ここへもう一度来てみようと思っている。

お茶が出され、栞奈が椅子に掛けたのを見て、立ったままの珠理は、栞奈を見下ろしながら、威圧した。

「栞奈さんは、わたしが、ノーベル物理学賞を諦めたのを伯父さんから聞いてますよね。うちの母なんか、泣いてましたよ。(ウソ、だけど) その意味、分かりますよね。このお二人への対応次第によっては、あたしにも考えありますから。その辺のところ、よくお考えの上、じっくり話を聞いてあげてください。では、失礼します。」といって、一礼し、さっさと事務所から出て行った。


珠理は、帰り道、二つ手前の駅で降り、先週も行った地元の図書館に寄った。そして、例の一覧表を数枚に分けて、二部ずつ拡大コピーした。合わせて、今日使ったノートを開き、第三回勉強会のメモに追記を始めた。その最中、どうしても気になって仕方がないことがあった。それが“熟練度”である。ただ、ここで考察していると、母の機嫌を損ねかねないので、いったん帰宅することにした。

家に帰ると、無事、両親との晩ご飯に間に合った。食べながら、先ほど、栞奈の事務所を訪ねたことを伝えたが、これといった反応はなかった。栞奈先生は、我が家では、人気がないようだ、あんなに美人なのに。

食後、自室入ると、まずは、コピーを貼り合わせて、本鍛冶茜の家にある丸いちゃぶ台大の一覧表を一枚作り上げた。そして、もう一枚分は、札絵毎に切り分け、カード化した。来週の勉強会用の資料である。

続いて、第三回勉強会のメモを元に“熟練度”について、思考実験を基に考察してみた。この点については、京子先生の意見も聞いてみたいので、今日はひとまず、思いついたことを手当たり次第に書き留めるのみとした。


1989年(平成元年)7月3日(月曜日)。雨である。加えて、梅雨寒である。朝は、開店からバイトに入った。昼は、常居[つねおり]先生の研究室に行っていたのでバイトには入れなかった。もちろん、推薦状を受け取るためである。

そして、四限終わりには、京子先生の研究室に向かった。こちらも、頼んでおいた推薦状を受け取るためである。お礼と手土産を兼ねて、贈答用の箱入り豆菓子を持ってきた。研究室の皆さんが、豆菓子を食べるどうかは知らないが。なお、京子先生もかなり忙しそうだったので“熟練度”について、意見を聞くことはできなかった。


珠理が、次にやってきたのは、懐風庵法律事務所だった。疑似応接室ではなく、栞奈の机で二人は、膝をつき合わせ、小声で話すことに。事務員さんには、席を外して貰った。時間は、三十分ほど貰ってあるので、珠理は、雑談から始めた。

「警察の留置所への差し入れで、書籍に一万円札を隠しておくことなんてできますかね?」

「一般論になるけど、留置所はゆるいところが多いから、大丈夫かもね。とくに地方の警察だと、みんな顔見知りだから。ただし、そんなとこでも、紐類は絶対に差し入れ出来ないけど。」

「一応、わたしの考えでは、背に隙間が出来る本があるじゃないですか、そこに細く折った一万円札を忍ばせるってやりかたなんですが、成功しますかね?」

「留置所だと、そこまではチェックしないと思う。」

(なるほど、留置所にいた「のっぽさん」が、事前に自宅に隠しておいた送札を、親からの差し入れとして受け取ることは可能なようだ。)

「よし、チャンスがあったら試してみます。では、本題に入ります。」

本鍛冶茜の話を聞きに来たのだが、弁護士に秘守義務があるのは、百も承知である。まずは、あくまでも一般論という形で話を始めた。

「一般的に言って、家事調停で認知調停が成立する確率ってどのくらいなんですか?」

「ケースバイケース。」

「では、調停不成立で裁判になった場合、栞奈さんなら、どのくらいの確率で勝てます?」

「……。」栞奈は応えなかった。

「じゃあ、裁判になった場合、栞奈さん、勝つ気有ります?」

「……。」再び栞奈は応えなかった。

「じゃあ、栞奈さん、裁判、勝ちたいですか?」

「勝ってみたい…。」とだけ言って、栞奈は沈黙した。

「たぶん、相手方の弁護士さんも、戦う相手が栞奈さんだと知ったら、確実に裁判に持ち込んできますよ。あたしだったら、そうします。」

「珠理ちゃんは、知らないと思うけど、裁判って“人事”なんだよ。」

「どういう、意味ですか?」

「裁判官が誰で、双方の弁護士がそれぞれ誰と誰ってわかった時点で、勝敗は決まってしまうと言うこと。それが裁判なんだよ。」

「つまり、裁判になったら、栞奈さんがどんなに頑張っても、勝つ見込みはないということですか?」

「一般論だけど。相手方が二人弁護士を用意しているとする。一人は、判事を退職した弁護士で、裁判所には今でも、元部下などがたくさん残っている。もう一人は、テレビにもよく出ている人気弁護士で実力もある。それに対するのが、無名の女性弁護士。これでは、勝ち目がないね。」

(なんだ、その言いぐさは! 前の弁護士が逃げ出したのもこれが理由なのか?)

どうもこの弁護士先生は、本気で戦う気が、ハナからないらしい。珠理が、本鍛冶茜に紹介した手前、それでは困るのだ。それに、発破[はっぱ]をかけたら、どうにかなるような話でもなさそうだ。そこで、切り口を変えてみることにした。

「一般論ですけど。栞奈さんは、呪詛[じゅそ]、呪殺[じゅさつ]って、存在すると思います?」

「呪い殺すということ? 証明不能だから、無いのと同じ。なので、信じない。」

「私、大学では『超常現象研究会』というサークルに属しております。そこでは、数多くのオカルトを自然科学の力で、葬り去って参りましたが、中には、どうやっても否定しきれないモノもあるのです。なんなら、そんな超自然的な力で、…。」

珠理の言葉を遮り、「よして、そういう冗談は。笑えないから。」

「でも、勝ちたいんですよねえ、この理不尽な戦いに。相手が人事なら、こっちはそれをも超える理不尽で対抗すればいいんです。そもそも、栞奈さんは、そんな超自然的な力の存在を認めていないんだから、何が起こっても、それは“偶然”でしかないはず、…。」

再び珠理の言葉を遮り、「珠理ちゃんって、今、何歳だっけ?」

「満十九歳。来年三月で二十歳[はたち]です。」

「十九か。実名報道されないからって、無茶なこと考えているわけじゃないよねえ?」

「日本の法律に反することは、何一つ考えておりません。法律をも超えた…、」

みたび珠理の言葉を遮り、「わかったから。で、珠理ちゃんは、何をする気なの?」

「まずは、栞奈さんが、相手方の中で“こいつ邪魔くせえ”って思うヤツを五、六人リストアップしてもらえませんか。そしたら、わたしが、夜な夜な、その名前に念を込めます。あとはなるようになります。」

「ねえ、どこまでが、本気なの? 名前なんか教えられるわけ、ないじゃない。」

「昨日の繰り返しになりますけど、栞奈さんたちは、わたしに、大きな借りがあるの忘れてませんよねえ。恩を押し売りする気はありませんが、今年の五月に栞奈さんの実家に遊びに行った時、わたしが、“医者になります”って宣言をしたら、伯父さん喜んでたなあ。そりゃそうですよねえ、子供が三人もいるのに、誰一人医者にならなかったなんて、ご先祖様に顔向けできませんからね。そんな時に、素敵で可愛らしい姪が医者になる!って言い出したもんだから、伯父さん、テンション上がりまくりでしたよ。」

「……。」栞奈は、珠理から顔を逸らし、沈黙した。そんな、栞奈に珠理がたたみかける。

「それとね、わたしが関わる以上、“負け”は無いです。どんなせこい手使ってでも、勝ちに行きますから。なので、調停が即成立することを前提にして作業を進めておいて下さい。いいですね!」

「……。」栞奈の沈黙が続く中、「じゃあ、」といって、珠理は、ショルダーバッグの中から、ノートとボールペンを出し、新しいページを開き、席を立った。

そして、窓際に行き、栞奈に背を向け、下の通りを眺めながら、「ここ人通り多いですよねえ。ちょっと数えてみようかなあ。」といい、カウントを始めた。

(結局、あたしが尻ぬぐいするしかないのか。ま、いっか、試してみたいこともあるし。)

「…、百五十一、百五十二、ひゃく…。」

「珠理ちゃん、もういいから。」

(やっと、観念したか。)

珠理が振り向くと、ノートは閉じてあった。そのまま、ノートの中を見ることもなく、バッグにしまった。

「一般論として、調停って、どういう日程になってるのですかねえ。」

そんな質問をした五分後、珠理は、懐風庵法律事務所をあとにした。

【続く】

[043]現代編 第三十三回  珠理×第三回勉強会【下】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第三十三回  珠理×第三回勉強会【下】


「さて、そんな話はともかく。茜先生、その紙っぺらに、送札[おくりふだ]の“開始宣言”と“終了宣言”を描いてください。」と、珠理[じゅり]。

「こんな、感じだよ。それとさあ、札絵[ふだえ]は必ず縦描きね。横描きは存在しないから。」と、本鍛冶茜[もとかじ・あかね]。

珠理は、ノートの新しいページを開き、「描き上がったら、ハサミで縦横切って、四分割してください。それらを、このページの中程に、簡単には剥がれないようにノリ付けしてもらえますか。それぞれ、少しずつ離して貼ってくださいね。」

「ノリは、べったり付けた方がいいよね。」と、本鍛冶茜。

珠理は、姉の沙理[さり]が、“あの日”、自ら描いた送札を小さくちぎっていたのを思い浮かべていた。

(切り刻んでしまえば、送札としての力は消えるはずだ、たぶん。)

作業を黙って見ていた笠部蘭子[かさべ・らんこ]が訊ねてきた、「これにはどんな意味があるのですか?」

「確証のある話ではないんですが、送札は、所有者が切り刻むと、力を消失するらしいのです。」と、珠理が言うと、「そうなの? 知らなかった。」と、本鍛冶茜。

「繰り返しになりますけど、確証のある話ではないんです。たとえば、こんなことを想像してみてください。

まず、起[おこり]からこちらの世界に転生した者がいたとします。そして、わたしが、その人に頼んで、様々な送札を描いて貰い、それらをすべて譲り受けたとします。

次に、わたしは、それらを切り貼りして、まったく別の送札を作ったらどうなるのか。もし、それが機能したら、大変なことですよねえ。したがって、切り刻んだら、効力は無くなるだろうと推測したわけです。」

「なるほど。」と、二人。

本鍛冶茜は、すでに四分割された送札をノートに貼り終わっている。

「なんか、私のほうが、勉強になっているのは、なぜだ。」と、本鍛冶茜。

「じゃあここで、トイレ休憩、入れましょう。」と、珠理。

「でもさあ、“代理さん”(=珠理)、ここでGパン脱いでくれないんだよねえ。」と、本鍛冶茜。

「なんなんですか、それ? そんなにわたしの下着姿なんか見たいんですか? わたし的には、別に下着姿見られること自体は、なんの抵抗もないんですけど。去年の夏合宿なんて、先輩女子と一緒にお風呂入ってましたしね。」

「お風呂! 一緒に!!」と、本鍛冶茜。丸いちゃぶ台の九十度隣に座っている笠部蘭子の袖をツンツン引きながら、「どうしますか、カサピー(=笠部蘭子)さん。強敵出現ですゾ!」

それには応じず、「夏合宿というのは、ゼミのですか? サークルのですか?」と、笠部蘭子。

「はい。『超常現象研究会』というサークルで、オカルト潰しをしています。今年の夏も、心霊スポットを調査することになりました。」

「そのサークルは、学外の者でも、参加出来るのですか?」と、笠部蘭子。

「どうなんでしょう。わたし、そういった事務方のことは、まったく詳しくないんで。興味があるんでしたら、明日にでも聞いてみますけど? でも“カサブ蘭花[らんか]”(=笠部蘭子)さんって、今四年生ですよねえ。就活とかはいいんですか?」

笠部蘭子が答えようとした時、脇から、本鍛冶茜が、「こちら、私と違って、進学です。お金持ちなので、バイトする必要もないのに、昨年度まで家庭教師してました。私と違って、今は、フリーです。“代理さん”もバイト、してないよね?」

「わたし、してますよ、バイト。学内で。」

「“学内”って、学食で皿洗いとか?」

「なんですか、それ。大学生協の購買書籍部で接客です。」

「ウソ。レジとか打ったりするわけ?」

「はい。カウンターでのレジ打ちと予約受付が主な業務です。もう、一年以上やってます。」

「今度、見学しに行っていい?」

珠理は、「見るだけならダメです。何か買って下さい。こちらも商売でやってるんで。」と、本鍛冶茜に。

続いて、「それと、ちょっとノートにメモしておきます。サークルにおける学外の人の扱いでしたね。」と、笠部蘭子に。

「それと、出し惜しみしてるとか思われるのも癪なので、Gパン、ここで脱いできます。」といって、さっさと脱いで、トイレにむかった。

そして、あっという間に用を足して戻って来た。下半身下着姿の珠理を見ながら、本鍛冶茜が、「今日の下着って、この前のと色だいぶ違うよね。」

「わたし、あんまし気にしないんで、そういうとこ。母がタンスに詰め込んでいくので、取りやすいとこから取って、穿いてます。」

「自分の分は、自分で洗濯するんじゃないの?」

「全部、母、まかせです。最近では、部屋の掃除も母がやってます。たぶん、わたし、洗濯、掃除、炊事って、ちゃんとやったことないんじゃないかなあ。」

「でも、小中高って、掃除は当番制だし、調理実習だってあるよね?」

「掃除は、子分の男子がかわりにやってくれるし、調理実習は取り巻きの女子がやってくれるから、わたし、出番ないんですよ。そのかわり、その子たちの勉強見てやったり、定期試験の予想問題集とか作ってあげたりしてましたけどね。」

「どんな、学校生活だよ、それ! あのさあ、来年度から、地方で一人暮らしするんですよねえ、あなた。大丈夫なの?」

「母にも言われましたけど、なんとかなると思います。それより、Gパン穿いて、いいすか? それと、茜先生は、トイレ行かなくて、大丈夫なの?」

「あっ、忘れてた。」と、本鍛冶茜。

本鍛冶茜がトイレに向かった後、少ししたところで、笠部蘭子が話しかけてきた。

「この前、お話にあった、亡くなられた二人と、この一覧表に関わっている亡くなっている二人とは、同一人物ですか?」

ちょっと間をおいて、「さっき、茜先生にも話しましたが、この一覧表については、ノーコメントです。」

少し思案した後、「そうですか。わかりました。これ以上は、詮索しないことにします。」

「それより、さっき、茜先生がいってましたけど、“カサブ蘭花”さんって、お金持ちの家のお嬢様なんですか?」

「どうなんでしょう…。」と、笠部蘭子が、首をかしげていると、トイレ帰りの本鍛冶茜が割り込んできた。

「すごいお金持ちだよ。家も大っきいよ。入口から玄関まで行く間に、方向音痴な人だと遭難しちゃうほど広いよ。それとさあ、トイレで思ったんだけど、カサピーさん、あなた、“人見知りさん”ですよねえ。それも極端な。他の学校のサークルなんかに参加できるんですか?」と、二人に対して、次々に語りかけてきた。

笠部蘭子が沈黙する中、本鍛冶茜が続けた。「私、“人見知りさん”の代わりに、サークルに参加なんてしませんからね。たとえ一回五千円出されても。そもそも、あのとき、五千円欲しさにオフ会に参加したら、このありさまですよ。年下の子にバカにされるし。」と言い、両手を腰に当て、全く怖さのない目で珠理を睨んだ。

そんな言葉を無視し、珠理が一言。「再開しまあす。」

珠理はすでにGパンを穿き直し、三人は、丸いちゃぶ台を囲んで座っている。まずは、珠理が口火を切った。

「札絵で数を指定することは可能ですか? たとえば、“桃十個”みたいに。」

「“上舟[かみのふね]”に数を描いたことは、なかったかもしれない。数が重要なのは、送札だね。距離と時間を指定しなければならないから。指定の仕方は、二通りあって、こちらでいう、絶対座標と相対座標ね。

絶対座標のことをあちらでは“元[もと]”と呼んで、この札絵が使われたの。同じく、相対座標は“先[さき]”と呼んで、これね。」といいながら、二つの札絵を描いた。

「“元[もと]”は、場所でいえば、自分が現れた“舟[ふね]”の場所。時間で言えば、“舟[ふね]”から自分が現れた時間。ただし、前にも言ったけど、異民族との交流が始まる以前、私たちは、“百年一日”の生活をしていたんだよ。だから、絶対座標なんだけど、時間については、正確な暦年代[れきねんだい]を示すことができないの。

そこで、“先[さき]”を用いることになるわけ。これは、“ここ”や“今”が基準なの。たとえば、ここから西へ千キロとか、今から千年後とか、指定するわけ。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「まず時間の方なんですが、“先[さき]”、つまり相対座標で指定した場合、“送札を描きあげた瞬間から”なのか、それとも“送札を手渡した瞬間から”なのか、あるいは、“送札が発動した瞬間から”なのでしょうか?」

「わかりませんよ、そんなこと。調べたことありませんから。」

二人して「エー!」

それに動じることなく本鍛冶茜は、「ただ、“描きあげた瞬間から”ということは、ないと思います。極端な場合、手渡すまでに、時間切れになっちゃいますから。あとの二つは、とんでもない“裏描き”でもされていない限り、誤差の範囲だと思います。」

「時間についていえば、誤差の範囲かもしれませんが場所ではどうですか? たとえば、極端な例ですけど、出発前の宇宙飛行士に送札を手渡した場合、発動までの時間の違いでも、とてつもない距離を移動してしまいますよ。」

「それはただの屁理屈です。あっちには、宇宙飛行士なんていませんでしたから。」

「でも、乗り物はくらいは、ありましたよねえ? その場合も、誤差の範囲ですか?」

「はい、誤差の範囲です。それとですねえ、距離を“元[もと]”、つまり、絶対座標で指定する場合、“舟[ふね]”は移動可能なので、最初にあった場所が原点になるのか、それとも今ある場所が原点になるのか、そんなこともわかっていません。終[しまい]では、調べていないはずですから。

送札については、ほかにも、わからないこと、いくらでもありますよ。では、なぜ、いろいろわからないことがあるのかというと、本来、送札は、そのグループの中で使うことしか想定されていなかったからではないでしょうか。実際には、グループ間で流用したり、場合によっては、異民族に対して使うこともある。しかし、そういった使い方は、この仕組みを考えた誰かさんから見たら、“想定外”だったと思うのです。」

一気に語った後、本鍛冶茜は、冷めたお茶をがぶ飲みし、「クッワァー!」と声を挙げた。そして、“とびだし豆”を一掴みし、口に放り込むと、モグモグしながら、話を再開した。

「話を進めます。札絵で描く数は、十進法です。ただし、私は、“十百千万”までしか知りません。もし、“億”を表したい場合は諦めて下さい。また、“一”から“四”は、同じ向きの横棒もしくは縦棒で表します。“五”は九十度向きを変えた棒で串刺しにすればOK。それを二つ描けば“十”を表すけど、一つの札絵で“十”を表す場合は、こう描きます。そして、これが“百”で、これが“千”、これが“万”。それと、どんな時に使うのかは知らないけど、“一の半分”という札絵もあります。これは、全体の半分という意味ではなく、“0.5”ね。」

そういいながら、本鍛冶茜は、ノートの新しいページに次々と札絵を描いていった。

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「たとえば、富士山の標高“三千七百七十六”は、札絵で描くとどうなります?」

「こんふうになります。」といって、本鍛冶茜はノートに縦描きした。

「漢数字で縦書きにしたイメージと基本的には同じです。ただし、“五”を超える数は、“五”の下に残りを描きます。それと、“一千円”を単に“千円”と言ったり、書いたりしますけど、札絵では“一”は省略不可です。」

「それと、“万万”で、“億”を表すことは、できますか?」

「やったことがないので、わかりません。ああ、どうしよう。面白い話、思い出しちゃったよ。話の流れとはあんまり関係ないんだけど、いいよね?」

「お願いします。(一礼)」と、珠理。

「川都(かわつ)での話なんだけど、あるとき数え十歳の男の子が森都(もりつ)、あっ、竜国の都ね。森都(もりつ)からやってきたんだよ。その子は、もともとは起[おこり]の人で、“産まれ直し”だった。その子によると、起[おこり]では、“舟[ふね]”から、粒金[つぶきん]や粒銀[つぶぎん]も出せたんだって。

私がいた川都(かわつ)では、貨幣経済が早くから発達していて、粒金[つぶきん]は日国[ひつくに]金貨一枚分の価値があったの。でもね、粒[つぶ]を貨幣代わりに使う人なんていないんだよ。なぜなら、欲しい人が多くて、その二倍、三倍の値で売れたから。というのも、貨幣は金貨も銀貨も純度が低いんだよ、合金だから。それに比べ、粒[つぶ]はほぼ無垢[むく]なんだ。一年間で考えると、戦争の後は、粒[つぶ]の相場はグーンと上がったね。

戦争といえば。また別の話になっちゃうけど。日国[ひつくに]派の国々は、農閑期になると、毎年戦争してたんだよ、あちこちと。で、こちらでいう朝鮮半島へも出兵してたの。あちらでは“渡海戦[とかいせん]”と呼んでた。“ウミヲワタルイクサ”ね。第一回目の“渡海戦”で、たくさんの戦利品というか略奪品を持ち帰ってきたんだって。でさあ、戦利品が多すぎて船に載せきれなくなっちゃったんだって。しかたがないので、兵糧[ひょうろう]として積んでいた米を捨てて、戦利品を載せて帰って来た。

次の年、日国[ひつくに]側も考えたわけ、去年、あれだけ我々が略奪したのだから、今年は、あいつらも奪われないように、いろいろ工夫しているだろうなって。でもね、実際、行ってみたら、戦利品が去年よりも多かったんだって。結果として、去年よりも多くの米を捨ててくることになった。

そして、三年目。むこうに行ったら、海岸に品物がたくさん置かれていたんだって。言葉、通じないから、身振り手振りで話をしてみたら、どうも、日国[ひつくに]の米と品物を交換してくれっていうことらしい。結局、四年目以降は、戦争ではなく、交易になったんだって。でも名目だけは“渡海戦”のままなんだよ。

それと、私が川都(かわつ)を離れる頃になると、朝鮮半島には、日国[ひつくに]派の国々による常設の交易所が、いくつもあったらしい。で、それらから税金を徴収するための日国[ひつくに]の税務署みたいなところもあったそうだよ。もちろん物納だったと思うけど。」

「はい、先生。」と、笠部蘭子。「はい、カサピーさん。」と、本鍛冶茜。

「農閑期に戦争をするというのは、まだ兵農分離の段階に達していなかったということですか?」

「川都(かわつ)には、職業軍人もいましたが、そういうことです。ちなみに、日国[ひつくに]派の国々の男子には、徴兵義務がありました。年齢は忘れちゃいましたけど。もちろん、徴兵されるのは、農閑期のみです。

それと、さっき、戦争の後に粒金や粒銀の相場が上がるって話をしたけど、持ち帰った戦利品の装飾に使うからなの。つまり、戦利品って、日国[ひつくに]派の国々にとっては珍しい物なんだけど、見栄えがあまり良くない。そこで、工人に頼んで、金銀で細工して貰い見栄えを良くしたわけ。」

「モッチー先生。それと最初の話に出てきた“ウマレナオシ”とは、何ですか?」と、笠部蘭子。

「彼を例に説明すると、彼は、最初は起[おこり]で“舟[ふね]”から現れた老人だったのです。その後、送札を手渡され、遠い未来に飛び、その地で、起[おこり]には無い、技術や知識を身に着けました。そして、自ら送札を描き、それをいったん誰かに譲渡したのち、手渡して貰い、起[おこり]で再び産まれ直した者なのです。

このように、産まれながらにして特別な知識や技術を持っている子供を日国[ひつくに]では、“賜者[たまわりもの]”と呼んで、特別扱いされていました。たとえば、徴兵免除とか。

ちなみに、彼が身に着けていた知識は、医療に関わるもので、特に感染症については、たぶん、今現在の日本よりも進んでいたのではないでしょうか。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「“彼”は、中[なか]だったのですか、それとも下[しも]でしたか?」

「わかりません。訊きませんでしたから。というか、相手が自ら名乗らない限り、こちらから訊ねることはありません。失礼に当たりますから。

それと、日国[ひつくに]のお米の話をしましたが、ホント、美味しかったんですよ。それも、多少のブレはありましたけど、年々美味しさが増したように思います。もし、日国[ひつくに]に行かれた際には、是非、美味しいお米を味わってみて下さい。」一同、笑い。

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「それは、水や空気のせいですか?」

「たぶん違います。品種改良のたまものだと思います。あと、地域によっては、稲を屋内で水耕栽培しているという話も聞きました。とにかく、日国[ひつくに]派の人々のお米に対する情熱は、すごかったです。そんなわけで、こちらに来てから、美味しいお米に出会えないのが残念です。もしかしたら、こちらでは安いお米しか食べていないせいかもしれませんが。」一同、笑い。

「数字の話が終わったので、次に方角の話に入ります。」といって本鍛冶茜は、ノートの余白に何か描き出そうとしたので、珠理が待った!をかけて、新しいページを開いた。本鍛冶茜は、そこにまず、大きな十字を描き、その四つの端に札絵を一つずつ描いた。それらは、“いかにも”という札絵だった。そして、本鍛冶茜は、

「説明の必要はないと思いますが、このお日様のようなのが、こっちでいうところの“南”を表します。反対側のお星様は“北”。この水平線から半円が出ているのが“東”。逆に半円が沈んでいるのが“西”。簡単でしょ。

ただし、注意が必要です。前にも話したけど、四つの方角しかないから。“北”を描いても、真北になるとは限らない。北西から北東までの九十度のどこかでしかないから。」

これら四種の札絵は、一覧表には載っていなかった。同様に、数字も載っていなかった。

「最後に残ったのが、“過去”と“未来”ですが、こう描きます。それと、この二つは、“代理クン”の一覧表にも載っていました。」といって、二つの札絵を描いた。

「ホントだ。載っていますね。」と、一覧表を見ながら笠部蘭子。そして「モッチー先生、最後ではありません。まだ、時間の単位と距離の単位の話が残っています。」

「そうだっけ? では、まず時間ですけど、前にも話しましたが、月の満ち欠けの回数で指定します。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「具体的には、どう指定するのです? たとえば、今ここにいる者を慶応から明治に改元した日に飛ばしたい場合、どう指定したらよいのでしょうか?」

「知りませんよ、そんなこと。」と、本鍛冶茜が言うと、二人が再び「エー!」を合唱。

「月の満ち欠けの回数というのは、言い換えると、新月単位ということです。つまり、今日がうまい具合に新月頃で、改元の日も新月頃だったなら、ほぼドンぴしゃで飛ばせますけど、それ以外の場合は、当然ずれます。」

「はい、先生。」と、笠部蘭子。「はい、カサピーさん。」と、本鍛冶茜。

「さきほど数字の話の中で、“0.5”がありましたから、それを使えば、飛び先が満月でも大丈夫なのではないでしょうか。」

「なるほど。使えますね、それ。」

「それならば、方角にも“0.5”が使えるのではありませんか?」と、笠部蘭子。
「使えるかもしれませんが、私には、使い方が思い浮かびません。

では、最後に残った距離の単位ですが、これには二つあります。それが“尺”と“里”です。厳密に言えば、“里”は面積の単位であって、距離の単位ではないのですが、よく使われていたようです。」といって、二つの札絵を描いた。そして、

「では、こちらの世界では、どのくらいに該当するのかというと、正確には不明です。とりあえず、一案を示します。親指と人差し指を広げて測れる長さが一尺です。短めに見積もって十五センチと仮定すると、百万尺で百五十キロメートルになります。

次に“舟[ふね]”が最初にあったときの間隔が一里です。前にも言いましたが、百メートルよりもずっと長いが四、五百メートルほどはない距離を表します。ここでは二百五十メートルと仮定すると、千里で二百五十キロメートルになります。

ただ、こちらの世界のように地図や地球儀があるわけではありませんから、直線距離なんてわかりっこありません。送札がどういった仕組みで距離を割り出しているのかも不明です。したがって、遠方になればなるほど誤差は大きくなると考えるべきでしょう。

以上で、送札を描く上で、最低限必要な札絵の解説を終わります。拍手!」

本鍛冶茜の言葉につられて、拍手してしまったが、珠理は、思った。

(でも、札絵を勉強したいだけで、送札を描きたいわけじゃないんだけどね。)

[042]現代編 第三十二回  珠理×第三回勉強会【中】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第三十二回  珠理×第三回勉強会【中】


自己修復が完了した本鍛冶茜[もとかじ・あかね]は、珠理[じゅり]が出した、札絵[ふだえ]の一覧表を見ながら、

「ねえ、これ、どこで手に入れたの?」

「内緒です。」

「じゃあ、いつ、手に入ったの?」

「内緒です。」

「じゃあ、…」

「しつこい女は嫌われますよ。」

「もう、いいよ。でも、コピー、欲しい!」

「ダメに決まってるでしょうが。これ、かなりヤバイ代物[しろもの]なんで、もし、口外すると…、消されますよ。」(ウソ、ですけど。)

本鍛冶茜は、一覧表を構成する牘[とく]の一枚を指先でこすりながら、

「でもさあ、これ、新しいよね。ってことは、こっちに飛んできた人が作ったの、コレ!」

「ノーコメントです。話違いますけど…。」

「ズルーイ!」

「話違いますけど、札絵って全部で幾つあるんですか?」

「教えない。」

「そう言わずに、どうぞ豆でも食べながら。」

といって、豆菓子の入った小鉢を三つとも本鍛冶茜の手元に集めた。

「じゃあ、私も話違いますけど。この豆菓子ってどこの?」

「駅向こうの商店街にある豆菓子屋さんのものです。駅の向こう側に旧道が通ってるじゃないですか、そこにあるお店です。百年以上前からやってるお店らしいですよ。夏場でも傷みにくいので、贈答用に重宝するって、母が言ってました。」

「へえ。でさあ、札絵の数だけど、少なくとも千はあると思うよ。でも、全員、四つのグループの全員ね、に聞き取りしたら、二千から三千くらいは集まるかもしれない。でも、実際に使うのって、個人差が大きいと思うけど、あまり大した数にはならないよきっと。さっきから、この一覧表見ているけど、忘れていたのもたくさんあるし、私が知らないのも結構あるんだよ。」

「ちょっと気になったんですけど、たとえば“兎”に該当する札絵を思い出せない、あるいは、知らない場合、どうします? もちろん、知ってる人に出して貰うっていうのはナシです。」

「当初は、そういうの出しようがなかったんだよ。ところが、終上[しまいのかみ]が、編み出されたのか、それとも他のグループから教わったのかは知らないけど、出来るようになった。そういった場合、呼び名は忘れちゃったけど、こちらでいうところの“カナ”で描くの。つまり、一音節一札絵というか、一拍一札絵というか、“ウ・サ・ギ”と描くわけ。」

「では、先ほどの“桃”の札絵をわたしが知らなかった場合、“モ・モ”って描けばば、“舟[ふね]”から桃が出てくるわけですか。」

「それは、ムリ。だって、“モ・モ”は、現代日本語でしょ。私たちがあちらで使っている言葉で描かないと、“舟[ふね]”が理解できないよ、たぶん。ただ、“舟[ふね]”からモノを出すためでなく、暗号として使うんだったら問題ないね。」

「つまり、その“カナ”のようなものは、現代日本語の共通語に使われている、いわゆる“五十音”は、網羅されているということですか。」

「実際には、私たちがあちらで使っていた言葉全てを表現できるだけの絵種があったはず。だけど、そこまで正確に表現する必要はなくて、それっぽくあれば、たぶん大丈夫だと思う。たとえば、“こぶ茶”を“コ・フ・チ・ヤ”と描いても、たぶん、“こぶ茶”のことだと、“舟[ふね]”に理解してもらえるんじゃないかな。」

「それでは、次回までに、“五十音表”的なものを作って貰えますか?」

「そのかわり、私に、この一覧表のコピーください。」

「先生が生徒に、モノねだってはダメでしょうが。」

「ええ。ズルーイ!」

そんな二人だけの長いやり取りの中、笠部蘭子[かさべ・らんこ]は、一覧表を見ているのか、ずっと黙っていた。が、二人の話が終わったことを見極めると、一覧表に触れることなく、人差し指で指しながら珠理に語り始めた。

「これって、何かヘンじゃないですか。私、最初は、光沢のある合成樹脂製の板片、その表面に札絵が手描きされていると思ったのですが、よく見ると、描かれている札絵の表面にも同様の光沢がムラ無くあります。つまり、札絵を描いて後、樹脂コーティングを施したと考えられるわけです。しかし、そうなると札絵分の厚みが生まれますから、ここまで均一な光沢は得られないと思うのです。たとえば、厚塗りし、あとで研ぎ出したとも考えられますが、そこまで手を掛ける必要があったのでしょうか、この一覧表には。」

(あれあれ、面倒くさいこと言いだしちゃったよ、この人。)

「次に、板片を繋いでいる紐ですが、通常なら糸を撚り合わせた後、コーティングを施すと思うのです。その方が丈夫になりますし、コスト面でも有利です。しかし、これよくみると、極めて細い糸一本一本にコーティングを施し、それを撚り合わせ、さらにそれを撚り合わせているようです。この製法の利点が不明なのと、そもそも、この糸の材料が不明です。一見、炭素繊維のようにも見えますが、炭素繊維をこのように加工する技術が思い浮かびません。あるいは、さきほどの話にも関連しますが、どこかのラボが自分たちの技術の高さを見せびらかすために作った試作品なのではないでしょうか。」

「“カサブ蘭花[らんか]”(=笠部蘭子)さんのご専門は、何です?」

「今は超伝導です。担当の先生が有機材料や無機材料もやられているので、多少の知識はあります。」

(ヤバイ。こんな所に伏兵が!)

「あれ、お二人は、クラスメイトじゃなかったでしたっけ?」

「幼稚園から高校の途中まではそうでした。今は、学部も学科も違いますが、狭い学校なので、一緒にお昼ご飯食べたりもしています。それより、この一覧表の材料、分析されたのですか? 描かれている内容よりも、まずは、そちらに興味がわくと思うのですが…。」

(白[しら]を切り通すという選択肢もあるが、この人、いろいろ詳しそうだから、逃げ切れない可能性が高そうだ。となると、)

「実はですね。これ見て頂くとわかると思いますが、全体の一部分を切り取ったものなのです。本体というか、大部分は、この一覧表に続いていました。そちらは、すでに専門家の方にお渡ししてあります。勝扇子京子[かちおうぎ・きょうこ]教授をご存知ですか?」

「はい。面識はありませんが、お名前は存じております。」

「実は、私の両親の学友と言うこともあり、親しくさせて頂いているのですが、先日、十日ほど前になると思いますが、本体の方は、勝扇子教授の研究室にお届けしました。いずれは、分析結果というよりは、製造方法に関する論文が発表されると思います。」

「ご自身では、分析されなかったのですか?」

「先ほども申しましたが、私、医者に成る身。餅は餅屋にお任せしました。」

「では、出所[でどころ]は?」

「これを作成したとされる方は、すでに亡くなられています。また、これを私に託された方も、すでに亡くなられているのです。したがって、詳細は、不明です。」

「それって、…。」といって、笠部蘭子は、沈黙した。

(うまい具合に、誤解してくれたようだ。)

「そういうことなので、この勉強会では、この一覧表の内容についてのみ、考えていきたと思うのですが、いかがですか?」

「はい。わかりました。」に続けて、一人、豆菓子を食べている本鍛冶茜に向かって「トイレ、お借りします。」といって、笠部蘭子は立ち上がった。

当の本鍛冶茜は、二人の長いやり取り中に、三種類の豆菓子を完食していた。そして、「他のも食べてみようよ。」と言って、店の手提げの紙袋に入っている他の豆菓子を物色し始めた。

「贈答用には、箱詰めしてくれます。もちろん、箱代取られますけど。ここに持ってきてお茶うけにするだけだから、紙袋に入れてもらいました。ちなみに、紙袋代は、取られません。」

あいかわらず、袋の中をごそごそしている本鍛冶茜に向かった、「その中に、薄緑色のちっこい豆があるでしょう。それ、えんどう豆です。通常は、塩豆なんだけど、それは塩豆の外側の堅い部分を外したヤツ。“とびだし”とか“とびだし豆”とか呼ばれていて、扱っている店、めったにないです。」

「これのことかな。じゃあ、これと、それにこれと、これを出そう。」

三つの空の小鉢に、新たに三種の豆菓子が盛られた。

「“代理さん”(=珠理)、今日穿いているGパン、初めて見た。いつもの、細いヤツじゃないんだね。洗濯でもしちゃった。」

「前回の反省を踏まえ、脱ぎ着しやすいのを選んできました。その分、サスペンダー着けてきましたけど。」

「じゃあ、その肩紐外したら、Gパン、下にストーンって落ちちゃうの?」

「そんな危なっかしいモノ、着てるわけないじゃないですか。サスペンダーは、視線を上にあげるためのモノです。わたしの場合、ダボっとしているモノを穿くと、下半身が目立っちゃうんで、視線を全身に分散させるための工夫です。」

「そうなんだ。じゃあ、今日は、Gパン脱ぐとこ、見れないのかあ。残念。」

そんな話をしているところに、笠部蘭子が戻ってきた。

「カサピー(=笠部蘭子)さん。今日は、Gパン脱ぐとこ、見れないそうですゾ。カサピーさん、ご期待の。」

「“期待”はしていませんけど。それは、残念。」といって、クスクス笑った。

それを無視し、「三人揃ったところで、本題に戻りましょうか。“瓢[ふくべ]に入った水”と“瓢に入った酒”は、わかりましたが、“革袋に入った水”は、どんな札絵ですか?」と、珠理。

「こう描きます。」といって、本鍛冶茜は、ノートの余白に、新たな札絵を描いた。。

「こうやって、比較してみると、明らかに法則性というか規則性がありますね。」と、笠部蘭子。

「うん。今、気付いた。」と、本鍛冶茜。「だって、そんなこと気にしたことなかったから…。」

「では、“木桶に入った水”をお願いします。」と、珠理。

「うん。」と言って、本鍛冶茜が描いたものは、珠理が予想していたものとは、だいぶ違っていた。

「“水”は共通していますが、他はずいぶん異なっていますね。」と、笠部蘭子。

「でも、これなんだよ。」と、本鍛冶茜。「あっ、なんとなくわかった気がする。」といって、本鍛冶茜が、解説を始めた。

「“瓢に入った水”も、“革袋に入った水”も、直接水が飲めるんだよ。でもね、“木桶に入った水”は、ムリ。もちろん、顔を突っ込んで飲むことはできるけど、通常は、柄杓[ひしゃく]かなにかで掬[すく]って飲む。つまり、この札絵には、そういった道具が含まれているんじゃないかなあ。」

「茜先生は、この札絵を実際に使ったことはないんですか?」と、珠理。

「たぶん、無いと思う。」

「誰かが、描いているところは?」

「それも、見たこと無いと思う。」

「モッチー(=本鍛冶茜)先生、籠に入れた何かという札絵はありますか?」と、笠部蘭子。

「あ、あるね。こう描くと、“竹籠に入った桃”だね。」といって、新たな札絵を描いた。

「おお!」「すごい!」と、珠理と笠部蘭子が声を挙げた。

「なんかわかったの?」と、本鍛冶茜。

「えっとですね、」といい、珠理は、一覧表の札絵を調べ始めた。そして、「ああ、これこれ。」といって、一つの札絵を指さし、「これも何かに入った何かで、おまけなし、でしょ?」と本鍛冶茜に示した。

「うん、これは、“鞘に収められた刀”だね。“おまけ”ってなに?」

「すごい!」と、笠部蘭子が再び声を挙げた。

「お二人さんだけが、わかったみたいで、なんか悔しい。」と、本鍛冶茜。

「モッチー先生、こういうことです。」と、笠部蘭子が本鍛冶茜に、これまでにわかった、札絵の規則性を詳しく説明しだした。

それを聞きながら、珠理は、これで七月中には、札絵の簡単な読み書きをマスターできる目処[めど]が立ったと思った。あとは、どうやって語彙を増やすかである。

そんなことを考えていたら、笠部蘭子から説明を受けている途中の本鍛冶茜が唐突に、「“代理さん”、さっきの“カナ”描きの話で、大事なこと言い忘れてた。」といって、ノートに新たな札絵を描いた。

そして、「これ、意味は“境界線”。ただし、二個分。つまり、通常の札絵と“カナ”描きが紛れないように、“カナ”描きの前後に“境界線”を二個ずつ書くんだよ。」

それは、一覧表にはない札絵だった。加えて、今まで描いてきたものに比べて、極めてシンプルなものだった。

「つまり、括弧[かっこ]書きみたいにするわけですね。」

「そういうこと。でさあ、もひとつ思い出したんだけどさあ。“舟[ふね]”から札絵でモノを出す場合、正式には“開始宣言”と“終了宣言”が必要なんだよ。」と、本鍛冶茜。

「それは、さっきの“カナ”描きのように、括弧で括るわけですね。」

「そう。でもね、“舟[ふね]”に落書きする者は、絶対にいない。だから、“舟[ふね]”に何かを描いたら、それは何かを出してくれってことと同じなわけ。なので、“開始宣言”と“終了宣言”は、省略可能なの。ちなみに、こう描きます。」といって、本鍛冶茜は、新たに二種類の札絵をノートに描き、話を続けた。

「重要なのは、ここから。送札[おくりふだ]にも“開始宣言”と“終了宣言”が必要なんだよ。これは、どちらも省略不可。当たり前だよねえ。札絵を描いた紙切れや板切れが皆、送札になっちゃったら、人がいなくなっちゃうからね。ハハハ。」といって、本鍛冶茜は笑った。

(そこは、笑っちゃダメでしょうが。)

「つまり、以前に話題になった何も指定しない送札っていうのは、“開始宣言”と“終了宣言”のみしか描いていない送札ってことなんですね。」と、珠理。

「そういうこと。でさあ、それって、…。」といって、本鍛冶茜がノートに描き始めようとしたので、「ストップ!」といって、珠理が止めた。

「大丈夫だよ。私の描いた送札は、機能しないから。」と、本鍛冶茜。

「それは、今までに描いた送札の話ですよね。今から描く送札が機能しない理由にはなりませんよ。」

「そうかなあ…。」と、本鍛冶茜。

「まずは、ノリとハサミをお願いします。」

珠理は、ノートの一番最後のページを切り離し、それを縦横四つに折った。

「へい、お待ち!」といって、本鍛冶茜が、ノリとハサミを持ってきた。

珠理は、ハサミを借りて、折り線に沿って切り分けた。そして、その一枚を本鍛冶茜に渡した。

そのとき、笠部蘭子が「今、“代理さん”、ハサミ、左手で使いませんでした?」と。

(目ざとい。)

「ホント? 気付かなかったよ。」とは、本鍛冶茜の言[げん]。そして、「ほれほれ、もう一回何か切って、このお姉さんにも見せておくれ。」

(面倒くせえなあ。)

珠理は、まず、右手で四等分されたノート片を一枚持った。つづいて、左手にハサミ。そして、きれいな円を切り抜いた。

「ホントだ。“代理さん”、字、書く時、右だよね。なんで?」と、本鍛冶茜、

「はっきりしたことは、わかんないんですけどね。物心ついたころから、左でハサミ使ってました。ハサミだけです、他は全部、右です。で、一番ビックリしたのは、高校生の時に、母に初めて指摘されたことですね。母は、わたしが、左でハサミ使うことをそれまで気付かなかったらしいんですよ。高校生だったんですよ、わたし。」

「でも、私も最初、気付かなかったから、お母様には罪はないよね。」と、本鍛冶茜。

「わたしなりに、理由付けをいろいろ考えたわけですよ。それで、可能性が一番高そうなのが、いまの私の一連の動きを見ていて気付きませんでした? わたし、紙を切りたい!と思うと、まず、その紙を右手で持っちゃうんですよ、なぜか。当然、ハサミは空いている左手で持つことになりますよねえ。」

「へえー。」と、本鍛冶茜。笠部蘭子は、動きをイメージしてみたらしく、「ホントですね。私、紙を切ろうとしたら、まず、右手にハサミを持ちますね。必然的に紙は左手に持つことになります。」

「今日も、またひとつ、“代理さん”の謎が解明されましたね、カサピーさん。今日、来た甲斐、ありましたね、カサピーさん。」と、本鍛冶茜は笑顔で語りかけた。

【続く】

[041]現代編 第三十一回  珠理×第三回勉強会【上】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第三十一回  珠理×第三回勉強会【上】

1989年(平成元年)6月27日(火曜日)。梅雨らしい蒸し暑さの中、珠理[じゅり]は今、理学部物理学科の主任教授、常居[つねおり]先生の研究室で、一緒に缶入り緑茶を飲んでいる。ちなみに、古くは“常織”と書いたそうだが、織田家の所領になった時、字を避け“常居”とし、今に至ると聞いたことがある。

なお、主任教授は任期制で、その任期は二年である。珠理が、一年の時も主任教授をされていたので、今年度でお役御免のようだ。

「でさあ、それいつ決まった話なの?」と、常居[つねおり]教授。

「順を追ってお話しすると、まず、先月の十三日に、わたしが、伯父に“医者になる!”って宣言しました。この伯父は、権力者で、子供の頃からそう聞かされてきたので、わたしとしては、丸投げしたわけです。適当な大学見繕ってもらって、そこにねじ込んでもらおうと。

ところがですね、今月の十九日になって、その伯父からうちの親に連絡があり、早く大学決めてくれって言われたそうなんです。どうも大学はわたしが決めなきゃいけないようで、いろいろ調べてみた結果、二十二日、先週の木曜日になりますが、手頃な大学をみつけました。そこで、翌金曜日に教務科で情報収集し、今日に至るわけです。」

「ってことは、まだ何日もたってないんだ。それにしても随分急だね。」

「そんなわけで、先生のこと忘れていたわけではありませんので、ちょっとだけご報告が遅れてしまっただけですので…。」

「そうなの、わかった。で、これでしょ。」といって、大きな机の上に置かれている、珠理が書いてきた推薦状のひな形を取り上げ、「これを僕が書いたことにするわけだよね。それにしても、よくこんな歯の浮くようなこと書けたよね。」

「受験者に推薦状を提出させるということは、それによってまず書類審査が行われると言うことです。ですから、読んだ人が、“この学生には会ってみたい”と思わせないと意味がないんです。つまり、ウソにならなければ、誇張はどこまでも許されるのです。」

「わかった。で、いつまでに書けばいいの?」

「今後の予定が詰まっておりますので、出来るだけ早くお願いします。それと、明日からは、昼休みに、毎日毎日催促に伺いますので、お覚悟の程を。また、書き上がったものは、わたしがチェックしますから、封緘[ふうかん]とか禁止です。」

「ええ、チェックされるの?」

「当たり前です! 面接試験の時に、推薦状の内容を聞かれるはずですから。それと、言い忘れていましたが、推薦状をお願いしたのは、先生だけではありません。まず、先ほどお話しした権力者の伯父。そして、先生はご存じかどうか知りませんが、勝扇子京子[かちおうぎ・きょうこ]教授にもお願いしてあります。」

「えっ、勝扇子先生と知り合いなの? なんで?」

「まあ、わたし、弟子というか、舎弟というか、子分みたいなものやってます。もともとは、うちの両親の学友なのだそうですが。」

「ご両親って、何歳?」

「共に、昭和二十年生まれですが。」

「勝扇子先生もそんな年齢なの?」

「たぶん。」

「勝扇子先生ってさあ、公式プロフィールに年齢を一切載せないので有名なんだよ。そう、昭和二十年頃の生まれなの…。それはいいこと聞いた。」

(余計なこと、言っちゃったかな。)

「でもさ、推薦状って一通あれば、足りるんじゃないの?」

「もちろん、そうです。が、想像してみてください。学内での評判もすこぶる良く、その業界でも知られた家系のお嬢様が、スポンサー企業の後ろ盾さえ有って、やってくる。あっ、言い忘れてましたが、勝扇子教授のご実家、商社カチオウギですが、そこが、その大学の工学部のどこかの研究室と共同研究しているそうです。もちろん、商社側からも研究費が出ていることでしょう。そんな、スポンサー企業の後ろ盾さえ有る素敵なお嬢様が、受験しに来たら、先生、どう思います?」

「ちょっと、ヤだよね。」

「でしょう。プレッシャー感じますよねえ。邪険に扱って、機嫌でも損ねようものならば、出世に影響するかも、です。」

「先方にプレッシャー与えるために、三通も用意するってこと?」

「はい。地元選出の国会議員ってのも考えたんですが、時間が無くて間に合いませんでした。」

「……。」常居[つねおり]教授、絶句。

これで、とりあえず、来週中には、願書が出せそうである。



1989年(平成元年)7月2日(日曜日)。勉強会のある日曜日はなぜか梅雨寒である。雨が降っていないだけ、マシではあるが。そして、やはり、今回も“カサブ蘭花[らんか]”さん、こと笠部蘭子[かさべ・らんこ]は来ていた。

珠理は、前二回分の資料を配付し、各自、目を通して貰った。茜先生、こと本鍛冶茜[もとかじ・あかね]は、それを読みながら、「私、こんなこと言ってたの?!」と、驚きながらも「お茶碗持つ話は、書いてないんだね。」というので、珠理は、「それだけじゃなくて、私のGパンの話や、腹筋の話も省いてあります。勉強会には全く関係ありませんから。」

「そっかあ、そういう話もけっこう面白かったんだけど…。ということは、さっき私がした、教育実習の話も除外されちゃうのか…。」といいながら、本鍛冶茜は、三週間担任をしたクラスの生徒さんから贈られたという寄せ書きを見せびらかしながら、残念がった。

「これ読んでて、感じませんでした? 茜先生の話、時間軸というか空間というか、グチャグチャですよねえ。終[しまい]に居た時の話と、そこを離れた後の話が、一緒に語られることが、しばしばあったように見受けられます。そもそも、終[しまい]を離れたあと、茜先生は、どちらにいらしたんですか?」と、珠理が訊ねると、

「川都(かわつ)。こっちにやってくる直前まで、そこに居た。」

「川都(かわつ)というのは、日国[ひつくに]の都の川都[かわつみやこ]のことですね?」

「そう。前回話したことのいくつかは、そこで見聞きしたこと。たとえば、数え年のこととか。第一、私たちは、歳を取らないし。」

「わかりました。今後は、そこらへんのことも確認しながら、勉強を進めていきたいと思います。」と、珠理。

(なんだろう、この違和感は、…。)

「あ、そうだ! わたし、ここんところメチャクチャ忙しくて、誰に何の話をしたのか、ほとんど記憶がないので、確認させて頂きますけど、」と、一言ことわって、珠理は、「わたしが、来年度、医者になるため転校する話は知ってますよねえ?」

「なに、それ?!」と、本鍛冶茜。そして「初めて聞いたよ。そんな話。」

「私もですけれど。」と、笠部蘭子。

「あれっ、そっか。先週、勉強会なかったから、お二人には話し損ねていましたか。ごく最近決まったことなんで。そうだ、茜先生、地図帳、持ってきて。小学校のでも中学校のでも高校のでもいいから。」

本鍛冶茜は、丸いちゃぶ台に手を着き、「…こいしょ。」と言い、立ち上がると、何の部屋だかわからない部屋に消えていった。丸いちゃぶ台の向こう側に座っている笠部蘭子は、珠理にいろいろ訊きたそうではあるが、本鍛冶茜が戻ってくるのを待っている様子だ。

丸いちゃぶ台の上には、珠理による今日の差し入れが。駅の向こう側の商店街にある豆菓子屋の税込み二千円の“お好み詰め合わせ”の中の三品が、それぞれ小鉢に盛られている。珠理は、それぞれを一粒ずつ摘んでみた。どれも食べた記憶がない味だ。

そもそも、珠理には向こう側の商店街に行った記憶が無い。でも、母によると、以前はよく贈答品としてその豆菓子屋のものを用いていたそうで、「あんたも一緒に買い物に行ったことあるよ。」といわれた。そんなこともあり、母紹介のこの店の品を今日は用意した。

寿司屋の大きな湯飲みで茶をすすりながら、自分が土産に持ってきた豆菓子を食べていたら、本鍛冶茜が何冊もの地図帳を抱えて戻って来た。

「こんなのでいいよねえ。」

「一番新しいヤツか、日本地図が一番詳しいの、お願いします。」

「じゃあ、これだね。」

本鍛冶茜が渡してくれた地図帳をめくり、該当する地図を出し、豆菓子の入った小鉢たちを退かし、丸いちゃぶ台の中央に置いた。

そして、「ここがわたしが行く予定の大学です。」と言いながら、地図記号を指さした。「ちなみに、この山を越えたこっち側。ここらあたりに、終[しまい]があったようです。そして、川を越えたこのあたりに三次[みつぎ]と次手[つぎて]があり、さらに川を越えて、このあたりに起[おこり]があったそうです。」と、一気に解説した。

「“代理さん”(=珠理)は、いったい、何がしたいの?」と、本鍛冶茜。

「私は、家名を背負って、医者になりたいだけです。編入可能な医学部のある大学を探していたら、もっとも方角のいいところにあったのが、この大学だったというだけです。他意はありません。」

「“方角”って、“代理さん”は、易者さんにでも見て貰ったの?」

「いえいえ、市販されている暦で調べました。(ウソ、ですけど。) それでですねえ、願書は、必要な書類が揃い次第出すつもりです。そうなると、筆記試験が八月二十六日、最終土曜日。面接試験が十月七日、第一土曜日となります。日帰りというわけにはいきませんので、日曜日の勉強会はお休みします。

ようするに、無限に勉強会を続けられるわけではないということです。これからはもっと効率よくやっていきたいと思います。そこで、今回からは、札絵[ふだえ]を茜先生から学びたいと思います。」

「前にも言ったけど、私、札絵、教えられない。札絵って、名前の通り、広い意味で絵文字なんだよ。だから、表している内容というか、意味は一つしかないんだけど、読み方は人様々。だから、国語の時間みたいな授業ができないんだよ。」

「わかってます。ですから、わたしたちに、“教える”必要はありません。茜先生は、ただひたすらに札絵を描いてくれればいいんです。」

「どういうこと?」

「具体的な話をしましょうか。茜先生が岩から…。それと、これからは、岩とは呼ばずに“舟[ふね]”で統一しましょう。それと、茜先生や終上[しまいのかみ]が現れた“舟[ふね]”を他と区別するため、“上舟[かみのふね]”と呼ぶことにします。

話を戻すと、茜先生たちが“上舟[かみのふね]”から現れた後、最初に“上舟[かみのふね]”からモノを出す時、どうされました? 筆とか墨とか、持っていないですよねえ。」

「終上[しまいのかみ]が指先で札絵を描いた、と思う。そうだ、そうそう、ただ指で描くと、何を描いてるか本人にも見えないでしょ。なので、指先に水を付けたりもしたんだ。いろいろ思い出してきたよ。」

「目に見える必要がないと言うことは、書き順に意味があるんですかねえ。」

「見えなくてもいいって、いま言われてみて初めて気付いたよ。それと、書き順は、人様々みたいだったから、特に意味ないんじゃないかなあ。」

「では、やはり、形に意味があると言うことですか。では、それを踏まえて、」と、いいながら、珠理は、ショルダーバッグの中から、ノート一冊とボールペン三本を出し、ノートの新しいページを開くと共に、ボールペンを銘々に配りながら、「茜先生、ここに札絵、描いてみてください。やってきた当時、見たものや描いたものを。」

「よし、わかった。」というと、本鍛冶茜は、ノートに何かを描き始めた。そして、「これは、上[かみ]が最初に描かれたもので、桃、果物の桃。まず、三つ、出た。」

「その札絵自体の意味は、何です?」

「“桃”。数は指定していないのに三つ出たの。それでさあ、“舟[ふね]”じゃなくて、“上舟[かみのふね]”だっけ、ここからは、十五人が現れたわけだから、数、足らないじゃない。そこで、同じものを描かれたら、また三つ出た。さらに描かれたら、もう三つ出た。

で、次、同じに描かれたはずなのに、四つ出たんだよ。おかしいでしょう。その後も四つずつ出て、他の“舟[ふね]”の人達にも声を掛け、分け与えはじめた。ところが、その後は、五つずつ出るようになり、四十五人皆で桃を食べることができたの。不思議でしょう。」

「つまり、熟練度があるということですね。」

「今思えばね。でさあ、上[かみ]が、私に命じられたの。“お前もやってみろ”って。ほら、私、中[なか]の紅一点だから、目立ってるから。そこで、“上[かみ]”と同じく“桃”って描いたら、桃が一個しか出なかった。笑われちゃったよ。」

「その後、茜先生は、“桃”、試してみたんですか?」

「まさか。桃が必要なら、上[かみ]にお願いすれば、五つ出てくるんだよ。私が、わざわざする必要ないじゃない。って、当時は思っていた。もし、“桃”もっと描いていたら、三つも四つも出せたかもしれないね。残念。」

「では、さっそくわたしたちも、描いてみましょう。」と、向かいに座っている笠部蘭子に言ったら、すぐ「はい。」と返ってきた。

本鍛冶茜の描いた“桃”をよく見ながら、描き上げると「茜先生、これで桃出ますか?」と、珠理。

「ううん、“代理クン”、それでは、出ないね。」と言い、笠部蘭子の描いたのを見、「これ、桃、出るね。でも、たぶん虫食いだね。」といって、笑った。

その後、意図的に三度書き直して、珠理も“桃”が出せるようになった。

「“桃”以外に、なにか今ぱっと思い出せる札絵ありますか?」と、珠理。

「“水”というのはどうですか?」と、笠部蘭子。今日は、積極的である。

珠理も「それ、いいですね。」といって、ノートの新しいを開き、「お願いします。」

「“水”かあ。むずかしいなあ。いろんな描き方があるんだよ。だってそうでしょう。単に水がドバッって出ても困るから。何かに入れて出さないと。木桶、革袋、瓢[ふくべ]とか、いろいろ。」

「では、瓢で。」と、笠部蘭子。

「わかった。」

さっきと同様に、本鍛冶茜の描いた“瓢に入った水”を二人して、ノートに真似てみた。

「カサピー(=笠部蘭子)さん、それでは、たぶん中身、空ですね。“代理クン”のは。これ、出ますね。一発で描けちゃいましたね。ねえ、どうして?」と、二人の描いたものを見比べながら、本鍛冶茜。

「茜先生、種明かししましょうか?」

「なんか仕掛けがあるの?」

「はい。わたし、さっき“桃”を四回描きましたけど、全部、意図的に間違えたのわかりました? わたしとしては、どこまでが許容範囲なのか知りたかったんで。結果、札絵を描く時に押さえるべきポイントが理解できたつもりです。第一、茜先生が描ける程度の図形や模様なら、わたし、一目見ただけで、コピー可能ですから。」

「ねえ、聞きましたか、カサピーさん。この人、こういう人ですから。性格が悪い上に、年下のくせに可愛げもない。気をつけて下さいね、カサピーさん。幼馴染みの大親友として、あなたに忠告しておきます。」と、本鍛冶茜は、珠理の方にはいっさい顔を向けず、笠部蘭子にじっくりと語りかけた。当の笠部蘭子は、俯いてクスクスと笑っていた。

「茜先生、この札絵、どんな意味か教えてください。」といって、珠理は、“瓢に入った水”によく似た札絵を描いた。

「ねえ、なんで? これは、“瓢に入った酒”です。」

「やっぱり。そんな気がしたんだよ。」

「種明かしをお願いします!!」

「実はですね、わたし、札絵のちょっとした一覧表を持っているのです。ただ、今日、茜先生が描かれた、“桃”も“瓢に入った水”もその中にはありませんでした。が、“瓢に入った水”にとてもよく似た札絵があったので、いま、茜先生に確認してもらったわけです。」

「なにその一覧表。見てみたい! 次回は、絶対持ってきて!」

「と、いわれると思いまして、」ショルダーバッグの中から、プチプチに包まれた何かを出した。そして、おもむろにプチプチを剥がし、「ちゃんと持ってきております。十六行、十六桁。全二百五十六種描かれております。」それは、“姉”が残してくれたらしい、牘[とく]の束のうち、コード表に当たる部分だった。

「うわっ、なにこれ? うわ、うわ、うわ、うわ、…。」と、本鍛冶茜。どうも壊れたようだ。笠部蘭子は、一覧表をじっくり見た後、珠理に向かって「“代理さん”って、何者なんですか?」

「わたしは、物理学者のタマゴです。来年の春からは、医者のタマゴになる予定の者です。」

【続く】

[040]現代編 第三十回  珠理×夏合宿

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第三十回  珠理×夏合宿

1989年(平成元年)6月24日(土曜日)。家に帰ると、本鍛冶茜[もとかじ・あかね]から電話があった。内容は、「明日の勉強会は、都合が悪くなったので、中止にします。」という事務連絡だった。あとは、教壇でやったラジオ体操第一は、生徒さんにはウケたけど、担当の先生方からは、注意されたとか。そんな、珠理にとってはどうでもいい話を、電話代を気にする様子もなく、延々と語られた。


急に暇になってしまった1989年(平成元年)6月25日(日曜日)。雨は止んだが、天気予報によれば、本日は“夏日”だという。そんな中、珠理は、最寄りの駅の二つ手前の駅近くにある大きな図書館にいた。調べたいことが山ほどあったのだ。

吉○東伍の『大日○地名辞書』と、ただいま絶賛刊行中の『角川日○地名大辞典』から、“舟[ふね]”とよばれた岩が、ありそうな地域の記事をしらみつぶしに読んだ。そして、重要と思われるものは、コピーした。この図書館は、コピーはセルフサービスで、A3でもB4でも一枚十円である。有栖川宮記念公園にある大きな図書館のように、待たされることも、ぼったくられることもない。

いろいろ史料を漁ってみたが、わからないことも多い。その最大の原因が、明治の末に出された、いわゆる“合祀令[ごうしれい]”だ。これは、たとえば、その村に社[やしろ]が十あったとする。それを一つにまとめろ!という命令だ。それによって、ご神木は一本のみ残して、あとは切り倒され、売られたらしい。ご神体も同様であろう。

もし、“舟[ふね]”が明治維新のころまで、運良く残っていたとしても、“合祀令”によって、失われた可能性が高いのだ。ここらへんの事情は現地に行って、地元の郷土史研究家にでも当たらないと、たぶん、わからないと思う。

あれ?“現地に行って”っていうけど、昨年の夏合宿、それに、昭和の終わり。そして、ゴールデンウイークに二度。わたし、現地に行ってるよね。なんで、“舟[ふね]”について、何も調べなかったんだろう?

あっそうか! 当時は、送札[おくりふだ]の話ばかりで、“舟[ふね]”の存在自体を知らなかったんだ。じゃあ、いつ、誰から聞いたんだ? と、思った瞬間にわかった。先週の日曜日に本鍛冶茜が言ったのだ「普段は“舟[ふね]”と呼んでい」る、と。そして、木曜日には、京子先生の研究室で、二人して“舟[ふね]”の話をいろいろしたので、ずっと以前から、“舟[ふね]”の存在を知っていたものだと勘違いしていた。

あれ、待てよ。昨年の夏合宿、確か、「のっぽさん」のご実家が営なまれている民宿を拠点にして、付近のパワースポットや心霊スポットを調査するというのが、テーマだったんじゃなかったっけ。それって、“舟[ふね]”のあった場所なんじゃないの? 「のっぽさん」なら知っていてもおかしくない。きっと、終中[しまいのなか]の転生者なのだから。

図書館の図書閲覧用の大机を一人で占領しながら、珠理は、そんなことを考えていた。ただどうしても、思い出せないことが、いくつかあった。まず第一に、合宿地がそこに決まった経緯をまったく思い出せないのだ。第二に、パワースポットや心霊スポットでどんな調査をし、どんな結果を得たのか、まったく思い出せない。第三に、調査結果は、学祭で発表されたはずなのに、そんな記憶がどこにもない。なぜだ?

仕方がないので、明日、サークル室で昨年の夏合宿に参加したメンバーに聞いてみることにした。


1989年(平成元年)6月26日(月曜日)。開店からバイトに入り、さらに昼にも入ったのだが、バイト時間は、合わせても一時間に満たない。これでは、カネなんて貯まるわけがない。そして、四限終わり、トイレによってから、サークル室へ。

サークル室に入ると、すでに十名前後のメンバーがいた。ざっと見渡したところ、四年生はいないようだ。ただ、疎外感というか、居場所の無さ感というか、外様感というか、珠理に対するよそよそしさが、半端ではない。一週間、顔を出さないと、こんな感じなの?

珠理の後に、二人ほどやってきたところで、三年男子で幹事長の「白先輩[しろせんぱい]」が、話し始めた。

「本日の議題は、夏合宿についてです。ええ、初めて参加するメンバーは、こんな遅い時期に宿が取れるのかと思うかもしれないが、そんなこと気にしなくていい。ここの合宿は、車中泊もあたりまえ、眠らず夜通し調査なんてこともある。心に留めておいて欲しい。

ただ、一応、サークルの公式行事なので、大学側に書類を提出する義務がある。そのため、事前に体裁だけは整えておかなければならない。そこで、調査テーマ及びその概要、調査地、調査期間及び日程、移動方法や参加者の個人負担額などを発表して貰い、どちらか一つを選んで欲しい。

というのも、二案とも調査テーマがほぼ同じだからだ。ただ、両者の調査地が離れており、夏合宿だけでは、双方を調査するのは困難と判断した。何しろ、両者の間には、幾つもの観光地があるからね。移動にかかる時間が、まったく予測できない。

ということを踏まえて貰って、まずは、一人目どうぞ。」

そう指名されてホワイトボードの前に現れたのは、珠理の中では、印象の薄い三年生男子の一人だった。珠理的には、呼び名も決まっていないし、顔は知ってるけど名前が記憶にない。

ホワイトボードに内容を書いた後、五分ほどで発表は終わった。それは、全く面白くない話だった。それに、質疑応答もない。みなさん、今の発表で、理解できたの?

「白先輩」は、二人目を指名した。出てきたのは、前者同様に、珠理にとっては、印象の薄い二年生男子だった。そして、前者同様に面白みのない話をしてくれた。

ただ、ありがたいことに、二案とも関東圏だった。これなら往復とも車で移動できるので、だいぶ安く上がりそうだ。といっても、珠理は、まだ免許取っていないけど…。

「特に、質問等無いようなので、決を採りたいと思います。」と、「白先輩」。

ホワイトボードに記されている二案のひとつを指しながら、「では、こちらの案が良いと思う人。」いくつか手が挙がった。「次に、こちらの案が良いと思う人。」同じくいくつか手が挙がった。珠理は、どちらでも構わなかったので、どちらにも手を挙げなかった。

三年女子で会計を担当しているギーさんが、そんな珠理をめざとくみつけ、なぜか、きつい眼差しで「珠理ちゃんは、どちらにも手を挙げなかったようだけど?」

その言葉に、全ての視線が珠理に集中した。そんな中、珠理は、「わたし、決まった方に賛成します。」とそっけなく応えた。その反応が気に入らなかったのか、ギーさんは、珠理を睨み付けている。加えて、誰一人、何も発言しない。得体の知れない沈黙がサークル室に満ち始めた。

(わたし、何か悪いことしました? 居心地、悪[わる]う。帰っちゃおうかなあ。)

なんてことを考えていたら、ギーさんが、切れた。

「珠理ちゃん! あなた、わたしたちに話さなきゃならないことがあるんじゃないの?!!」先ほどとは異なり、ギーさんは、なぜか涙目だ。珠理としては、皆に話さなきゃならないことなど、何も思い浮かばない。それよりも、今日は、昨年の夏合宿の話を、珠理が、聞きに来たのだが…。

「君、転校するんだって?」と、「白先輩」。

(なんだ、その話? 面倒くせいなあ。)

「はい。転校します。来年度になりますけどね。今度は医学部です。ここ医学部ないんで。」と、さらっと答えた。

「珠理ちゃんがいなくなったら、ここ、どうなっちゃうの?」と、涙声でギーさんが。

(そんなこと、あたしの知ったことかよ!)

そんな心の声を殺しながら、珠理は、ホワイトボードの前に立ち、「すいません。少し、お時間下さい。」と言って、語り始めた。

「私、名字で呼ばれた場合、たとえそれが先生であっても、無視するのを信条としております。このサークルに入れて頂いた時も、入会票には“珠理”としか書きませんでした。でも、ちゃんと入会出来ちゃんたんですよね。」小さな笑い声が起こった。

「そのため、私の名字を知らなかったり、あるいは、私のフルネームが“珠理”だと思われている方が、いらっしゃるかもしれませんが、」と言いながら、

「懐
 風
 庵」

と、ホワイトボードの余白に、大きく縦書きした。

「これで、“カイフウアン”と読みます。これが、私の名字です。聞くところによりますと、これを名乗っているのは、私の一族のみだそうです。そして、これには、こんな由来があるのです。…」

と、いつもの名字の由来を話し、さらに、続けた。

「わたし、このサークルに参加して一年以上経ちますが、メンバーにこの話をするのは、今回が初めてです。いままで誰にも訊かれませんでしたから。」再び、小さな笑い声が起こった。

「さて、私には、合わせて五人の従兄姉[いとこ]がおりますが、誰一人として、医者になっておりません。つまり、私の世代には、懐風庵を名乗る医者が、この世に一人もいないのです。そこで、私が、若輩ながらも、一肌脱ぐことと相成りました。」

(って、歌舞伎かよ。『勝扇子』の影響か?)

「つきましては、今後、受験とサークルの行事が重なった場合、受験を優先させていただきとう、存じます。(一礼)」

「で、どの大学に決めたの?」と、「白先輩」。

(あれ? 転校の話は知ってるのに、転校先までは知らないのか…。)

珠理は、ホワイトボードの余白に転校先を大きく縦書きしながら、「ここの医学部に行くつもりです。」

「都内じゃないの? ずいぶん遠いね。」と、「白先輩」。

「はい。ここ、方角が良いので。」と、珠理が言うと、多くのメンバーがニヤとした。が、納得してしまった者も何人かいた。

(そんなんでいいのか、ここ「超常現象研究会」なんだぞ!)

「それと、筆記も面接も土曜日に行われます。詳しくお話しすると、筆記が八月の最終土曜日、二十六日。面接が、十月の第一土曜日、七日です。さすがに日帰りというわけにもいきませんので、前後は、東京からはいなくなります。」

そんな話をしていたら、ギーさんが「医学部編入って、専門の予備校へ通ったりするんじゃないの? 普通は。」

「らしいですね。でも、うち、おカネないし。それに、わたし、別に物理学が嫌いになったわけでもないし、今まで通り、学校には来ますし、バイトもやりますし、ここにも顔出すつもりです。」

「今年の夏合宿はどうするの?」と、ギーさん。

「お二人の説明ですと、どちらのプランも私の受験とは日程被っておりませんので、参加するつもりです。ですので、さきほども言いましたように、“わたし、決まった方に賛成します。”」と言い、珠理は、ホワイトボード前から元いた位置に戻った。

(軌道修正、完了!)

その後、「白先輩」が採決の結果を発表し、印象の薄い三年生男子の案に決まった。
そして、現時点での参加予定者の数。それに応じた、必要な車の数などの話になり、最後に、発案者と相方、同じく印象の薄い三年生男子が、夏合宿実行委員に任命された。

これで、今日の集会はお開きなのだが、珠理としては、それでは困るので、「すいません。昨年の夏合宿について、お聞きしたいことがありますので、もし、お時間あるようでしたら、残って頂けませんか?」と、声を掛けた。

帰り掛けていた者、さらには、ドアから廊下に出ていた者まで、皆、戻って来た。

その間、珠理は、ホワイトボードをきれいにし、新たに、

「1.決定までの経緯
 2.調査内容
 3.発表内容」

と書いた。そして、残ってくれたメンバーに対し、礼を言い、話を始めた。

「昨年の夏合宿には、私も参加させて頂いたのですが、どういうわけか、この三点の記憶がないのです。かいつまんでお話ししますと、まず第一に、合宿地があそこになるまでの経緯が全く記憶にない。第二に、あそこで何を調査したのか全く記憶にない。第三に、調査結果を発表したはずなのに、その記憶が全くないのです。」

「三つ目は、当たり前よね。」と、ギーさんが、「だって、学祭って十一月の三、四、五だから。珠理ちゃん、お姉様のことがあったから、学校来てなかったでしょ。」
「“忌引き”か…。」(納得。)

「それと、二番目だけど、女子組は、“日焼けしたくない”って言って、あんまり調査に出なかったからでしょう。珠理ちゃんが、民宿で“スイカ割りやりたい”というのをみんなで止めたの忘れちゃったの?」と、さらにギーさんが。

「ぼんやりと、記憶にあります…。」と、珠理。笑い声が起こった。

「肝心な部分は、僕のほうから、説明しよう。」と、「白先輩」。「まず、蒲池さん。君が“のっぽさん”って呼んでいた彼が、去年の四月頃、新人が入って来る前後だったと思うけど、企画を持ち込んできた。

それは、彼の実家周辺に多くある、“聖なる地”の話だった。それだけなら、どこにでもありそうな話なんだけど、興味深かったのは、山並[やまな]みを挟んだ向こう側、特に山中から麓までが“穢れの地”として伝承されていることだった。

特に、“穢れの地”についていえば、江戸時代に記された文献にも、昔話という形で紹介されていた。つまり、遅くとも中世には、“穢れの地”として定着していたらしい。そして、その“穢れの地”に足を踏み入れた者が、悲惨な最期を迎えたという話が、明治になってもあったことが記録に残っている。

それに対して、“聖なる地”のほうの特徴は、君も気付いたと思うけど、とにかく老人が多い。調査をしている途中で地元で生まれ育ったという人に聞いた話によると、いつのまにか老人が増えているらしい。それも最近始まったとかじゃなくて、大昔から言い伝えられていて、今でもあるという。その時は“そんな、バカな”って思ったけど、先日してくれた君の話によると、彼に殺害されたらしい老人も身元不明のままなんだろ。もしかすると、あそこには、老人を呼び寄せる何かがあるのかもしれないと、今は思っている。

まあ、それはともかく、調査対象となる地は、ほぼすべてが私有地だったので、事前に許可を取らなければならない。そこは、地元出身の彼が、帰省した時に交渉してくれたらしい。ただ、“聖なる地”の方は、ほぼすべて許可が貰えたのだが、“穢れの地”の方は逆にほとんど許可が得られなかったそうだ。

話の順番が逆になってしまったが、調査対象の選定方法だが、“穢れの地”については、ゲリラ的に無断で調査することにした。“聖なる地”のほうは、範囲が広すぎるので重点的に調査することにした。彼によると…、あれ、そうか地図は蒲池さんが持って帰っちゃったんだっけか。とりあえず、略図で示すことにする。」と、言って「白先輩」は、ホワイトボードの上の方に長い横線を一本引いた。次に、その横線の上側をホワイトボードの縁まで、斜線でつぶした。

「この横線が、山並みで、斜線の部分が“穢れの地”に当たる。」

続いて、横線から、真下に伸びる縦線を等間隔で三本引いた。

「これが、川。合流する小さな河川を省くと、だいたいこんな感じになる。なお、どれも山並みを源流としている。」

続いて、“川”の下の方で、隣り合う“川”同士を何本かの横線で繋いだ。

「彼によると、このあみだくじの横棒のようなのは、水運の時に用いた運河の跡だそうだ。こういった横棒は下流域には多く、中流域にはわずか、上流域にはない。ただし、」と言って、向かって一番左の川の山並み近くに、隣の川とは逆方向に中途半端な横線を一本引いた。

「彼によると、ここに、謎の運河跡があるという。加えて、地元の郷土史研究家が歴史雑誌に寄稿したものをみせてもらったのだが、それによると地元で古くから聖地として伝承されているのが、その謎の運河跡から、右端の川の手前までに集中しているらしい。」

「白先輩」は、該当する範囲を横に細長い四角で囲んだ。

(うわあ、そこって、最初に“舟[ふね]”があったあたりではないでしょうか。)

「そして、我々は、“聖なる地”については、この範囲を重点的に調査することにした。調査方法は至って簡単で、地磁気と放射線量の計測のみ。当初は、地中レーダーも候補に挙がったが、予算の都合で諦めた。最終的には、多数の地点で計測し、等高線を描いて三次元モデル化する予定だった。

しかし、基準として、この校内でも同様の計測を行い、三者を比較したところ、ほとんど差が認められなかった。もちろん、計測精度が低いため違いが見えなかった可能性はある。しかし、我々の予算からしたら、最大限のことはやったつもりなのだが、そういう結果になった。

そこで、我が『超常現象研究会』としては、“聖なる地”と“穢れの地”には、なにかしらの物理的な力が働いているわけではなく、暗示や思い込みと言った心理的な要因によって生まれたものであろうと結論づけた。」

「白先輩」の解説が終わったようなので、「すいません。なんで、私、蒲池先輩の案が採用された経緯を知らないのでしょうか? そもそも、合宿地は去年のいつごろ決定したのですか?」と、珠理が質問すると、ギーさんが、答えた。

「去年の今時分に決まったの。でも、珠理ちゃん、“合宿費用稼がなきゃならないので、バイトに集中します”とか“全て先輩方にお任せします”とか言って、去年の六月頃は、ここには、ほとんど顔出さなかったでしょ。わたし、そのとき、変わった新人さん、入って来ちゃったなあって思ったもの。」もちろん、笑いが起きた。

「はいはい、思い出しました。“店長”さんに、『今月、皆勤賞だね』って誉められました。」

ふたたび、笑いが起きたが、それを無視し、「いずれ分かっちゃうことなので、わたしの口から伝えておきます。」といって、珠理は、ホワイトボードの前に立った。そして、「白先輩」が、“穢れの地”を表した斜線の上、すなわち、ホワイトボードの上方十センチあたりの中空を右手の人差し指で指しながら、

「わたしが転校する予定の学校は、ここら辺にあります。」

「エー!」の大合唱、発生。

「君は、蒲池さんの弔い合戦でもやるつもりなのか!」と、「白先輩」。

「違いますって、方角が良いので選んだだけ。“たまたま”、です。」と、珠理。メンバーの顔を見回すと、誰一人、納得している者は、いないようだ。


※在庫切れに付き、今後の投稿間隔は、中三日以上となります。

[039]現代編 第二十九回  珠理×カチオウギ

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第二十九回  珠理×カチオウギ

1989年(平成元年)6月23日(金曜日)。雨である。梅雨なのだからしかたがないが、駅構内は滑りやすいし、電車の中は蒸れるし。でも、今週中にやっておかなければならないことが、まだまだ残っている。休み時間を利用して、珠理[じゅり]は、さっそく、教務課へ。昨日、京子先生のところでみつけた大学の情報収集と、そこへの編入に必要な手続きの調査である。

ちなみに、父の実家の伯父には、昨晩電話済みである。「ここに決めた!」というと「どうして?」と訊かれたので、「方角がよいので。」と適当に応えたら、笑われた。でも、「そこなら、知ってる先生がいるから、こちらからもアプローチしておく。」とのこと。使えるコネは使いまくる気、満々である。なお、そんな電話を聞いていた母からは、「あんた、いつから陰陽師になった?」。父からは、「そこ国立だから、卒業するまで五百万もあれば、足りそうだね。」と、それぞれ言われた。


四限終わりには、バイトには入らず、商社カチオウギ本社へ。地下鉄の階段から、地上に出ると、小降りながらも、まだ雨は降っていた。そんな本社前の公道には、大勢の人がいた。その中にはテレビクルーの姿も。たぶん、新聞社や雑誌社の記者もたくさん来ているのだろう。また、道の反対側には、「8」ナンバーの4ドアセダンが一台。あれ、覆面パトカーだよねえ。

そんなこんなを横目で見ながら、傘も差さず入口へ向かう。社屋の入口では、荷物を持っている者が手荷物検査を受けている。ちなみに、珠理は、傘を含め手荷物は事前に駅のロッカーに預けてきた。そして、こんな時間にも関わらず、面会を申し込む人達で列が出来ていた。

面会票の自分の氏名欄には、毎度のことながら「珠理」としか書かない。面会希望者の欄には「社長」。備考欄には、京子先生の紹介である旨を明記。面会の受付に持っていくと、受付の女性が、どこかに確認の電話をした。アポが確認されたようで、面会票に時刻印と使用するエレベーター番号が記入され、入館証を渡された。

そして、入館証は常に首に掛けておくことと、「入館証を紛失したり、面会票に面会者のサインを貰わなかった場合、退館できないので注意してください。」と言われた。

広いエレベーターホールに行くと、指定されたエレベーターがすでに来ていた。乗り込んでドアを閉めると、目的の階に自動的に送られた。エレベーターを降りると、秘書とおぼしき女性が待っていた。その人に面会票と入館証を提示したら、社長室に一人、通された。なんか、とっても機械的。

社長室には、入ってすぐに、総革張りの応接セットがあった。その向こうには、巨大なデスク。大きな背もたれのある椅子に掛けているのが、商社カチオウギの代表取締役に新年度から就任した京子先生兄のようだ。その後方は大きな窓のようだが、ブラインドが全て降ろされている。そのため、日没にはまだだいぶ時間があるにも関わらず、部屋の照明が点けられていた。

京子先生兄は、珠理に、一人掛けの椅子を勧めた。そして、自らはソファーに腰掛けた。それを見て、珠理も、会釈してから一人掛けの椅子に腰を下ろした。

そのタイミングで、コーヒーが運ばれてきた。日本人なら、日本茶飲めよ!という気持ち、満々だが、その言葉は口からは出さず、出されたコーヒーに手を着けないという行動で意思表示するのが、珠理のやり方である。

「恐れ入りますが、面会票にサインをお願いいたします。それが無いと、この建物から出して貰えないそうなので…。」と珠理は、京子先生兄に、面会票へのサインを求めた。京子先生兄は、スーツの内ポケットから、ペンを出し、手慣れた様子でサインした。

「ありがとうございます。それでは、本題に入らせていただきます。」と、珠理。最初っから、仕切る気、満々である。というのも、大会社の社長にしては、この京子先生兄にはギラギラ感がまったく感じられないし、覇気も精気もないのだ。眠いのを我慢しているようにしか見えない。

さらに、話が始まってみると、その話がまったく面白くない、堂々巡りの連続だ。だから、なかなか頭に入ってこない。今朝のテレビのニュースで言ったことは、どうもホントらしい。なんでも、この社長さん、就任会見以降、公の場にはほとんど顔を出していないのだという。さらに、今月に入ってからは、この建物に缶詰状態で、記者との面会等は全て断り、親族からの電話以外には出ないらしい。たぶん、ここ何日は眠れてさえいないのではないだろうか。そんな気がする。そのため、海馬[かいば]がオーバーフローを起こしていて、新しい記憶がまったく定着できない状態なのではないだろうか。

そんな中、どうして珠理とは面会したのか? そこがどうも気になる。訊いてみるのが、一番手っ取り早い。

「すいません。お話の途中で申し訳ありませんが、なぜ、私との面会をお受けになられたのでしょうか? 報道によりますと、面会等は一切行っていないと聞いておりますが?」

話を中断され、機嫌を損ねたかと思ったが、逆に、話しぶりがフランクになった。

「ああ、それ。昨日だっけ。たぶん昨日だったと思うんだけど。京子がさあ、あの妹の京子がだよ。僕にさあ、初めて用を頼んできたんだよ。“学生に会って欲しい”って。お願いしてきたんだよ、僕に。そりゃあ、受けるだろう。」

珠理にもこの兄妹の関係性が、垣間見えたわけだが、京子先生兄の話は、なおも続いた。

「だいたい、あいつが会社継げばよかったんだよ。なんで、俺が、こんな目に会わなきゃいけないんだよ。」

(だいぶ心が弱っているようですね。こんな素敵な女子大生相手に愚痴ですか。)

「あいつ、研究室でも無茶苦茶なこと言って、君、困らせているんじゃあないの?」

(こっちに、お鉢が回って来ちゃったよ。)

「さあ、私、京子先生の研究室の学生ではありませんので…。」

「えっ、君、誰?」といって、長テーブルの上に置きっぱなしになっている面会票を読み直した。「“珠理”。モデルさんかなにか?」

(この手の誤解、多いんだよ。なんで、モデルさんて下の名前だけで仕事している人、多いんだろう。)

「普通の学生です。私というよりも、うちの両親が、京子先生とお友達で、学生時代には、三人してパトカー三台呼んだのが、自慢だそうです。」

「……。」京子先生兄は、まずは絶句した。そして、回らない頭を無理矢理回して、答えを導き出そうとしているようだ。出た答えが、「あなた。懐風庵[かいふうあん]のかた?」

「はい、懐風庵珠理[かいふうあん・じゅり]と申します。」といって、深々と頭を下げた。

(フルネームで名乗ったのって、何時[いつ]ぶり?)

「それは失礼いたしました。」と言って、立ち上がり、席を入れ替えようとしたので、「そいうのは結構です。私、こちらの方が落ち着きますので。」と言って、それを制した。顔つきを見ると、京子先生兄の眠気は、ひとまず飛んだようだ。

京子先生兄は、座り直すと、当時のことを語り出した。もちろん、京子先生兄は、現場にはいなかったので、事件のあらまし自体は、珠理が両親から聞いた話と大きな違いはなかった。ただ、珠理の父が“事件は彼女の実家がもみ消した”というのは、正確ではなかった。

まず、本来ならば刑事事件として扱われるような出来事が二件発生していたのだ。一件目は、京子先生による珠理の母への殺人未遂。二件目は、京子先生が、制止しようとした警察官に怪我を負わせてしまった公務執行妨害。実家がもみ消したのは後者のみであった。

前者は、“学友同士のよくある痴話喧嘩”ということで、珠理の両親が、もちろん当時はまだ結婚していなかったが、徹頭徹尾押し通したのだという。そして、やって来ていた警察官一人一人に、二人して頭を下げ。しまいには、“パトカー、呼んだ人を逮捕して下さい!”と、無茶苦茶なことを言い出したらしい。もちろん、被害届を出すこともなかった。

その甲斐もあり、京子先生が逮捕されることも、起訴されることもなかったのだという。そして今でも、京子先生兄は、「懐風庵様に足を向けて寝てはならぬ」と、会長[ちち]から、言われ続けているのだとか。

そこら辺までのことを一気に語ったところで、京子先生兄を再び睡魔が襲ったようだ。

「社長は、私の父の実家が、昔、御殿医だったという話は、ご存じですか?」

「はい。伺っております。」

「実はですね、我が家には、いくつかの秘術が伝わっておりまして。」

「“ヒジュツ”?」

「はい、秘密の術式です。その中に、“深い眠りの術”というのがございます。お見受けしたところ、社長は、終始うとうとするだけで、深い眠りにはつけないご様子。一度試してみてはいかがでしょう。自慢ではありませんが、この術を施されて、深い眠りにつけなかった者は、いまだかつて一人もおりません!!」

(こういう時って、決めつけられると、暗示に掛かりやすいよねえ。)

思考力、判断力の衰えた京子先生兄は、珠理の話を鵜呑みにしたようで、施術を望んだ。珠理は、京子先生兄を座っていたソファーに横たわらせ、ギーさん伝授のあの手を使わせた。ほどなくして、京子先生兄は、眠りに落ちた。

珠理は、長テーブルの上の面会表を取り、足音を忍ばせながら、ドアへ向かった。ドアの外には、この階にやってきて最初に会った女性がいた。

「社長が、無事眠られましたので、失礼いたします。」と珠理。それを聞いた女性の頭の上に「?」が三つくらい浮かんだように、珠理には見えた。

珠理は、面会票の備考欄を女性に示し、「実は私、社長の妹様より、“兄を熟睡させて欲しい”との、ご依頼を受けて、参った者でございます。」

女性が、エレベータを呼んでくれた。この階に着くまで、少々時間がありそうだ。

「今、眠りにつかれましたので、今後は、一時間毎に、そっと様子を見るよう、願いいたします。なにぶんにもソフォーで寝ておられますので、床に落ちる危険性があり。それと、少なくとも十二時間は眠って頂きたいので、その旨、周りの方々にもご連絡の程、よろしくお願いいたします。」

ちょうど、空のエレベータが着いた。それに一人乗り込み、「閉」ボタンを素早く押す。閉まるドア越しに、女性に一礼した。

(出任せにも程がある。)と、珠理は、腹の中で自嘲した。


面会の受付を無事に通ると、エントランスホールにあった公衆電話から、京子先生に電話した。

「…、そんなわけで、お兄様を寝かしつけてきたところです。」

『なんだよ、それ。』

「あとですね、結局、ちゃんとした話、聞けませんでした。」

『わかった、こちらからも、あとで兄さんに電話してみる。』

「それとですね、昨日お話しした大学に決めました。父の実家の方にも連絡済みです。」

『そうか。わかった。あとなあ、昨日は言わなかったけど、そこの工学部の、ある研究室と、うちの会社で、今、共同研究してるんだよ。新聞発表されているから、話しても問題ないんで言うけど、研究者一人送り込んでる。そんなわけで、こちらからもアプローチしてみるナ。』

「よろしくお願いします。それと、ひとつお聞きしたいのですが、京子先生は、その“美貌”というか“若さ”を周りには、どう説明されているのです? いろいろ訊かれると思うのですが。」

『ははは、“稼いだ金、全部注ぎ込んで維持している”って言ってる。男なら、それ以上訊いてこなくなる。女の場合は、“どこの何を使っているの?”って訊き返されるから、“教えるわけないだろ!”って答えて、黙らせる。』

「ははは。たいへん良くわかりました。」

そんなやり取りの後、電話を切り、社屋から出た。そろそろ日没である。それにも関わらず、報道陣の皆様ご苦労様です。“わたし、今、社長に会ってきました!”って、もし、ここで言い出したら、何が起きるのだろうとか、どうでもいいことを考えながら地下鉄に向かった。


家への帰り道、ターミナル駅近くの大型書店へ寄った。国土地理院刊行の二万五千分の一地形図を買うためだ。想定した終[しまい]から起[おこり]あたりまでと、森都(もりつ)から離[はなれ]あたりまでを購入した。島のほうは、今はいい。


家に帰り着き、珠理が、一人で晩ご飯を食べていると、向かいに母が腰掛けた。そして、珠理に向かって、「陰陽師さんは、うちで炊事も洗濯も、やったことないけど。そんなんで一人暮らしってできるの? 掃除だって、大掃除の時だけでしょう。トイレや風呂の掃除の仕方って知ってる?」

(今、食事中なんですけど…。)

「洗濯物の干し方ってわかる? そもそも、あんた、包丁持ったことなんて、ほとんどないよねえ?」

「人間、必要となれば、何でも出来るようになると思います。」と、珠理。

「まあ、ちゃんと出来るようになるまで、生きていられたらだけどね。」

大事な娘がネチネチと口撃されているのを見かねたのか、父が母の隣に腰掛けた。

「僕も調べてみたんだけど、その大学の近くに、カチオウギの単身者向け社員寮があるみたいだよ。うまくそこに潜り込めれば、食と住は、なんとかなるんじゃない?」

「そういえば、今日、カチオウギの研究者が一人、その大学の工学部に派遣されているっていう話を聞いた。その人、その寮に入っているのかなあ。」

「単身者向け社員寮ってさあ、男女一緒ってこと、あり得ないよねえ。たぶんそこ、男子寮だから。」と、母。

父&珠理、撃沈。


1989年(平成元年)6月24日(土曜日)。朝起きたら、“御嬢[おじょう]”と呼ばれた、昭和を代表する歌手が亡くなっていた。陰鬱な両親と一緒に朝ごはんを食べ、昨日からの雨が降り続く中、珠理は、大学に向かった。

昼、バイトに入ると前に、明日の第三回勉強会に向け、資料を準備した。といっても、前二回のメモ書きに珠理が追記したものをコピーするだけなのだが。ただ、三部ずつコピーしたところで、気がついた。明日も“カサブ蘭花[らんか]”さんこと笠部蘭子[かさべ・らんこ]は、参加するのだろうか。それに、茜先生こと本鍛冶茜[もとかじ・あかね]に渡す分だけあれば良かったのではないか?と。

バイトに入ると、さっそく、倉庫兼事務所で“店長”が、珠理の転校の話をしてきた。昨日の今日で、もう伝わっているのが驚き。“店長”には、教務科に知り合いが何人かいるらしい。でも、学生の個人的な情報を漏らすのは、どうなんだろう。そういえば、「のっぽさん」の退学も、“店長”は珠理よりも先に知っていた。

とりあえず、“店長”には、願書の締め切りが七月下旬。筆記試験は八月下旬、面接が十月上旬で、合否の発表は十月下旬という、大まかな日程だけは知らせておいた。

さて、倉庫兼事務所に来る前、雑誌の平積みをざっと見ておいたが、有名所の女性ファッション誌は、昨日発売だったにも関わらず、まだだいぶ残っていた。“店長”に訊くと、昨日はたいして売れなかったらしい。そういえば、昨日は、教務科へ行っていたので、昼にもバイトに入らなかったのを思い出した。まさか、珠理目当ての学生が、昨日はあえて買わなかったとか? ない、ない。月刊誌なんて、発売日に買うのが暗黙のルールだろ。

珠理がバイトに入ったことがわかったのかパートさんが、「レジ交代。お願いしまあす!」 珠理は、すかさず「ハーイ」の返事。倉庫兼事務所から出てくると、いつものように「キャッ」という女子学生の小さな悲鳴が。

カウンターに入り、パートさんとレジを交代した時には、すでに、レジ前には、女性ファッション誌を手にした、女子学生の長い列ができていた。

(毎度毎度、ありがとうございます。)

珠理は、いつにもまして笑顔で応対した。なんと、その長い列の途中に、ギーさんがいた。太罫のルーズリーフの会計をしながら、「珠理ちゃん。夏合宿の日程など決めるので、月曜日は、ちゃんと顔出してね。」と、いつになくきつい眼差しで釘を刺さしてきた。

(そういえば、今週、一度もサークル室に行ってなかった…。)

[038]現代編 第二十八回  珠理×京子先生

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第二十八回  珠理×京子先生


1989年(平成元年)6月20日(火曜日)。どんよりとした曇り空の中、珠理は、学内の公衆電話から、姉のバイト先の責任者こと、「センセイ」に教えて貰った、連絡先に電話していた。家で掛けないのは、両親の耳、特に父の耳を考慮した結果である。小学生のころから、珠理が家で電話していると、父は明らかに聞き耳を立てていた。ホント、面倒くさい、父である。

電話を取り次いでくれた方の挨拶から察して、この番号は「センセイ」の研究室のものらしい。あり来たりの挨拶をした後、珠理が、「センセイ」に伝えたのは、例の竹簡ぽいヤツをそちらに送りたいので、研究室の所在地や名称を教えて欲しいというものだった。加えて、直接話さなければならないこともあるので、荷が届いたら、「少々、お時間を下さい。」とお願いした。ちなみに、荷は今晩出すので、着くのは明後日頃になると話し、その頃また電話すると約束した。

そんなわけで、四限終わり、バイトに入らず、帰宅することにした。これでは、いつまでたっても、カネは貯まらない。

帰宅したら、両親はすでに帰っていた。母に、宅配便の伝票を一枚とプチプチの緩衝材を貰い、ガムテープのロールと例のハサミを借りた。

まず、竹簡ぽいヤツ、“姉”が言うところの牘[とく]の束を冒頭からコード表までとそれ以降に切り分けた。そして、解[ほつ]れないように双方の切り口をガムテープで止めた。あとは、「センセイ」の研究室に送る方をプチプチでくるむ。箱は、「のっぽさん」のところの警察から家に送ったときの物を、古い送り伝票をはがし、そのまま流用することに。

次に、同梱する送り状をレポート用紙に書いた。といっても、様々な経緯については、直接お話ししますとし、なぜ、先端をガムテープで固定したのかのみ記した。

最後に、箱に送り状を入れ、ガムテープで箱をふさいで完成。書き上げた送り伝票は、まだ、箱には貼らない。

「荷物出して来ます。」と一声掛けて、商店街へ向かう。いつものお店で、荷と送り伝票を渡し、料金を支払う。ついでなので、未使用の送り伝票を貰って帰ることにした。

家に戻り、貰ってきた未使用の送り伝票。そして、ガムテープとハサミを母の作業机の上に。すでに、晩ご飯の準備は出来ていた。


食後、先ほど送り伝票を書いていた時に、ちょっと気になったことがあったので、珠理は、洗い物をしている父の背中に訊ねた。

「おとうさん。“彼女”の名字、“勝扇子[かちおうぎ]”の由来って、知ってる?」

「江戸時代に使っていた屋号だとは聞いているけど。詳しくは、知らないなあ。」

少し大きな声で、母に向かって「おかあさんは、知ってる?」と、珠理。

母は、“作業場”からやって来て、「新しい送り伝票、サンキューな。あんた、何も知らないのねえ。」といって、歌舞伎役者の家の家宝となっている『勝扇子』という書物の来歴を延々と語ったあげく、「そんな昔の書物の名を屋号にした理由は知らない。」と言ってのけた。

洗い物を終えた父が、「僕らの間じゃ、“彼女”の場合、名字よりもあだ名の方が有名だったからなあ。」と言うと、母も「不吉な“凶子”とか、狂える“狂子”とか、いろいろ呼ばれていたもんね。」と。

ちなみに、姉のバイト先の責任者こと、「センセイ」のフルネームは“勝扇子京子[かちおうぎ・きょうこ]”である。さらにいうと、実家は、あの商社カチオウギを興した一族である。ただ、今年の春先から、いろいろ新聞紙面を賑わせており、四月一日付けで社長が会長職に退き、息子、すなわち「センセイ」の兄が、四十代の若さで社長となった。


1989年(平成元年)6月22日(木曜日)。少々蒸し暑い曇り空の下、珠理は、学内の公衆電話から、姉のバイト先の責任者こと、「センセイ」の研究室に電話した。荷が届いたかどうかの確認のためである。荷は届いたそうで、さっそく分析中とのこと。夕方、時間作るから、こっちに会いに来ないか?とのお誘い。もちろんの二つ返事。ついでに、研修室までの順路を教わった。

四限終わり、今日もバイトには入らず、「センセイ」の研究室に直行した。

教わった順路でたどり着いたのが、「ナノ物性工学研究室」のプレートが貼られた場所だった。そのプレートのそばに、「勝扇子京子教授」のプレートも。どうもここのようだ。

珠理がドアをノックすると、中から返事があった。「失礼しまあす。」と言いながら、ドアを開ける。中は、意外と広かった。ただ、そこにいる白衣の連中は、どうみても日本人には見えなかった。「珠理でえす。センセイ、いらっしゃいますかあ。」と声を掛けると、学校の保健室にあるようなパーティションの陰から返事があった。

パーティションの向こう側に回り込むと、白衣姿の「センセイ」が、医者が診察中に腰掛けているような、クルクル回る丸椅子に掛けていた。開口一番、珠理は「ココ、保健室ですか?」。

「ははは、相変わらず、面白いな、あんた。」といいながら、珠理にも丸椅子をすすめてきた。「失礼します。」といい腰掛けると、「さっそくですが、これをお渡しします。」といって、数枚のレポート用紙の束をバッグから出した。

そして「これは、センセイにお届けした竹簡ぽいヤツをわたしが解読した内容です。個人的なことが書かれていた部分は、省いてあります。わたしの想像では、あの竹簡や紐に関するデータだと思います。見て頂ければわかると思いますが、数式や化学反応式なども無理矢理日本語で読み上げたような内容になっています。」と説明した。

「センセイ」は、全ページをざっと見ながら、「なるほどね。あいつらじゃ無理だな。日本語、読めないから。わたしがやるか。」と言ったあと、珠理の方を見て「“アレ”、ホントにわたしが貰っちゃっていいの? あんただって、五年もすれば研究者として雑誌に論文載せて貰えるようになるだろ。」と。

「実はですねえ。わたし、来年度、医学部に編入することになりまして。物理学からは卒業です。センセイもご存じとは思いますが、一族[うち]は、医者の家系でして。にも関わらず、わたしの代には、医者が一人も居ないんですよ。そこで、伯父たちが生きてる間に、わたしが医者になっておこうかと。」

センセイは、「そうか。そいつは残念だなあ。もし、物理学[こっち]に戻ってくることになったら連絡くれよナ。一緒にやれる研究いくらでもあるから。で、どこの医学部、行くんだ?」

「それが、まだ、決めてないんで…。」

「ははは。何だよそれ。ただ、医者になることだけが目的って感じだナ。その先の目標って何かないのかよ。」

「ないわけじゃないんですが、その前にやっておきたいことがありまして。実はですね、センセイたちが最初にやってきたときに使った“舟[ふね]”と呼ばれる岩がありましたよね。あれを見つけ出したいんですよ。学校が暇な時に。」

「“舟[ふね]”なんて、そんなもん、とっくになくなってるだろ。」

「センセイは、それを確認されました?」

「いや。」

「じゃあ、センセイがこちらに飛んでくる前、“舟[ふね]”はどこにありました?」

「あれ、どこにあったかな? ううん、確か、竜国派の国々に合わせた八個。終[しまい]のあったあたりに一個、これは日国[ひつくに]派な。あとは、起[おこり]に二つ。えっと、これで幾つになった?」

「十一個です。」

「あと一つは、どこだ? あっ、あれも数の内に入るのか。壊された“舟[ふね]”を島に祀った。もとは竜国の管轄だったが、島に祀った時点で、海国[わたつくに]のものになったんじゃなかったけかナ。」

「センセイ、ずいぶん詳しいですね。」

「わたし、終[しまい]を出てから、ほとんど森都(もりつ)にいたんだよ。」

「“モリツ”ってなんすか?」

「正式名を森都[もりつみやこ]。竜国の都ナ。」

「それなら聞いたことあります。そんな略し方するんですか。」

「“みやこ”を省いて、“何々つ”って呼ぶのが、向こうでは一般的だった。それで、森都(もりつ)には、いろんな情報が集まってくるんだよ。加えて、“産まれ直し”の連中も多い。時を超えて情報があつまる。そんなわけで、わたしは、こっちの世界じゃあ、こうして偉そうにしてられるわけだ。ははは。

実際には、笑ってもいられん状態なんだがナ。いわゆる“弾切れ”だ。さすがに、あっちで仕入れたネタもそろそろ使い切っちまう。そんなところに、あんたから、極上のネタを譲ってもらえたわけだから。ホント、ありがとうナ。」と、センセイは、珠理に頭を下げた。そして、「わたしというか、一族[うちら]にできることがあるのなら、何でも言ってくれナ。」

「お言葉に甘えて、まずは、十二の“舟[ふね]”が、どのあたりにあったのか、教えていただけますか?」

「ちょっと、待ってナ。」というと、センセイは席を立って書棚へ向かった。そして、一般的な地図帳とドライブマップを持って戻って来た。その間に、珠理は、バッグからいつものノートとボールペンを出した。

「センセイ」はまず、一般的な地図帳を開き、「ここらあたりに終[しまい]があった。ただし、さっきも言ったように、“舟[ふね]”は一つしか残ってないはず。その残った一つも、もともとあった山際ではなく、川縁[かわべり]に移動されたそうだ。

たぶんこの川だと思うけど、長い年月の間に川の流れも変わってしまうから断定はできない。この川を渡った先にあったのが三次[みつぎ]、その先に次手[つぎて]、さらにその先、たぶんここら辺だと思うけど起[おこり]があった。

わたしは、終[しまい]から森都(もりつ)までの道のりで、二度川を渡った記憶がある。でも、二本目の川がどこを流れていたかはわからない。ただ、その二本目の川から、起[おこり]は、かなり離れていたらしい。そこで、水運用に川から運河を引いた。もし、その運河の痕跡がみつけられれば、起[おこり]の場所を特定するのは、わりと簡単だと思う。ただ、起[おこり]の二つの“舟[ふね]”についていえば、運河の近くだと思うが、それ以上はわからない。」

「なぜ、運河のそばなんです?」

「さっき、終[しまい]の“舟[ふね]”は川縁[かわべり]に移動されたと言ったよね。それと関連するんだけれど、この三つの“舟[ふね]”は、信仰の対象となっていた。日国[ひつくに]派の国々から、これらの“舟[ふね]”を巡る場合、水路が用いられたはずなので、運河から遠い場所に“舟[ふね]”を置くことは、ちょっと考えにくい。これはわたしの想像だけど、運河の船着き場から“舟[ふね]”までは、参道が整備され、土産物屋などが並んでいたのじゃないだろうか。

次に、島に祀ったというのは、たぶんこの島だと思う。というのも、海国[わたつくに]の人達が、浜からでも見えたらしいから。でも、ここらへんの島って“女人禁制”だったりするから、気をつけないと。それと、こいつには、少々曰くがあってナ、もともとは、次手[つぎて]にあった“舟[ふね]”なんだが…。まあ、それはいいか。」と、なぜか「センセイ」は口を濁したが、話を続けた。

「残る竜国派の八個だけど。森都(もりつ)に二つ。これは、次手[つぎて]に残った二つが運ばれたものナ。あとは、六か国に一つずつ。あえて分散させたそうだ。

というのも、竜国に力というか“威厳”が集中しないようにするためらしい。竜国派の中でも古参の国々が六つ集まって“六竜”を名乗った。それが、」と、言ったところで、それを珠理が遮り、「ちょっと待って下さい。できれば、このノートに書いていただけませんか。」と、言った。

センセイは、「そういうこと。分かった。」といい、話を続けながら、ノートに国名を書き出した。

「蛟国[こうこく]、蟄国[ちつこく]、蜃国[しんこく]、蜿国[わんこく]、蟠国[ばんこく]、雖国[いこく]の六つ。」と書いて、「なあ、このノートなのかボールペンなのかわからないけど、すっごく書きやすいなあ。」

「ノートとボールペンの相性が抜群にいいんです。わたし、中学の頃からこの組み合わせで使ってますから。」

「うちでもこれ使おう。メーカー名と型番メモらせて。」といって、「センセイ」は、机の上の電話機の脇にあったメモ用紙にメモした。そして「あんた、いろいろみつけるのうまいよな。この前の缶入り緑茶といい。」

「あ、でも、この組み合わせみつけたの、母なんですけど…。」

「なんだよ、あの女(=珠理の母)かよ、誉めるんじゃなかった。」といって、二人して笑った。

「そうだ、母が言ってましたけど、センセイがノーベル賞貰ったら、受賞パーティーには呼んで欲しいそうです。」

「わかった。そうなったら、あんたとあの女は、必ず呼ぶ。」

「父は、いいんですか?」

「女だけでしたい話もあるだろ?」といって、再び二人して笑った。

「それと、前回、センセイとお会いした時と、見た目だけでなく、語り口もだいぶ違いますけど…。」

「たぶん、“白衣スイッチ”。あんたも、白衣着ると、人格変わるだろ。わたしの場合、それが大きいんだよ。たぶん。

じゃあ、話、戻すナ。“六竜”に渡った“舟[ふね]”の内訳も分かっている。まず、蛟国[こうこく]、蟄国[ちつこく]、蜃国[しんこく]には三次[みつぎ]の“舟[ふね]”が一つずつ。次に、蜿国[わんこく]、雖国[いこく]には、終[しまい]の“舟[ふね]”が一つずつ渡った。そして、起[おこり]の“舟[ふね]”一つが渡ったのが蟠国[ばんこく]だ。」

「“渡った”というのは、どういう意味ですか?」

「“譲渡した”ということだよ。」

「えっ、なんで?」

「そりゃあ、すでに無用の長物というか、置物になっていたからナ。」

「あれえ、わたしが持っていたイメージとなんか違うな。“舟[ふね]”って、大事に使ってたわけじゃないんですか?」

「最初は、わたしたちの“命綱”だったことは間違いない。でも、そのうち誰も使わなくなった。つまり、“舟[ふね]”から出せるような物は、不要になったんだ。それに、起[おこり]が、“産まれ直し”によって新技術をつぎつぎ導入していったから、終[しまい]もその恩恵にあずかれたし。

でも、わたしたちが出てきた場所であることにはまちがいないので、大切に扱ってくれる国に譲渡したらしい。ここらへんの詳しい経緯は上[かみ]しか知らないと思うけど、わたしが、森都(もりつ)で聞いた話を総合すると、そんな感じだ。」

「でも、一般人は、“舟[ふね]”から、何も出せませんよねえ。」

「国によっては、“舟[ふね]”の管理者として、誰かを連れて行った国もあるらしい。また、“舟[ふね]”だけを譲り受けた国もあったようだが、どこがどっちに当たるのかまでは、知らない。」

「それとちょっと気になったんですけど、」と言って珠理は、「センセイ」からボールペンを受け取り、ノートに「∵」を書いた。

「センセイの“舟[ふね]”は、どれです? 下にあるのが終上[しまいのかみ]が出てきた“舟[ふね]”とした場合。」

「それが“上舟[かみのふね]”とすると、わたしの“舟[ふね]”は左上だね。」

「センセイは、自分の“舟[ふね]”から、どんなモノをどのくらい出しました?」

「わたしは何も出してないかもしれん。“上舟[かみのふね]”から出たモノを分けて貰うことの方が多かったような気がする。」

「では、自分の“舟[ふね]”以外から、何か出したことあります?」

「あるわけないだろ! それじゃあ、店でカネ払う時、他人様[ひとさま]の財布から、カネ出すようなもんだろうが。」

「そうか。そういう感覚なんですね。わたし、誤解してました。わたし、“舟[ふね]”って、自動販売機のようなイメージだったので。では、たとえば、十二すべての“舟[ふね]”を一か所に集めたとして、センセイは、自分の“舟[ふね]”見分けられます?」

「いま、あんたに言われて気付いたけど、わたしら、ちゃんと見分けられたんだよ。なぜだか。だから、間違っても他人様[ひとさま]の“舟[ふね]”に触れることなんかなかったんだ。ただ、どこの世界にも泥棒はいる。だから、他人様[ひとさま]の“舟[ふね]”を使う輩[やから]がいても、驚かない。」

「たいへん参考になりました。つぎに、竜国派の国々は、山間部にあったと聞いていますが、それはどこら辺でした?」

「この連山が分水嶺になっていて、当初は、そのこちら側のみに、竜国派の国々があった。その後、ちょっとした、というよりも、大事故といったほうが適切かな。竜国派の国々から、こっちで言う“工業廃水”が大量に流出したことがあった。この話、詳しく聞きたいか?」

「その口ぶりですと、あまり話したくないように聞こえますので、今日は、遠慮しておきます。」

「じゃあ、話を進めるナ。その事故の後、さまざまな施設を分水嶺の向こう側に引っ越した。そのとき、蛟国[こうこく]、蟄国[ちつこく]、蜃国[しんこく]、蜿国[わんこく]、雖国[いこく]も引っ越した。この地図で言うと、ここらあたりだ。なお、蟠国[ばんこく]は、竜国派としては珍しく農耕に力をいれていたので、そのまま残った。

そして、分水嶺の向こう側に引っ越した五か国が連合して、通称“離[はなれ]”と呼ばれる工業地帯を作ったらしい。さらに、現代日本では決してやれないような研究もしていたらしい。わたしは、実際には行ったことがないので、何一つ断言できることはないが…。それと、この地図は古いから載ってないけど、」と言って、「センセイ」は新たにドライブマップを開いた。

「今は、その山には道路が通っている。この工事中に“舟[ふね]”が、破壊されたり、どこかに運ばれた可能性がある。」

そんな話を気にするでもなく、“離[はなれ]”があったとされるあたりの地図を見ていた珠理が、

「あれ、この地図記号って大学じゃなかったでしたっけ。」

「知ってる、知ってる。ここにも医学部あるよ。」

「じゃあ、わたし、ここにしようかな。編入するの。」

「おい。そんな決め方でいいのか。」

「いいんですよ。わたしにしたら、医者になるくらい、ちょちょいのちょいですから。」

「おい、いくらなんでも、それはナメ過ぎだろ。第一、医者になることよりも、なってからの方が大変なんだぞ。人脈は必要だし。学閥もある。そういったこともしっかり踏まえて選ばないと、一生“窓際”だぞ。」

珠理は、そんなことどうでもいいと思っていた。それより、知的好奇心に勝てなかったのだ。“舟[ふね]”を使って、“アレ”を試してみたい!という思いが、全てに勝っていた。そこで、面倒くさい話はさっさと切り上げて、全く違う話を始めた。

「全然違う話ですけど。センセイの名字の“勝扇子”の由来って、なんですか? うちの両親に聞いても、書名がもとなっていることは知ってるみたいですけど、そっから先が分からなかったもので。」

「おい、なんだよ、唐突に。まあいいか。結論から言えば、わたしも知らない。というか、子供の頃、じいさんに聞かされたことはあるけど、子供を怖がらせるための怪談話みたいだったなあ。どうしても知りたいっていうなら、兄に連絡してみるけど?」

「どうしても知りたい。です。」

「明日の夕方は、大丈夫。」

「はい。大丈夫です。」

「じゃあ、それでアポ取ってみるナ。」といいながら、センセイは、どこかに電話した。そして「京子ですけど。兄さん、お願い。」「……」「うちの名字の由来。」「……」「そっちじゃなくて、その先。」「……」「そうそう。」「……」「それを聞きたいって学生がいるんだけど、明日の夕方、会って話してもらえる?」「……」「どこで、なんて言えば、入れてもらえるの?」「……」「今、そんなことになってんの。大変じゃない。」「……」「じゃあ、学生に伝えておくから、ありがとう。兄さん。」

「センセイのお兄様って、今、社長様ですよねえ?」と、珠理。

「それでね、手荷物チェックとかいろいろしなくちゃいけないんで、できれば、手ぶらで来てって。それと、面会票を書く時に、備考欄にわたしの紹介であることを明記してって。ごめんね、面倒くさいこと言っちゃって。」

センセイは腕時計を見て、「もう、こんな時間か。これから、一緒に夕飯でも食べに行く?」

「ご免なさい。わたしには、家に帰って、母の作った晩ご飯を食べる責任と義務がありますので。」

「また、“あの女”(=珠理の母)かよ。」笑い会う二人。

「それと、お願いなんですが。わたし最近“先生”って呼ばなきゃならない人が増えまして。これからは、センセイのこと、“京子先生”って呼んでも構いませんか?」

「よし。許す。」

「ありがたき幸せ。(一礼)」笑い会う二人。



帰宅すると、母から、京子先生から、今し方、電話があったことを知らされた。今までに聞いたこともないような明るい声だったそうだ。

[037]現代編 第二十七回  珠理×第二回勉強会【下】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第二十七回  珠理×第二回勉強会【下】


本鍛冶茜[もとかじ・あかね]の話の途中ではあったのだが、結局、第二回勉強会は、ここまでとなった。珠理[じゅり]が、ノートをバックに仕舞おうとした時、その後ろの方に挟まれていた、四つ折りになった新聞のチラシが、ひらりと丸いちゃぶ台の上に落ちた。

本鍛冶茜が、興味本位で、それを広げてみると、ここら一帯の地図が手書きで描かれていた。もちろん、本鍛冶茜は、珠理に、訊いた「これ。何?」

最初の休憩時間に、トイレに行く前に脱いだGパンを穿きながら、「ああ、それ? 父が描いた地図。」

「じゃなくて、間取りとかも描いてあるけど、どうして?!」

「父は、大学の四年間と学校の先生になってからの最初の夏休みまで、第三曙荘のB棟101号室に住んでたんだって。」

「えっ、うそ。私、A棟に居たんだよ! それ、いつからいつまでのこと?」

珠理は頭の中で計算してみた。「たぶん、昭和三十九年四月入学だから、遅くともその前の月には、引っ越してきてたんじゃないかなあ。そして、今の家に引っ越したのが、卒業後だから、昭和四十三年の七月頃までは、こっちに住んでいたと思う。」

「私が生まれたのが、昭和四十二年六月一日。カサピー(=笠部蘭子[かさべ・らんこ])、私が救急車で運ばれたのって、いつだったっけ?」

「たぶん、年少さんの四月じゃないかしら? 当時、私、モッチー(=本鍛冶茜)の名前も知らなかったから。」

「私が四歳になる年の四月ってことは、昭和四十六年の四月だね。つまり、私が、覚醒する前に引っ越しちゃったのか。でも、お母さんに“代理さん”(=珠理)の話、いろいろしたけど、反応薄かったなあ。」

「父は、部屋の入口に名札を出してなかったそうで、第三曙荘では“名無しの不良学生”という扱いだったらしいです。なので、“B棟101号室の不良学生、覚えてる?”って、訊いてみて下さい。たぶん、わたしも知らないような恐ろしい話が、いろいろ聞けると思います。」

三人のそんなやり取りの中、珠理は、ノートを片付け、Gパンもすでに穿き終わっていた。

丸いちゃぶ台の上には、深皿に山盛りになった胡瓜の浅漬けが、手付かずのままである。もったいないから、皆で食べることに。ケーキ用のフォークで胡瓜を突き刺しながら、お茶をすすり、すすり食べていたら、笠部蘭子が唐突に「モッチー先生、“オコリノウラガキ”って、結局、何だったのですか?」と訊いてきた。

本鍛冶茜が解説を始めようとするのを掌で制し、珠理は、すでに仕舞っていたノートとボールペンを出した。そして、ノートの真新しいページを開くと、「茜先生、どうぞ。」と言って、解説を促した。

「一部話が重複しますが、私たちは、送札[おくりふだ]と呼ぶ道具を用いて、他人を転生させることができます。大事なことは、転生させることであって、自ら転生することではないのです。

手順は、こうなります。まず、札絵[ふだえ]を用いて送札を描きます。完成した、送札を、たとえば、カサピーさんに手渡すと、カサピーさんは、こちらの世界では死んでしまいます。そして、別の世界で産まれ直すことになります。ちなみに、カサピーさんが亡くなると同時に、私の手元に、送札が戻って来ます。

戻って来た送札を今度は“代理クン”に手渡します。すると、同様に、“代理クン”は死に、送札は私に戻って来ます。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「一枚の送札は、何回まで使えるのでしょうか?」

「それは不明です。終[しまい]では、そういった使い方したことがありませんから。ただ、私がこちらに飛んでくる時に使った送札は、私の前に少なくとも二回使われていたことを今日知りました。したがって、最低でも三回は使えるようです。

では、話を続けます。

私が、つまり自分自身が、産まれ直したい場合は、どうするかというと、完成した送札を、まず、カサピーさんに譲渡します。このとき、譲る、譲られるを明確にしなければなりません。そうでないと、カサピーさんが飛んでしまいますから。

そして、いったん譲渡した送札をカサピーさんから、手渡してもらうと、私が飛び、それと同時に、カサピーさんの手元に送札が戻って来ます。

これが、送札の基本的な使い方です。

次に、札絵によって飛び先を指定する方法について解説します。まず、方角ですが、こちらでいう東西南北と考え方は同じです。いいかえれば、九十度の幅のどこかとしか指定できないのです。距離は、私たちが使っていた尺度で記す必要があります。つづいて、時については、月の満ち欠けの回数で指定します。同時に、未来か過去かも指定します。

これらは全て、私たちが、岩から現れた当時から知っていたことです。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「何も指定しないと、どうなりますか?」

「私たちの持っている知識としては、仮にそんな送札を私たちが手渡されると、自分が現れた岩の周囲で、自分が現れた時に産まれ直すようです。いわば、“原点回帰”ですね。ただし、誰も試したことがないので、実際にそうなるかどうかは不明です。」

「では、そんな送札を一般の人に手渡したら、どうなると想像されますか?」

「わかりません。もしかすると、その人自身に産まれ直すのかもしれません。」

「それと、送札の発動時間とか、転生者の覚醒時期というのは、札絵で指定できないのでしょうか?」

「“代理クン”、それ、とても良い質問です。結論から言うと、私たちには、できません。が、起[おこり]の者たちには、できたらしいのです。それが“裏描き”です。つまり、通常の送札の裏面に、送札や転生に関わる詳細な設定を札絵で描く行為です。

当然、起[おこり]以外のグループでも“裏描き”を試したそうですが、機能しなかったそうです。ちなみに、終[しまい]では、“裏描き”を試したことはないと思います。怖いので。

それと、話は少々逸れますが、送札の両面に全く異なる指定をしたら、いったい何が起こるのか? こんなことも、怖くて試せません。私たち終[しまい]では、仲間を大切に考えていました。少なくとも、私は、そうでした。ですから、その身に危険が及ぶような試みは、できるだけ行いたくなかったのです。」

「はい、先生。」と、笠部蘭子。「はい、カサピーさん。」と、本鍛冶茜。

「送札の発動時間と転生者の覚醒時期は、初期設定ではどうなっているのですか?」

「説明が簡単の方からお答えします。まず、転生者の覚醒時期ですが、“裏描き”で指定されていない場合、“物心がつく前”です。次に、送札の発動時間ですが、こちらの時間で十分前後です。厳密に言えば、季節により異なります。」

「季節により異なるというのは、江戸時代の和時計のイメージでしょうか?」

「時間の区切り方は違いますが、“不定時法”という点では同じです。具体的に解説しましょう。まず、一日は、日の入りをもって始まり、日の入りをもって終わります。そして、日の入りから日の出までを“暮れ[くれ]”、日の出から日の入りまでを“明け[あけ]”と呼びます。

つぎに、“暮れ”と“明け”を、それぞれ六等分し、それぞれに“刻[こく]”を付けて呼びます。つまり、“明け六刻”は日の入り、“暮れ六刻”は日の出となります。ただし、これは見晴らしの良い平地を基準とした話です。盆地などでは、正確な日の出、日の入りを知ることができませんので。

そして、送札は、“裏描き”で指定されていない場合、十二分の一刻で発動するのです。」

「つまり、日の入りが、今の午前零時にあたるわけですか…。」と、笠部蘭子はちょっと訝[いぶか]し気[げ]。そこで、珠理が、フォローに入った。

「“カサブ蘭花”さんも、東京っ子ですよねえ。」

「はい。」

「じゃあ、毎年十一月の酉[とり]の日に“酉の市”が催されるの知ってます?」

「はい。大きな熊手が有名なお祭りですね。」

「あれって、今は、酉の日の午前零時始まりなのですが、江戸時代には、日の入り始まりだったそうです。つまり、江戸も日の入りが日の変わり目だったわけです。

こういった事例は無数にあって、たとえば、お葬式も日の入り後のお通夜にはじまり、翌日の日の入りまでに告別式を終えるのが、一般的です。

このように一度定着した習慣は、日付の変わり目が変化しても、名を変えて継承されていきます。その好例が、“前夜祭[ぜんやさい]”ではないでしょうか。つまり、もともとは祭りが日の入りから始まった名残であると。

また、こういったことは、日本だけではありません。クリスマスは、十二月二十五日ですが、前日の二十四日の夜をクリスマスイブと呼んでますよねえ。厳密に言えば、二十四日の日の入りから、二十五日の日の入りまでがクリスマスなのです。

そのため、“クリスマスの宵”という意味でクリスマスイブって呼んでるんです。もともとは、キリスト教誕生以前から世界中どこにでもある冬至[とうじ]のお祝いだったんですけどね。」

「クリスマスってイエス・キリストの誕生日じゃないの?」と、本鍛冶茜。

「ぜんぜん違うよ。イエス・キリストがこの世に誕生してくれたことをみんなでお祝いする日。それをキリスト教徒が、もともとあった冬至のお祝いに被せてきただけ。当日、“メリークリスマス!”とは言うけど、“ハッピーバースデー!”とは言わないでしょ。」と、珠理。

「そういうこと…。あっ、そういえば、あっちの世界には、“ハッピーバースデー!”ないんだよ。」と、本鍛冶茜。

「それは、誕生日を祝わないということですか?」と、笠部蘭子。

「じゃなくて、新年になると、みんな一緒に歳を取るの。こっちでいう、“数え年”。そのため、年齢に関する祝い事は、年の初めに一斉に行われるの。逆に、実際の誕生日は、両親くらいしか知らない。これも、呪[かしり]除け。

生まれ出た時点で、数え一歳だから、もし、年末に生まれた子なら、新年を迎えると、あっという間に、数え二歳になっちゃうの。生後二日で、もう、二歳だよ!」と、本鍛冶茜。一同、笑い。

続けて、「話を戻します。」と、本鍛冶茜。「起[おこり]の“裏描き”に関する情報について言えば、私の場合、伝聞推量の域を出ません。実物は、こちらに飛んでくる時に、チラッと見ただけですから。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「“いまさら”という質問なんですが、茜先生は、何枚くらい送札を見たことがあるんですか?」

「あまり答えたくない質問ですが、私がこちらに飛んでくる時に手渡された送札が一枚。これには、“裏描き”があったと思います。また、私が、あちらにいた時、描いて、下[しも]に手渡したのが少々。ただし、飛んだ下[しも]とは、その後、誰とも会えていません。そして、こちらに飛んできてから描いたものが数枚、これは全て発動しませんでした。」

「思いの外、少ないのですが、これは、終[しまい]のメンバー全体に通じることでしょうか?」

「あくまでも私個人の問題だと思います。聞くところによると、邪魔な一般人を送札で飛ばしまくっているヤツもいたそうですから。」

(それって、さっき言ってた“ロクなヤツじゃなかった”“上[かみ]の片腕的な中[なか]の男”。つまり、「のっぽさん」のことじゃないの? もしそうなら、「のっぽさん」って、こっちに転生してくる前から、似たようなことやってたってこと? ドラマなんかのセリフにある“一人殺すも、二人殺すも”ってやつだよなあ、これ。)

「どうかしました?」と、本鍛冶茜。

「いえ。もう一つ、“いまさら”という質問なんですが、当初、終[しまい]の四十五人は、皆一緒に生活していたのです? それとも、岩単位でしたか?」

「最初は、岩単位でした。すでにお話ししたように、岩が離れていると不便なので寄せてみたら、岩からモノが出せなくってしまった。そこで、再びもとの位置に戻しました。その後、岩と岩の間にある木々を取り除いたり、火山灰を除去したりして、三つの岩、全てを囲む形で一つの大きな集落を形成しました。ただし、それまでにどのくらいの年月が掛かったかは不明です。」

「それと、ちょっと気になったのですが、“∵”という岩の当初の配置で、茜先生は下の岩から現れたそうですが、終上[しまいのかみ]は、どの岩から現れたのか、覚えていますか?」

「そうか! 今思えば不自然なのですが、当時は全く気にしていませんでした。上[かみ]と中[なか]全員、それと、下[しも]九人は、同じく下の岩から現れました。」

「それって、上の岩二つからは、下[しも]しか現れなかったってことですよねえ。つまり、上中下の能力差は、現れた岩に依存するってことじゃないですか?」

「はい、今、私も、そう思いました。私たちが持っていた不思議な力は、岩に与えられたものであり、私たち個人がもともと持っていた能力には、あまり差はなかったのかもしれません。そういえば、上の二つの岩からは、大したものが出せませんでした。それを私たちは、“所詮、下[しも]のやることだから”と考えていましたが、上の二つの岩の能力が劣っていたのが原因だとしても、矛盾しません。」

「えっ、それは、使う岩は、各自決まっていたということですか?」

「はい、自分が現れた岩を使う。それが、“常識”というか、他の岩に触れることは“禁忌”だと思っていましたから。」

「それ、明らかに“刷り込み”ですね。まず、“上中下”という能力差が個人間にあることを刷り込んでおく。そして、あえて能力差のある道具を使わせ、“上中下”それぞれにふさわしい成果を出させる。結果、より“上中下”というのが個人の能力差であることが刷り込まれる。たぶん、上の二つの岩から現れた下[しも]の者でも、下の岩を使い続けていれば、中[なか]に肉薄する程度にはなれたのかもしれない。」

(岩があったら、検証できるのに…。あれ、岩って、今どうなってんだ? 戦国時代に、城垣にでもされちまったか? それとも、神聖視され、どっかの神社のご神体にでもなってる? そもそも、岩は、どこにあったんだよ。)

「どうかしました?」と、再び本鍛冶茜。「いま特に質問が無いようなら、最後に、次回の希望など、どうぞ。」と、本鍛冶茜は、締めに入った。「もし、無いようでしたら、次回も、私の話したいように話させて頂きます。第二回勉強会を終わります。お疲れ様でした。」拍手が起きた。胡瓜の浅漬けは、すでに完食している。


三人して、エントランスホールまで降りてきた。今日も本鍛冶茜は二人を見送るようだ。外をみたら、雨が降っていた。珠理と笠部蘭子は、バッグの中から折り傘を出した。梅雨時の必需品である。

笠部蘭子の傘は、スルスルとワンタッチで広がっていく。珠理は、手で傘を広げながら、「次回、差し入れは何がいいですか? 予算は、二千円です。」と。それに対して、空を見ながら「天気次第じゃない?」と、本鍛冶茜。その素っ気ない応えに、クスッと笑う笠部蘭子であった。


その日の夜。珠理は、第二回勉強会のメモに追記していた。この作業をしていると、疑問点が次々と浮かんでくる。だが、そのほとんどが、送札関連のものだった。

今回の勉強会で本鍛冶茜が、送札に関する情報をあまり持っていない。あるいは、呪[かしり]があり、話せないことがわかった。では、次回は、どんな情報を引き出そうか。悩む。というか、アイデアがまるで浮かんでこない。頭が疲れているのか?

月曜日は、開店からバイトに入りたい。ひとまず眠ることにした。ギーさん伝授の“即眠術”というか、“即寝術”と呼びべきなのかはわからないが、例の手で眠りについた。


1989年(平成元年)6月19日(月曜日)。昨日からの雨が降り続いている。その上、梅雨寒である。そんな中、四限後、「超常現象研究会」のサークル室で、夏合宿についての予備的な話し合いを行うことが、「子分一号」(珠理命名)から珠理に伝えられた。ただし、意見交換だけで、何かを決めると言うことはないので、無理して出席する必要はありませんとのこと。

じゃあ、バイトしようと珠理は思った。というのも、母に電子顕微鏡を作ってもらおうと思い、相談したら、本体は、手作り部品とジャンク品でまかなえれば、たいしてカネは掛からないという。ただし、倍率を上げるには高電圧が必要になり、安定した高電圧を得るためには、新品で数十万円から百万円程度の電源ユニットが必要になるという。逆に、低倍率でも良いのなら、電源ユニットもジャンク品がいろいろ出回っているのだとか。結局、カネか。というわけで、閉店までバイトすることにした。


家に帰ると、帰りを待ちわびていたかのように、父が「実家の兄さんから電話があった。珠理の医学部編入の話で。」と。

話の内容は、こんな感じだった。

珠理は、来年四月に三年次編入を希望しているが、四年生大学で二年間学んだ者が、医学部に編入する場合、三年次に編入できる大学は意外と少ないらしい。二年次に編入するのが一般的で、多くの国立大学がこの制度を導入しているとのこと。つまり、実質一浪である。

また、編入試験は、早い大学では七月からはじまるので、必要書類の準備や提出期限を確認しておくこと。そして、なによりも、どこの大学にするのか早く決めなさいとのことだった。なお、珠理の大学にも他大学への編入に関するルールがあるはずだから、担当者に確認しておくこと、などなど。

珠理は、編入試験は、後期に入ってからだと思っていたので、少々慌てた。そして、今月中に決着を付けなければならないことが、また一つ増えてしまったことに焦った。

[036]現代編 第二十六回  珠理×第二回勉強会【中】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第二十六回  珠理×第二回勉強会【中】

第二回勉強会は、休憩に入った。

「トイレは、時間の掛からない人から順番で。わたし、キツキツのGパンなんで、かなり時間が掛かるんで、最後でいいです。正直、わたし、ここでGパン脱いでから、トイレに行きたいくらいですから。」と珠理[じゅり]。本鍛冶茜[もとかじ・あかね]は、笑いながら「トイレこっちだから」といって、トイレに一番乗りした。

笠部蘭子[かさべ・らんこ]は、丸い敷物の上で胡坐[あぐら]をかいている珠理の下半身を、丸いちゃぶ台越しに見ながら、「私、Gパンは一着ももってません。スラックスやサブリナパンツならあるんですけど。」と。

珠理は、曲げていた足を伸ばしながら、「Gパンは、一本、二本って数えた方が、通[つう]っぽくて、いいですよ。」と、笠部蘭子に。そして、ここまでの印象を尋ねてみた。

「それより、ここまで聞いてきた話で、何が一番印象に残ってます?」

笠部蘭子は、ちょっと考え込んだ。そして、

「この物語、まだ主人公が登場していませんよね、物語の背景の説明ばかりで。」

「たぶん、主人公は出てきませんよ。茜先生自身、この話の中では、村人Aとか村人Bといった、まともな役名もない端役に過ぎませんから。」

「どうゆうことですか?」

「もし、この話に主人公がいるとしたら、それは、茜先生が、話しながらノートに書いていたこれ。」と言って、“起”という文字を人差し指で、トントン叩きながら、「この起[おこり]というグループにいた女性だと思います。」

「“代理さん”(=珠理)は、ご存じなんですか?」

「はい。“カサブ蘭花”(=笠部蘭子)さんも、知ってる女性ですよ。」

「えっ? それって、誰ですか?」

「邪馬台国の卑弥呼です。」

笠部蘭子は、クスクスと笑い出した。笑い方も、至って上品である。珠理は、話を続けた。

「笑っちゃいますよね。でもね、わたし、今までに、自らを不老の転生者と名乗る人物、二人から話を聞いてるんです。茜先生が三人目になります。さらにいうと、転生しないで不老のまま現代まで生き続けているっていう人にも会って話を聞いてるんです。もちろん、ヘンな宗教とかじゃありませんよ。」

簡単に受け入れたり、理解出来る話ではないので、珠理は、すこし間を置き、話を続けようとしたら、笠部蘭子が先に口を開いた。

「その方達って、皆、東京にいらっしゃるのですか?」

(なるほど、そっちが気になったか。では、)

「いえ、東京には、茜先生を含め二名のみです。それと、少々言いにくい話なのですが、のこりの二名は、昭和の終わりに亡くなられました。」

「じゃあ…」といって、笠部蘭子は絶句した。悪い想像をしたようだ。

「その心配は、ありません。わたしが、保証します。」と、珠理が話したところで、本鍛冶茜がトイレから戻ってくる気配がしたので、小声で、「今、二人でした話は、ご内密に。“カサブ蘭花”さんのお人柄を見込んで、お話ししたことなので。」

笠部蘭子は、珠理の目を見ながら、大きく頷いた。

(しばらくは、黙っててくれそうだ。)

「次の方、トイレ、どうぞ。」と、本鍛冶茜。笠部蘭子は、目で「お先にどうぞ。」と言っている。じゃあ、お言葉に甘えて、「女子しかいないから、わたし、ここでGパン脱いじゃってもいいですよねえ。」と、本鍛冶茜に向かって言い終わる前に、珠理は、フライフロントのボタンを外し始めた。

爪を伸ばしている女子は、どうやってGパンを脱ぎ着しているのだろうと、いつも思う。ちなみに、珠理には、というか、一般的に物理学者には、爪を伸ばすという習慣はない、たぶん。

本鍛冶茜は、珍しそうに、その光景を凝視している。笠部蘭子は、チラ見である。

「“代理さん”てGパン買った時、裾詰めなんかするの?」と、本鍛冶茜。

「なんすか、“裾詰め”って? ああ、丈が長かったら詰めて貰うかってことですが、小学生の頃ならともかく、中学以降は、ないですね。」

「わたし、Tバック穿いてるのかと思ってた。」と、本鍛冶茜。その言葉に反応して、笠部蘭子が珠理を凝視。

「これ、母が父用に買ってくるボクサーパンツ。Tバックかノーパンのほうが、響かなくていいのはわかってるんだけど、お尻がこすれるのがヤなんで、こういうの穿いてまあす。」

本鍛冶茜が「えっ、お父さんと共用なの?」と、わけのわかんないことを言い出した。

「違うって。私が、ぶんどってんの。洗濯も別々だし、混ざっちゃうことはないから。」と言い終わる前に、珠理は、トイレの近くまで歩いていた。

あっという間に、用を足して戻ってくる、珠理。「早い!」と二人。

「穿くのが、これまた大変なんですわあ。」とGパンを持ちながら、珠理が言うと、本鍛冶茜が「じゃあ、そのままでいたら。女の子しかいないんだし。」

「えっ、いいの? 家[うち]じゃあ、下着姿でうろうろしていると、両親共々に文句言われちゃうんですよ。ここは、いい家だあ。わたし、茜先生っちの子になっちゃおうかなあ。」と、珠理がいうと、本鍛冶茜は「いいよ。いいよ。」と言いながら大笑い。笠部蘭子は、珠理の方を見ないように俯[うつむ]いて笑っていた。

本鍛冶茜が、下半身下着姿の珠理のそばにやってきて、「“代理さん”って、脂肪少ないよねえ。体重何キロ?」と。

(答えるわけ、ねえだろ。)

「身長、体重については、ノーコメント。ただ、太らないのは、体質的なこともあるんだろうけど、父が武道オタクなんで、子供の頃から、トレーニングに付き合わされているのが、最大の原因だと思う。」

「“ブトウオタク”って、踊るの?」と、本鍛冶茜。

「“舞踏[ぶとう]”じゃなく、戦う方の“武道”。あんた、今、わざと間違えたよなあ?」

「バレた?」といって本鍛冶茜は笑った。

「わたし、腹、すごいよ。触ってみる?」

「えっ、いいの? 触る、触る。」

珠理は、着ていたシャツをたくし上げて、「さあ、どうぞ。」そこには、見事に割れた腹筋があった。

本鍛冶茜は、見て「すごい!」言った。そして、掌で腹を押しながら、「すごい!すごい!」と大はしゃぎである。さらに、「カサピーも触ってごらん。すごいよ!」と、相変わらず俯[うつむ]いている笠部蘭子を誘った。

本鍛冶茜は、動き出そうとしない笠部蘭子のそばに行き、無理矢理立たせると、丸いちゃぶ台の反対側で立っている、珠理のもとへ引っ張ってきた。そして、「ほら。ほら。」と笠部蘭子を促した。

笠部蘭子は、なるべき珠理の方を見ないようにしながら、珠理の腹に指先でチョンと触れた。

「ヒー!」声を挙げたのは、珠理だった。「そういうのは、無しにしてください。触る時は、バシッて触ってください。」そばでは、本鍛冶茜が笑い転げている。


二人が、珠理の腹筋を堪能したところで、休憩は終わった。三人が、定位置に座ったことを確認すると、本鍛冶茜が切り出した。

「まず、私たちは、自分たちに対して“死ぬ”という言葉をほとんど使いません。通常は、“飛ぶ”とか“飛ばされる”と言います。これは、肉体は滅んでも、その人格はどこかで産まれ直しているという前提があるからです。

では、私があちらを飛んだ時に話を戻します。私が、最後にいた地は、日国[ひつくに]派の小国で、その国は、私たちが岩から現れた場所、すなわち、終[しまい]を含んでいました。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「その小国の名を教えてください。」

「それがねえ、よく覚えてないの。日国[ひつくに]派の国々の中で、もっとも山際にあったことは、知ってるんだけど。なんか、山に使われる言葉を国名にしていたような。たとえば、峠とか、崖とか、尾根とか、でも、思い出せない。」

「では、その小国に、茜先生の知り合いは、いましたか?」

「まず、私たちのリーダー、終上[しまいのかみ]と呼ばれていましたが、は残っていました。彼以外にもいたかもしれませんが、会いませんでした。また、送札[おくりふだ]を使って産まれ直していると、容姿が変わってしまうので、自ら名乗りを挙げてくれない限り、こちらからはわかりません。ただ、その小国には、頭の周りが光っている人達が、ビックリするほどたくさんいました。それもいろんな色の光り方をしていました。」

「その後、茜先生は、終上[しまいのかみ]から送札[おくりふだ]を手渡されたわけですが、そのとき、終上[しまいのかみ]は、どんな話をされましたか?」

「オフ会の後に話したこと覚えてます? あれが全てです。補足しながら、繰り返しますと、“この送札で飛んだ女性を捜し出せ”、そして、“みつけたなら、まず、連絡しろ”といった内容でした。あとは、呪[かしり]があります。ごめんなさい。」

「その呪[かしり]は、こちらの世界でも有効なのですか?」

「それはわかりません。しかし、身についた習慣があるのです。私は、呪[かしり]を恐れます。この件について、こちらでお話しできるのは、ここまでだと思ってください。」

珠理は、そのとき、ふと「のっぽさん」のことを思い出した。そこで、

「あのう、話は違いますが、終[しまい]の中[なか]の人に、特に終上[しまいのかみ]と仲が良かったというか、重用されていた男性っていましたか?」

「そういえば、中[なか]に一人、上[かみ]の片腕的な男がいました。ロクなヤツじゃなかったですけど。」

「あれ、茜先生は、中[なか]に対しては、敬語使わないんですね。」

「そりゃあ、私も中[なか]ですから。」

「えっ! てっきり下[しも]だと思ってました。」

「私、こう見えても、終中[しまいのなか]では紅一点だったんですよ!」と自慢げに。

「では、その中[なか]の男性ですが、捜索のために、茜先生よりも前に、こちらに飛んできているってことはありませんか?」

珠理は、本鍛冶茜の頭の上に再び「!」が浮かぶのが、見えた気がした。

「なんだ、そういうことか! 今、気付いたよ。あのね、私、こっらに飛んでくる時に、終上[しまいのかみ]から『お前の力が必要になることがあるかもしれない。』というお言葉をいただいたんです。そのときは、私の能力を高く評価していただけてるんだと思い、喜んだんですけど、これって『女性しか入れない場所では、お前が頑張れ』って意味だったんですね。ああ、残念。

はい、彼、こっちに飛んできてると思います。でも、見かけたこと、ありませんけど…。」

そんな二人だけのやり取りの中、丸いちゃぶ台を挟んで珠理の向こう側に座っている笠部蘭子は、腹筋騒動以降ずっと紅潮した顔で俯いたままである。完全に戦闘放棄状態に見える。

それに気付いた本鍛冶茜が、「カサピーさん。ちゃんと、話、聞いてますか?」と声を掛けた。笠部蘭子は、本鍛冶茜の方に体を向けて座り直し、まず「はい。」とだけ応えた。そして、

「“カシリ”とは、何ですか? それと“ナカ”という表現が、たびたび出てきましたが、それは、文脈上どう解釈したらよいのでしょうか?」と、ちゃんと質問してきた。本鍛冶茜は、

「呪[かしり]というのは、広い意味での呪いです。この場合、“その話をすることは禁忌[きんき]である”という意味で捉えてもらってもかまいません。

つぎに、中[なか]ですが、私たちのグループ内には三つの固定された階級が、最初から存在していました。それが上中下[かみなかしも]です。もちろん、グループのリーダーが上[かみ]です。

その後、他のグループとの交流がはじまると、グループ名を冠[かんむり]して呼ぶようになりました。すなわち、終上[しまいのかみ]終中[しまいのなか]終下[しまいのしも]です。ちなみに、私は、終中[しまいのなか]の紅一点でした。」と、それに答え、“紅一点”であることを強調した。

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「話を茜先生達が岩から現れたときに戻したいと思いますが。」と断って、話を続けた。

「札絵[ふだえ]を描いても岩から出て来なかったモノってありましたか?」

「“代理クン”、それ、とても良い質問です。当初、私たちも混乱したことでした。農作物の苗や種は、ちゃんと出てきましたが、鶏を出そうとしたら精肉で出て来たのです。そのほかにも、うんともすんともいわない物がいろいろありました。そこで、生きているものは、小さい物しか出て来ないのではないかとか、いろいろ考えたわけです。

ところが、後に他のグループと交流するようになってからわかったことですが、起[おこり]では、なんと、人を出していたというのです。」

「“ヒト”って、生きている人間ってことですか?」

「はい。そして、出てきた人は、下[しも]と同じ能力があったというのです。ただ…。ただ、その情報を私にくれた、起下[おこりのしも]とは、その後、会えなくなりましたが…。」

「それは、飛ばされたということですか?」

「たぶん…。」

「でも、なんで、そんな情報を茜先生にもらしちゃったんでしょうか? その人。」

「そりゃあ、私が、中[なか]の女性だから。私が知る限り、全グループを通じても、中[なか]の女性は私だけだから。中[なか]の紅一点!」

“紅一点”が今日のお気に入りフレーズのようだ。そんな、本鍛冶茜が、話を続けた。

「もちろん、この情報は、終上[しまいのかみ]にお知らせしました。その後、今まで集まったいろいろな情報を分析した結果、終[しまい]の札絵[ふだえ]の能力は、他のグループよりも劣っていると結論づけられました。当然それは、札絵[ふだえ]によって描かれる送札[おくりふだ]の能力にも影響するはずです。

ただし、その時点で、私たちは、起[おこり]による“裏描き”の存在を知らなかったのです。つまり、実際には、終[しまい]の札絵[ふだえ]の能力が劣っていたのではなく、起[おこり]の者たちの札絵[ふだえ]を描く能力が、他のグループに比べ、著しく高かっただけだったのです。」

「つまり、岩から生きた人間を出せるのは、起[おこり]の者だけだったということですか?」

「はい。少なくとも私たちが掴んでいた情報では、そうなります。」

「ついでなので、お聞きしますが、終[しまい]が起[おこり]の“裏描き”を知ったのは、いつ頃なのでしょうか? また、その経緯は?」

「“代理クン”、良い質問です。私自身が知ったのは異民族との交流が始まってかなりたってからのことになります。が、終上[しまいのかみ]だけは、かなり早い時点でお知りになっていた可能性があります。

というのも、ある時期から、終[しまい]では、送札[おくりふだ]を描くことが、終上[しまいのかみ]によって禁止されたのです。

まずは、禁止されるまでの経緯をお話しします…。」と言ったところで、笠部蘭子が、挙手し、「先生!トイレ休憩、お願いします。」、と。

(そうだ、さっきの休憩の時、この人だけ、トイレ行ってないんだっけ。)

「わかりました。少々、休憩しましょう。ついでなので、何か摘めるモノを用意します。“代理さん”、大福、ごちそうさまでした。」といって、皿に五個残った豆大福を下げた。

トイレに向かう笠部蘭子を見送りながら、珠理は、「そうだ、茜先生が書いたメモに、わたし、追記させてもらいます。」といって、ボールペンを持った。


笠部蘭子が、トイレから戻り、丸いちゃぶ台につくと、その向かいには、一心不乱にボールペンを走らせている珠理がいた。

見てみると、決して美しい文字ではないが、十分可読可能な文字である。なにより驚くのが、書く速さである。とても尋常ではない。みている間に、ノートの空白部分が、どんどん文字で埋まっていく。

しまいには書く余白がなくなり、「クソッ。」といって、ノートのページをバサッと大胆にめくって、真っ白な見開きページを出すと、そこに、再び尋常でない速さで、書き始めた。

そこに、深皿に胡瓜の浅漬けを山盛りにして、本鍛冶茜がニコニコしながらキッチンから戻って来た。笠部蘭子は、そんな本鍛冶茜に向かって、右手の人差し指を自らの口の前に立てて、“シー”のポーズ。それを気にすることもなく、本鍛冶茜は、珠理の方を見て「この人、何やってんの?」

それに、「待ってくれ。今、終わる。」と応えたのは、珠理だった。実際、十秒ほどで、珠理は、ボールペンを投げだし、「疲れたあああ。」の一言。

本鍛冶茜が、そんな珠理を見て、

「何やってたの?」

「茜先生の話、メモってた。」

「そんなの、話、聞きながら、すればいいじゃない。」

「バカは、そんなやり方するよね。」

「じゃあ、バカじゃない人は、どうするのか、教えて!」

「いいよ、教えてやる。まず、人の話を聞く時は、百パーセントの集中力で聞け。メモなんか取るな。そして、話が終わったら、一番印象に残った事柄からメモしろ。時系列は気にするな。書きながら、新たに思い浮かんだことがあったら。その都度、追記して行け。ってな、感じだ。

で、ホントなら、家に帰ってから、やるつもりだったんだけど、茜先生の話の情報量が多すぎて、頭がパンクしそうになったんで、今、やった。すまん。」と、珠理は、薄く謝った。

「私、見ていましたけど、“一心不乱”って、こういうことをさすのだなあと思いました。」と、笠部蘭子。そして、続けた。「“代理さん”って学校の授業でもこんな感じなんですか?」

「頭の中、スッキリさせたいので、話長くなりますけど。」と、珠理は、一言ことわってから、話を始めた。

「どこのクラスにも一人くらいは居たと思いますが、先生が黒板に書いたことをきれいにノートに写している女子が。“板書の達人”ってのが。」

笠部蘭子が、頷いている。

「でもね、先生って、その授業で一番大事なことって、黒板に書いたりしないんですよ。先生によっては、生徒の方を見ずに、黒板に向かいながらボソッと言ったり。あるいは、逆に、生徒の顔をしっかり見ながら言う先生もいます。

だから、まず第一に、先生の話をちゃんと聞く! 手を使うのは、その後でいいんです。それと、人間は、外からの情報の八十パーセント程度は、視覚から得るらしい。だから、黒板をいちいち見ない、いちいち読まない。その分、聞くことに集中する。一番いいのは、目をつぶることだけど、授業中にやってたら、先生に叱られます。以上です。」

笠部蘭子が、クスッと笑った。

「“一番大事なことは、黒板には書かない”っていうのは、思い当たるふしがたくさんある。」と、本鍛冶茜。そして、「明日から、教育実習の最終週なんだけどさあ、生徒さん達と、いまひとつしっくりきていない気がするんだよなあ。もう、二週間経ってるのに。“代理さん”、なんかいいアイデアある?」

本鍛冶茜のその言葉に、珠理は、ちょっと切れた。そして、

「あんた、あたしの今の話、聞いてなかったの? 簡単だろ、そんなの。授業の始めに、板書を全部終えちまえ。そして、生徒に向かって“この時間にやるのは、これだけでえす。必要な人は、写してくださあい。”って言えばいい。で、手持ちぶさたな茜先生は、教壇でラジオ体操第一でもやってろ。

生徒が、写し終わったら、あとは、黒板を一切使わずに、生徒の顔を一つ一つ睨み付けながら、あんたの言葉で伝えろ。“私の授業を聞いて下さい”なんて思うな。“あたしの話を聞きやがれ、このクソガキども”って具合に、徹底的に見下せ。あたしなら、そうするね。」

小柄な本鍛冶茜は、「そんなの私には、無理だよ。見下すよりも見上げるほうだから。」

すでに半切れ状態から解放された珠理は、「全部やれとは言わないけど、できそうなこともあるでしょ。特に、生徒の顔を見回しながら話をする、話を聞かせるって、大事[だいじ]。たぶん、茜先生は、“今日は教科書のここまで進めなけらばならない!”っていうノルマに追われて、教科書と黒板ばかり見てるでしょ。それじゃ、生徒に何も伝わらないよ。」

本鍛冶茜は、「そうかあ。わかった。明日から、ラジオ体操第一で頑張ってみる。」

(そんなとこ頑張って、どうする。)

「あっ、それで思い出したんだけど、ある生徒さんに、日本人は、麺をすすったり、食器を手に持って食べるのがヘンだって言われた。反論、教えてください。」

珠理は、そんなこと自分で考えろ!と言おうとしたら、笠部蘭子が、「私の家は、蕎麦[そば]好きが多いので、聞いたことがあります。」と、話を切り出した。

「江戸時代、蕎麦は屋台での立ち食いだったそうです。気の短い江戸っ子が、熱い蕎麦を早く食べるために、フーフー吹くだけではなく、すすることで蕎麦を冷ましたのが始まりだと聞いています。

その後、ざる蕎麦や盛り蕎麦が流行りだしても、すする習慣は残ったそうです。冷たい蕎麦は、すすると蕎麦の風味強まるため、我が家でも、“すすり”推奨となっています。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「蛇足になりますが、いいですか?」と、珠理、「許可します。」と、本鍛冶茜。

「すすり文化が、誕生した経緯は、“カサブ蘭花”さんが紹介された通りだと思いますが、なぜ、食事中に音を立ててはいけないのか?って言うと、地球上に、ほ乳類が誕生した当時、ほ乳類は“弱肉強食”の弱肉側でした。つまり、ワシャワシャ餌を漁っていると、自分が餌になっちゃうわけ。そこで、コソコソ餌を漁るようになった。

人類まで進化した時点でも、まだ弱肉側であることにはかわりがなく、音を立てないようにコソコソと食事をしていた。その後、食生活の変化や道具の発達などに伴い、人類は、弱肉側から徐々に強食側に移行していった。でも、コソコソと食事する習慣は無くならなかった。そこで、その行為の新たな理由付けが必要になった。それが、“食事中に、音を立てると、邪悪な物がやってくる”という、信仰というか迷信。

人類が、地球上に広がる中で、この考え方も広がった。そして、各地で誕生した宗教と結びついた。と、ここまでが、蛇足というか、あたしの想像です。

こっからが、本題。日本に伝わった仏教でも、食事中に音を立ててはいなけいことになっています。もちろん、私語厳禁。なぜなら、食事も修行だから。そのため、皆、一緒に食べ始め。皆、一緒に食べ終わる。学校の給食みたいに、あっというまに食べ終わっちゃう子や、昼休みになっても食べ終わらずに、一人で食べている子は、お坊さんにはなれません。」

笠部蘭子が、クスッと笑った。本鍛冶茜は、真剣な眼差しで話を聞いている。それを確認し、珠理は、話を続けた。

「お寺で、お坊さん達が、食事を始める情景を思い浮かべてください。まず、銘々が個人膳を持ち、一列に並んで、本堂に入ってきます。体をご本尊に向け、横並びに、床に正座します。一斉に合掌し、食べ始めます。

正座したまま、背筋をピンと伸ばし、床上数センチの高さに置かれている汁物を飲むにはどうしたらいいですか? 同じく、椀に盛られたお粥[かゆ]をこぼさず食べるにはどうしたらいいですか? 茜先生、お答えください。」

「そりゃあ、お椀を持ち上げるしか…。」と、本鍛冶茜が、言ったところで、珠理は、その言葉を遮り、話を続けた。

「はい、その通り! 出来るだけ、口のそばに器を持って来る。これ、必然です! 逆に、上半身を猫背に折り曲げ、口を器に近づける行為は、“犬食い[いぬぐい]”とか、“犬っ食い[いぬっくい]”と呼ばれ、食事の作法としては、最悪の部類に入ります。」

「私、ちっちゃい頃、食事中にテーブルに肘ついたら、隣にいた大祖母(=曽祖母)に、“行儀が悪い!”って、肘、払われたこと、思い出しました。」と笠部蘭子。

「なるほど、そういうことか。日本人にとって、食事はいまでも修行なんだね。背筋をピンと伸ばしたまま、お茶碗によそったご飯をこぼさず食べるには、お茶碗を持ち上げるしかないんだね。」と、本鍛冶茜。そして、「いい話が聞けた。いまの話、そのまんま生徒さんに話しちゃってもいいよね?」と。

(あんた、なんでもかんでも、他人の話、鵜呑みにするけど、今の話、あたしの単なる思いつきだぞ。)

【続く】

[035]現代編 第二十五回  珠理×第二回勉強会【上】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第二十五回  珠理×第二回勉強会【上】


1989年(平成元年)6月15日(木曜日)から17日(土曜日)まで、梅雨らしい天気が続く中、珠理[じゅり]は、バイトを頑張った。

電顕部[でんけんぶ]のメンバーでもある、クラスメイトの「子分二号」(珠理命名)さえも、十四日の珠理の振る舞いに対し、非難囂々[ひなんごうごう]である。「白先輩[しろせんぱい]」とも顔を合わせたくないので、サークル室には一切顔を出していない。

それでも、バイトをしていれば、サークルの関係者と顔を合わせることになる。たとえば、「超常現象研究会」の会計を務める三年女子ギーさんは、週刊誌『H○nako』を立ち読みしに来る。が、学生生協で買うことはない。同様に、副幹事長の立花先輩も雑誌の立ち読みに来る。が、ここで買うことはない。

そんな中、一週間近く前に発売された弱電系技術誌を持って、電顕部のカスヤ氏が珠理のいるレジに現れた。珠理としては、もっとも顔を合わせたくない人の一人である。
※月刊誌「トランジス○技術」、毎月10日発売。


ところが、カスヤ氏が開口一番、珠理に向かって言ったのが「“サリ”さんて、君のお姉さんなんだって? 言ってくれればよかったのに。」のひとこと。

(どっからか、情報がもれてしまったようだ。それを詮索するよりも、ここが店頭であることを優先しよう。)

珠理は、ひとまず、「はい。」とだけ応えた。

すると、カスヤ氏は、うまい具合に誤解してくれた。

「そうか、じゃあ、あのサンプルもお姉さんの遺品だったんだね。それは申し訳ないことをした。」といって、頭を下げた。

(おいおい、店内には、他にもお客様がいるんだぞ。レジ前で頭なんか下げられたら、いろいろ問題だろう。)

「いえいえ。でも、あのサンプルについては、詳しいお話はできません。ごめんなさい。」と、しおらしく、珠理も頭を下げた。

会計を済ませカスヤ氏が立ち去った後、珠理のとなりで予約の受け付けをしていた“店長”が、「あの学生さん、発売日にも、あの雑誌、買ってたと思うわよ。」と、ひとこと。カスヤ氏って、意外とイイヤツだった。


家では家で、いろいろあった。まず、いわゆる“国民機”で自作の電子顕微鏡を制御するという話、やはり、母と姉が絡んでいた。でも、なぜ、自分は、何も知らなかったのだろうと、珠理は疑問に思ったが、すぐに答えは見つかった。

「わたしが、高三、受験の時だ。じゃあ、気付かなくてもしかたないね。」と、母に言うと、

「何、言ってんのよ。わたしが、沙理[さり]と一緒にいろんなもの作り出したの、あれが最初じゃないから。何年も前からやってんの! 単に、あんたが、私たちに興味がなかっただけよ。」と、即、返り討ちにあってしまった。

ちなみに、電子顕微鏡なら、部品代を出してくれるなら、いくらでも作ってやるという。が、費用を聞いて、ひとまず“保留”とした。

それとパソコン通信の話だが、姉は三つのサービスと契約していたそうだ。そのうち、姉の死後、母が契約を継承したのは一か所のみ。そう、先日、珠理がオフ会に代理出席したあのパソコン通信サービスである。ちなみに、残りの二つは解約したそうだ。

次に、父による体術[たいじゅつ]のトレーニングが、意外な方向に進んだ。なんでも、ブラジルから群馬県に出稼ぎに来ている人の中に、柔術[じゅうじゅつ]使いがいるらしい。そんな話を、父が、学生時代の友人から仕入れてきたのだ。当然、父は、平日にもかかわらず、仕事終わりに、家にも寄らずに、群馬県に向かったらしい。もちろん、電話だけは家に入れたようだが。

結局その日、父は、家に帰って来ず。翌朝は、群馬県から、直接職場に向かったらしい。そして、家に帰って来るや、バイト明けの珠理を待ち構え、ブラジル流の柔術を指南したのである。いったい、父は、わたしを何者にしたいんだ?と珠理は、真剣に思った。


1989年(平成元年)6月18日(日曜日)。先週の日曜日と同様に本日も梅雨寒。ハチャメチャな、週の後半を過ごした珠理だったが、それでも日曜日はちゃんとやってくる。今日は、第二回目の勉強会である。

本鍛冶茜[もとかじ・あかね]の家の広いLDKの、丸い敷物の上の、丸いちゃぶ台を囲んで、珠理と本鍛冶茜。そして、どういうわけか、今回も“カサブ蘭花[らんか]”さん、こと笠部蘭子[かさべ・らんこ]がいる。

丸いちゃぶ台の真ん中には、皿に山盛りの塩餡[しおあん]の豆大福。珠理が、駅近くの商店街にある、小さな豆大福屋さんで、二千円出して、「これで買えるだけ下さい。」といって買ってきた物だ。
※豆大福は、以前は、1個110円だったが、4月1日からの消費税3%導入に伴い、端数切り捨てで、1個113円となった。2,000円で17個も買える。


三人は、寿司屋の大きな湯飲みでお茶を飲みながら、豆大福を食べている。

「残った大福はさあ、ひとまず冷蔵庫で保存して。明日、温め直してから、トーストに挟んで、バシッって押しつぶして食べると美味しいよ。」と、珠理。さらに、

「わたし、甘い物、苦手なんだけど。チョコとか。でも、ここの大福だけは食べられるんだ。まさに、“いい塩梅[あんばい]”って感じの塩味でしょ。食べ飽きないよね。」と、どうでもいい話をしてから、本題に入った。

「今日、最初にもお話ししましたけど、いろいろな立場というか視点があるというのは、とてもよいことだと思うんです。まず、わたしの立ち位置は、生徒です。ここ、勉強会ですから。そして、」本鍛冶茜を手で示しながら、「こちらは、わたしにとって、先生です。先生の言うことですから、私は、ひとまずそれを事実であると仮定します。それに対して、」今度は笠部蘭子を手で示しながら「“カサブ蘭花”さんは、それを批判的、否定的な目で検討していく。なぜなら、先生が語られる内容は、事実ではなく、先生の妄想に過ぎないから。」

本鍛冶茜が口を挟んできた。「私の妄想じゃないから。」

(いつまでも、同じこと繰り返すな! しかたがない、)

「では、茜先生は、ご自身の話が妄想じゃないって、わたしたちに、ここで立証できます?」

(“茜先生”って呼んじゃったよ。まあいいか。)珠理は、話を続けた、

「わたしも“科学的に証明せよ!”なんて無茶なことは言いません。でも現時点では、茜先生のお話が事実であることを立証する方法すらありませんよねえ。

たとえば、送札[おくりふだ]についていえば、表の公園にいる人、十人くらい捕まえてきて、送札で殺しでもしない限り、立証は不可能です。が、そんなこと出来ませんよねえ。

また、確か、ある程度の年齢になると、それ以上は老けないという話もありましたが、それも、今ここで私たちに立証することはできませんよねえ。

それと、過去からの転生者という話にしても、今の時代、過去のいろいろな情報を事前に集めることが出来てしまうので、立証不可能です。仮に、未来からの転生者というのであれば、立証可能かもしれませんが…。

というと、わたしも否定的な立場にあると思われちゃうかもしれませんが、実は、現代科学においても、立証されていないことは、いくらでもあるんです。ですから、“立証できないから正しくない”とは思っていません。」

そのとき、笠部蘭子が割り込んできた。「ねえ、モッチーは、おばあちゃんにならないの?」

本鍛冶茜が応えた。「ううん、六十歳頃になると、それ以上は、老けなくなるの。大きな病気や怪我などをしなければ、お年寄りのまま生き続けることができるの。」

珠理も割り込む。「その不老について言えば、不老になって以降ならば、医学的、生理学的に立証は可能かもしれません。ただし、四十年くらい先の話になりますけど…。」

笠部蘭子が「へえ、面白いね。そういう設定なんだ。」というと、当然、本鍛冶茜が「私の妄想じゃないから。」と返す。

「はいはい。もう、そういうやりとり、飽きた。」と、珠理。そして、「では、お話をお聞きしましょうか。たとえば、茜先生は、こっちの世界にやってきて、覚醒した時のことって覚えてます?」と、やっと、本筋の話に入った。

本鍛冶茜は、少し考え込んで、「カサピーは、覚えてる?」と、笠部蘭子へ話を向けた。すると、笠部蘭子は「幼稚園の時のアレだよね。モッチーが救急車で運ばれた。」

珠理は、笠部蘭子に「“カサブ蘭花”さんから見て、救急車で運ばれる前と後の違いって分かりました?」

笠部蘭子は少し考えて、「当時、私、今ほどモッチーと親しくなかったので、わかりません。」との答え。

「では、当事者である茜先生はどうでした? 覚醒時に、二人の人格とか記憶とかが混ざり合うと思うのですが、そういうのってわかりました?」

「たぶん、当時はいろいろあったと思うけど、もう、忘れちゃったよ。」と、本鍛冶茜。使えない子である。でも、珠理は、質問を続けた、

「では、前世で死ぬ瞬間って、どんな感じでした?」

「ああ、それは、意外なほど気持ちよかった。」と、本鍛冶茜。

「やっぱり。」と、珠理。そして、話を続けた。「父に聞いたんですけど。脳が機能を停止する直前、脳内にある、ありったけの快感物質を放出するそうなんです。だから、脳が木っ端みじんにでもなっていない限り、死ぬ時って幸せらしいんですよ。どんな悲惨な死に方であっても。」

二人して仲良く、「へえ。」

「ホントがどうかは知りませんよ。わたし、死んだことありませんから。」と、珠理。一同、笑い。そして、話を続けた。「それで、場所はどこだったんですか? 死んじゃった時の場所。」

「あっ、それははっきり覚えてる。もと終[しまい]があった地、その当時は、日国[ひつくに]派の小国になっていたけど。」と、本鍛冶茜。

初めて聞く言葉があったので、珠理が「“ヒツクニハ”ってなんです?」と、本鍛冶茜に訊きながら、ショルダーバッグの中から、ノートとボールペンを出しはじめた。

すると、笠部蘭子が、「あのう“モトシマイガアッタチ”とは何ですか?」と、もっともな質問。

「“代理さん”。やっぱり、話を遡るよりも、古い話から順番にしていった方が、説明が楽だよ。」と、本鍛冶茜。珠理は、

「でも、古い話、ちゃんと思い出せます? わたしは、記憶の確かなところから話してもらいながら、古い記憶を呼び戻してもらおうと思って、この方法を採ったんですけど。」

「そうか、そうだよね。でも、やっぱり、古い方から順に話したい。」と、意外と頑固な本鍛冶茜。

「わかりました。茜先生が、お話ししやすいようにお願いします。それではまず、前世でのもっとも古い記憶って何です?」と珠理。

「今思い出しても、とっても不思議なんだけど。」と、前置きし、本鍛冶茜が語り出した。

「私、立ってた。背後に気配があって見回すと、両脇に何人かの男性の老人がやはり立ってた。自分の両手を見ると、皺があって、私も老人なんだなあと思った。それと、なによりも特徴的だったのが、その男性達、頭の周りが赤く光っていたの。そして、私の背後には、大きな岩があった。」

そのとき、珠理が何か話し出そうとすると、本鍛冶茜は、それを掌で制し、話を続けた。

「この時点で、私が分かっていたことは、三つ。一つは、私たちが、この背後にある大きな岩によって、ここへ送られてきたこと。もう一つは、この大きな岩を使い、必要な物を取り寄せられること。そして、最後の一つは、私たちは、もうこれ以上老いないこと。それと、あえて加えるなら、この大きな岩からは取り寄せられない物を得るための方法があることだった。ただし、その方法は後に禁制となりましたが…。」

本鍛冶茜は、ここでいったん話を止め、珠理を促した。そこで、珠理は、

「やって来た時の服装はどんなでした?」

「“代理クン”、それ、とても良い質問です。」珠理は、茜先生にほめられた。

「今思うと、とても不思議なんだけど、私は、浴衣[ゆかた]の様な合わせを着ていた。下着も着けていて、下はお祭りのパッチみたいなもの穿き。上は腹巻きみたいな物を巻いていた。そして、靴も履いていた。草履[ぞうり]とかサンダルではなく、踵[かかと]がちゃんと納まる靴。」

そこまで語ったところで、今までずっと聞き役だった笠部蘭子が、登場。

「でも、それって教科書に描かれている服装とは、まったく違いますけど。時代は、いつごろなのですか?」

「カサピーさん、それも良い質問です。こちらに転生してきてから分かったことですが、私たちが、大きな岩から現れたのは、縄文時代に該当します。さらに詳しくいうと、私たちがやってきた地は、火山灰で覆われていました。たぶん、鬼界アカホヤ火山灰層だと思われます。つまり、約7,300年前から弥生時代が始まるまでの間のいつかと考えてよいと思います。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「先生、それだと幅四千年以上あります。もっと、限定できませんか?」

「当時のわたしたちには、歳を取るとか、歳月を重ねるといった概念がなかったので、年単位での暦も持ってなかったの。つまり、“十年一日”どころか“百年一日”の生活をしていたわけ。したがって、これ以上詳しくはわかりません。」と、本鍛冶茜。そして、話を戻した。

「話を大きな岩から現れたところに戻します。わたしの大きな岩の周りには、合わせて十五人の老人の男女がいた。そして、そういった大きな岩が、近くに、別に二つあった。つまり、当初は、合計四十五人の老人の男女がいたわけ。三つの岩は、」といって、本鍛冶茜はノートにボールペンで“∵”を書いた。そして「当初は、こんな配置になっていた。下の岩が、私が現れた岩。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「なぜ、そっちが下だとわかったのでしょうか? それと、他の岩が“近くに”あったということですが、どの程度の距離だったのでしょうか?」

「それは、日が当たっている方を上と考えたから。つまり、上が南、下が北ということ。それと、岩と岩との距離だけど、岩の方向に向かって大声で呼べば、なんとか聞こえるほどの距離だった。こちらに来てからの感覚では、直線の百メートル走のゴールよりもずっと遠く。でも、このマンションの前の道で、公園にかかっている部分が四、五百メートルぐらいあるけど、そこまでは遠くなかった。」

本鍛冶茜は、ここまで話して、ちょっと困った顔をした。そして、

「これは、私たちが、岩から現れた時から、ずっと後。私が、あちらからこちらへ飛んでくる時のことなんだけど、三つあった岩のうち、残っていたのは、一つだけだった。それも、元あった場所とは、まったく違うところにあったの。なぜ、そんなところに移動したのか、誰も説明してくれなかったし、私も聞いている時間がなかったので、…。」

「はい、先生。」と、珠理。「はい、“代理クン”。」と、本鍛冶茜。

「岩は、そんなに頻繁に移動させるものなのですか? それと、岩には個々に名前はなかったのですか?」と、珠理。

「それも、いい質問です。答えが簡単な方からお答えします。岩には個別の名称はありませんでした。が、普段は“舟[ふね]”と呼んでいました。

次に、私が、岩のそばで、“百年一日”の生活を送っていた当時、岩を動かしたのは一度だけ。岩同士が離れているとなにかと不便と言うことで、近くに寄せようと考えたの。ところが、いざ寄せてみたら、岩が機能しなくなった。そのことから、最初の並び位置や岩と岩の間隔に、重要な意味があったことがわかったわけ。

ところが、先ほどもお話ししたように、私が、あちらを飛んだ当時、三つの岩は、最初の並び位置でもなく、岩と岩の間隔も、たぶん大きくなっていたはず。そのような状態で、岩が機能していたかどうかは、まったく不明です。」

しばらくのあいだ聞き役だった笠部蘭子が、再び登場。

「今までの話の流れから推測すると、モッチー先生が、“岩が機能する”というのは、“岩から物が出せる”ことだと思うのですが、それで間違いありませんか? それと、私の推測が正しいのならば、どんなものをどうやって出したのかを教えて下さい。」

「カサピーさん、その推測は正しいです。それと、それはとても良い質問です。結論からお話しすると、岩の表面に欲しい物を札絵[ふだえ]で描くのです。それだけです。すると、岩の周囲に実物が現れ、それと同時に、描いた札絵が消えるのです。

私たちは、当初、生活に必要な物、つまり、衣、食、住を岩から出しました。着る物も季節に応じて変える必要があります。また、狩猟採集だけでは、とても全員分の食料には足りません。さらに、住む場所などを作るための工具も必要です。そういった必要な物を、当初は、全て岩から出していたのです。」

そこまで聞き終わると、笠部蘭子は、さらに、

「モッチー先生は、ここまで、“当初は”という表現を何度が使われていますが、時代が下ると状況が変わったということだと思います。では、なにがどう変わって、どうなったのでしょうか?」

「説明し出すとかなり長くなってしまうので、端的に、お答えします。まず、私たち四十五名のグループと同様なグループが三つ、私たち以前に、やってきていたのです。彼らとの交流が始まると、まあ、先輩からいろいろ教わったということです。

ちなみに、各グループには、識別名がありました。聞くところによると、最初にやって来たグループが起[おこり]、次が次手[つぎて]、三番目が三次[みつぎ]、そして、四番目で最後が、私たちのグループ、終[しまい]です。」

本鍛冶茜はノートに「起」「次手」「三次」「終」と書き、話を続けた。

「次に、だいぶ間隔は開いていたと思いますが、異民族との交流が始まりました。異民族は、大きく分けて、三種類です。海辺で漁労を営む者たち。平野で農耕を営む者たち。そして、山間で鍛冶を生業とする者たちです。彼らは、私たちとは異なり、明確な時間軸を持っていました。つまり、歳を取っていけば、いずれ死ぬ者たちです。彼らとの交流によって、私たちも年数というものを意識するようになったのです。」

珠理には、本鍛冶茜の頭上に「!」が見えたような気がした。なにかに気付いたようで、話をつづけた。

「三種の異民族のうち、海辺で生活していた人達は、まさに、教科書に描かれているような、貫頭衣に裸足という出で立ちでした。でも、これって、貧しいからとか、物がないからじゃないんです。まず、貫頭衣は、脱ぎ着しやすいように。なにしろしょっちゅう海に入らなければなりませんから。それに裸足なのは、何か履いていたら、波にもってかれちゃいますから。つまり、彼らの生活環境では、理にかなった、非常に合理的な装束なのです。

それと、この者たちには、見た目に大きな特徴がありました。それは、顔や体に入れ墨を施していたのです。…」

「はい、先生!」と、笠部蘭子が割り込んでいた。そして、指名を待たず、話し出した。

「それって、『魏志倭人伝』に記されている倭人、そのままではないですか。オリジナリティが無いと思いますが…。」

すかさず、本鍛冶茜が、いつものように「私の妄…」と言ったところで止め、反論をはじめた。

「彼らは、倭人ではありません。というか、彼らは、自らを倭人とは名乗っていませんでした。彼らの長[おさ]は、海王[わたつきみ]と呼ばれ、彼が治めている国が海国[わたつくに]。その中心都市が、海都[わたつみやこ]です。」

本鍛冶茜は、話しながら、ノートに「海王」「海国」「海都」と書いた。そして、さらに話を続けた。

「それと、彼らに限らず、私たちもでしたが、本来自称はありませんでした。他称が後に自称扱いになることはありましたが。たとえば、私たちのことを、他の民族は“先人[さきと]”とか“前人[まえと]”と呼んでいました。つまり、先住民という意味です。この呼び名が浸透してからは、私たちが自己紹介する時に、『我々は、先人[さきと]の者だが』って言った方が、話が伝わりやすいんです。同様に、海辺で生活していた彼らも、『海国の者だが』というように、自称するのが常でした。」

本鍛冶茜はノートに「先人」「前人」と書いた。笠部蘭子は、「そう来たか。」という顔をしている。そんな顔にも気付かず、本鍛冶茜は、話を続けた。

「ついでなので、他の二つの異民族の話もしておきます。まずは、平野で農耕を生業としていたのは、日王[ひつきみ]を長とする日国[ひつくに]の人々で、中心都市を川都[かわつみやこ]といい、私もそこで長い間暮らしていました。通称、日国文字と呼ばれる独自の文字を使っています。

それと、話が前後してしまいますが、海国の者たちはもともと文字は持っていませんでした。のちに、他民族と交流する中で、文字を使うようになったのです。したがって、海王、海国、海都といった表記は、日国[ひつくに]の者によって始められたと思われます。

また、山間部には、竜王[りゅうおう]を長とする竜国[りゅうこく]があり、その中心都市が森都[もりつみやこ]。竜国の人々の多くが工人で、老若男女を問わず手甲[てっこう]を着ける習わしがあるそうです。古くは、通称、竜国文字と呼ばれる独自の文字を使っていたそうです。

この三つの大国が、周辺の中国[ちゅうこく]、小国[しょうこく]を抱き込んで、派閥を形成していました。それぞれ、海国派、日国派、竜国派と呼ばれ、宗主国への納税が義務づけられていたそうです。ちなみに、これら三派閥に属さない、小国も少数ですが存在するそうです。」

話に一区切りが着いたようだ。本鍛冶茜は、話をしながら、ノートにたくさんのキーワードを書いていった。そのほとんどが、珠理にとって、初めて見るものだった。

「ちょっと、休憩しましょう。」と、珠理。あとの二人は、大きく息をした。

(そりゃあ、疲れるわ。)

【続く】

[034]現代編 第二十四回  珠理×電顕部

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第二十四回  珠理×電顕部

1989年(平成元年)6月14日(水曜日)。梅雨だというのに、日差しが強い。昨日の蒸し暑さはおさまったものの、天気予報によれば、今日は、一日中晴れるそうだ。家を出る時、万一のことを考え、サンプルを持って逃げ出せるようにと、もっとも走りやすい靴を選んできた。

電顕部[でんけんぶ]のカスヤ氏に初めて会ったのが、六月一日(木曜日)。約二週間が経っている。その間、珠理[じゅり]も、電子顕微鏡の種類や仕組みなどを図書館で一通り調べてみた。でも、こんなモノを自作するって、いったい、どんな連中なのだろう。


四限終わりに、「白先輩[しろせんぱい]」をサークル室に迎えに行く。

「白先輩、お迎えに参りました。」とサークル室の中に声をかけながら、ドアを開ける。中では、幹事長の「白先輩」と会計のギーさんが、話し合いの真っ最中であった。「白先輩」は、珠理との約束を完全に忘れていたらしく、

「あっ、そうか…。」と応え、「ごめん。あと五分待ってて。」と言い、話し合いを続けた。

手持ちぶさたな珠理は、聞くとはなしに、二人の話を聞いていると、どうも予算会議らしい。今年の夏合宿のメンバー負担額が大きすぎて、参加できない者が多くなるとかそんな内容のようだ。「消費税三パーセントが諸悪の根源!」とか言っている。二年生の分際で、出過ぎたまねとは思ったが、右手を大きく挙手し、「はい!」と発言の機会を求めた。

珠理の声に、「白先輩」とギーさんが、一瞬ビクッとしたが、

「何か、僕たちに話があるならどうぞ。」と「白先輩」。

「結論から言います。今年の夏合宿、昨年と同じく、蒲池先輩のご実家を拠点とされてはいかがでしょう。」

二人は黙し、珠理の続きを待っている。

「緊急召集(6月5日(月曜日))の時、GW(ゴールデンウイーク)に、蒲池先輩のご実家に伺った話をしましたが、GWにも関わらず、泊まり客がほとんどいませんでした。これも、その時しなかった話ですが、あの事件を担当した警察官によると、あの種の事件は、あの管内では過去二十年間なかったそうなのです。

もし、夏になっても、泊まり客が少ないようなら、景気づけに、みんなして泊まりに行きませんか?って、話です。場合によっては、貸し切って、その分安くしてもらうっていう手をあるかもしれませんし…。」

「夏合宿はサークルの公式行事だから、大学的にどうなんだろう?」と、「白先輩」。

それに対し、ギーさんが、「そりゃ、蒲池さんのご実家というのを前面にだしたら、クレイムが来るかもしれないけど、単に屋号だけならわかんないんじゃないの?」

「でもさ、殺人事件の容疑者だったんだよねえ…。」と、「白先輩」。

(ああ、相変わらず、ケツの穴のちっさいヤツだなあ。)

「死んでしまえば、皆、仏様です。南無[なむ]…。(合掌)」と、科学者のタマゴらしからぬ言葉で、珠理は、むりやりオチをつけた。

ギーさんだけが、キャッキャと笑っている。

実は、珠理には、一つの魂胆があった。それは、「のっぽさん」のご実家に、あの怪しい老人こと、終上[しまいのかみ]の遺骨や、まだ警察署に残っているらしい遺品を貰い受けさせ、それをこそっと見せて貰おうと企んでいるのである。加害者と思われる者の遺族が、被害者の遺骨などを貰い受けられるのかどうかは、知らないが…。


「白先輩」は、“五分”と言っていたが、結局、珠理は、十五分ほど待たされた。その後、「白先輩」と一緒に、例の備品倉庫へ向かったが、空っぽだった。どうもここは何かの隠し場所だったらしい。

「白先輩」は、予期していたらしく、特に驚いた様子もなく、三号館のほうを指さし、「あっち、行こう。」といい、歩き出した。


最終的に着いたのは、三号館二階の「3-208」、宇宙理論研究室、主[あるじ]の名を採って、通称「首藤研」の前だった。ちなみに、ここに至るまで、四つの研究室を覗いている。

ノックをすると、中から「今、先生は、留守でえす。」の声。「白先輩」は、なんの躊躇もなく、ドアを開けた。珠理は、珠理よりも小柄な「白先輩」と半開きのドアの陰に隠れている。何かあったら、走って逃げ出せるようにだ。

すると、研究室の中から「白先輩」を見た者が、「カメさん、お久しぶりです。」「よお、カメちゃん。」と、声をかけてきた。

(「白先輩」はここでは「カメ」さんなのか?)

気配から、研究室の中には、かなりの人数がいるようだ。「白先輩」は、それらの声には、応ぜず、

「カスヤ、来てる?」と、カスヤ氏の所在を問うた。

すると、「オオ。」という声。「白先輩」は、声がした方に向かって、

「この前、話したサンプルなんだけど、見てもらえないかなあ?」

「ええと、モノ見てみないと分からないけど…」と言いながら、カスヤ氏がドアの近くへやってきた。ドア陰にいた、珠理と目が合った。互いに目で挨拶を交わした。

ちなみに、カスヤ氏は、なんと、白衣を着ていた。それも相当着熟[きこな]れた白衣だった。中身はともかく、その白衣自体は、珠理好みである。

カスヤ氏が、「…たしか、“看板王子”の…」と言ったところで、まだ研究室に入ってもいない珠理は、「白先輩」の頭越えにカスヤ氏を睨んだ。そしたら、「“看板王子”さんのサンプルでしたよねえ。」と言い直した。

(それなら、許す。)

“看板王子”という言葉に、今度は研究室の中が反応した。珠理は、研究室の人達の前に、その姿を初めてさらした。

研究室にいた人達の多くが、店で何度か見た顔だった。そりゃそうだ、もうすでに、一年以上バイトしてるんだから。でも、彼らの珠理を見る表情は様々だった。ちなみに、ざっと見た限り、女子はいない。

そこで、「お店では、いつもお世話になってまあす。」と営業スマイルで、挨拶した。すると、「本物?本物?」「なんで。なんで。」と混乱する者たち。「ウォオ。ウォオ。」と奇声を発する者たち。むせて咳き込む者たちなど、小パニックとなった。そんな中、珠理は、笑顔を崩さず、愛想を振りまいていた。そして、わたしも、人として随分と熟[こな]れたなあと思った。

そんな一騒動が終わり、珠理も研究室に入り、ドアを閉めた。中を見渡すと、少々違和感が。まず一つ目は、珠理にずうっと背を向け、屈んで作業をしている男子がいた。なんと、クラスメイトで「超常現象研究会」のメンバーでもある「子分二号」(珠理命名)だった。さっそく、「白先輩」に、ご注進。

「ここに、あたしの『子分二号』がいるんですけど、サークルの掛け持ちって禁止されてたんじゃなかったでしたっけ?」

「白先輩」は、すでに「子分二号」の存在を知っていたようで、「ううん。この非公認サークルだからOK。公認サークルの掛け持ち、それも役員は兼任禁止なだけだから。」

その言葉を聞いて、やっとこっちを向いた「子分二号」だった。

そしてもう一つの違和感が、スーツ姿にネクタイを締めた、どう見ても、学生に見えない男性一人の存在。もちろん、就活のため、そんな姿の学生がいても不思議ではない。しかし、この時期だと明らかにフライングだし、学生の着こなしにも見えない。

そこで、カスヤ氏に、それとなくその男性の素性を訊ねたところ、「知らない。」という。ただし、「顔は以前見たことがあるので、OBではないか?」とのこと。「白先輩」ももちろん、知らなかった。ついでなので、「子分二号」にもきいたが、やはり知らなかった。

そして、なんやかやあって分かったことが二つ。カスヤ氏が三年生で、電顕部のリーダー格であること。そして、カスヤ氏着用の白衣は、リーダーによって代々受け継がれたものであることだった。


やっと本題である。珠理は、「サンプルとして持ってきたモノが二つあります。」と言って、ショルダーバッグの中から、まず、レポート用紙でぐるぐる巻きにした竹簡ぽいヤツを出した。それを見た、一人が、「わあ、レポート用紙とは、ザンシーン!」と声を挙げた。

(わたしも、そう思う。)

「これ、とある方から譲り受けたモノで、なんでも千年以上も前のモノなのだそうです。」と珠理が言ったら、あちこちから、笑い声が。

(そりゃそうだ。わたしだって、経緯を知らなかったら、そう思う。)

「わたし、これ、すでに手で触っちゃってますんで、」と断ってから手に持ち、「これ光沢があるんです。表面を樹脂加工されているようで。でも、導通がありました。ちなみに、家のテスターで計ったら、抵抗値はゼロΩ[オーム]でした。」

それを聞いた一人の学生が、「ちょっと、それホントかよ…。」といって人混みの中から、珠理の前にしゃしゃり出てきた。そして、「ちょっと御免。」といって、珠理の手から、竹簡ぽいヤツを取り上げた。続いて、両端をつまんで、折り曲げようとした。すかさず、「折らないで!」と一声かける珠理。わかってるよ!という目で、珠理を見た後「弾性もあるんだ。」と言いながら、「こっちでも確認させてもらうよ。」といって、何か小型の計測器の方に行ってしまった。そして、「ホントだ、電気抵抗がない!こんなの見るの初めてだ。」と声を挙げた。

(ヤバイ!)

珠理は焦った。その学生の側に駆け寄り、「ここでは、非破壊検査はむりそうなので、他にお願いすることにしまあす。」といって、竹簡ぽいヤツを奪い返し、レポート用紙でくるくるっと巻いて、バッグの中へ。当然のことながら、研究室内は、ざわざわし続けている。

それよりも珠理が気になったのが、“スーツ男”である。珠理たちの一連のやり取りの中、手帳のようなものになにやら一生懸命書き込んでいた。そこで、珠理は、研究室内の混乱を無視し、“スーツ男”の元へ。そして、

「OBの方とお見受けしましたが。お名刺、頂けますか?」と声をかけた。すると、“スーツ男”は、手帳のようなものを素早く閉じ、

「ごめん。今、名刺、切らしているんで。」といい、続いて腕時計を見、「もう、こんな時間か。」と猿芝居。「じゃあ、失礼するよ。」といって、さっさと研究室を出て行ってしまった。

“スーツ男”が出て行ったドアの方を見ながら、珠理がひとこと。

「アイツ、スパイだったみたいですね。目的はわかりませんが…。」

その言葉に、研究室内は、ふたたび小パニックとなった。が、その混乱状態を鎮めたのは、なんと「白先輩」だった。

「スパイはないなあ。たぶん、スカウトだと思う。いわゆる“青田買い[あおたがい]”だね。」

研究室のあちこちから、安堵の声。そして、カスヤ氏が、

「サンプル二つあるって言ってたよなあ?」

正直、珠理は、もう何も出したくなかった。そんな気持ちも知らずに、「白先輩」が、

「そうそう、竹簡を縛っていた紐があるんだって。」と、ネタばらし。

(出したくないけど、出すか。)

珠理は、バッグの中から、レポート用紙で作った薬包を出した。そして、レポート用紙を広げながら、

「見た目、炭素繊維のようです。表面には、導通はありませんでしたが、切り口にはありました。たぶん、繊維の一本一本がコーティングされているのかもしれません。」

といいながら、レポート用紙ごと、カスヤ氏に渡した。すると、カスヤ氏は、

「炭素繊維、詳しいヤツいたよなあ。」と後方の人だまりに声を掛けると、「ううす。」と返事が。現れたのは、中学生のような童顔の男子だった。その男子は、「ちょっと、拝見。」と言うと、光学顕微鏡の接眼レンズのようなものを片目に挟み、“紐”を受け取り、観察し始めた。

そして、ひとこと「なんだこれ。」

(またしても、聞きたくない言葉が…。)

続いて、「カスヤさん、汚してもいいセム、もってましたよねえ。あれで、見てみましょうか。」と。
※セム(SEM):走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope)。広範囲に焦点の合った立体的な像を得ることができる。表面が絶縁体だと下処理が必要になる。なお、低真空モードが装備されていれば、下処理は不要になるが、検出能は落ちる。


さらに続けて、「首藤研[ココ]のパソコンに繋げば、すぐ見れますよねえ。」と。その言葉でスイッチが入ったのか、何人かが一斉に動き出した。皆、やたらと手際がいい。珠理も「白先輩」も、完全に置いてけぼりである。

そんな中、「あれっ、カスヤさんのセムって、最近、低真空モードつけましたよねえ?」という声が、どこからか。

「うん、だから、下処理なしで、サンプル、そのままプレパラートにしてかまわないから。」とカスヤ氏。それに呼応して「うぃいす。」の声が、どこからか。

さらに、「カスヤさん、よく、パソコンにつながるセムなんて考え出しましたよね。」の声が、どこからか。

それに応える形でカスヤ氏が語り始めた。

「前にも何度か話したことだけど、新顔も何人かいるみたいなので、改めて話しておくけど、手を休めずに聞いてくれ。

まず、パソコンとセムを繋げるっていうのは、僕のアイデアじゃないんだ。電顕部に以前、すごく顔の広いというか他校の情報に通じているというか、そんな先輩がいたんだ。確か、留年を繰り返した末に昨年度でクビになったんじゃなかったっけかな。

僕がまだ一年だった頃、つまり二年前な。その先輩が、とある大学に、なんでもかんでもパソコンというか、この通称“国民機”に繋げてしまう女子がいるっていう話をもってきたんだ。最初は、冗談だと思ったね。だって、理学部の化学[ばけがく]だって言うしさ。そんな子が、ハード(=ハードウェア)に詳しいなんてイメージ持てなかったんだよ。

ところが、僕と同じ高校から、その大学に入った二個上の先輩がいてさあ、こんな噂、聞いたんですけど、真相はどうなんですか?って、きいたら、なんと、事実だったんだ。その先輩によると、当時三年で同学年。先輩は工学部だったけど、先輩に言わせると工学部、理学部合わせても、一番カワイイ女子だったそうだ。

ただ、直接会うのは、いろいろ事情があって難しいようだけど、パソコン通信やっているから、そっちからアプローチしてみてはどうかっていう話になった。

調べてみると、“国民機”関連のフォーラムじゃあ、かなり有名なメンバーのようで、なぜか、男の振りをしていた。女だとなめられるって思っていたのかもしれない。

早速、電子メールで『自作の走査型電子顕微鏡と“国民機”を繋げることはできますか。』って、問い合わせたら。翌々日には、GIF[ジフ]で図面が送られてきて、『こういう構成にすれば、可能です。』って書いてあった。その後もやり取りを繰り返し、なんとか動くモノが出来上がったのが、約半年後。

たださあ、何がすごいって、GIFでインタフェイスの回路図が送られてきた時、電子メール本文には、部品一つ一つについて、アキバ(=秋葉原)のどこどこでは幾ら位で売っているとか、もし売ってなかったら代用品としてこれを使えとか、ギッシリ書いてあったんだ。ここまで詳しい人って、うちの大学にも何人もいないよ。たぶん。
※当時のJIS規格では、-er -or には、おおむね長音記号「ー」を用いないルールになっていた。そのため、技術者は、「ユーザ」「インタネット」「サーバ」などと表記していた。ここの「インタフェイス」もそのルールに基づいている。


ところが。ところがなんだよ、その人、去年の秋に、パソコン通信を突然やめちゃったんだよ。そこで、さっき言った、高校の先輩に聞いてみたら、なんと、その人、亡くなってたんだ。」

カスヤ氏の話の最中に、準備はすでに終わっていたようだ。カスヤ氏は、すでに起動しているパソコンに向かい、セムを制御するプログラムを起動した。画面には、「SEM Asisted Remotable Interface 4」と表示され、キーの入力待ちになっている。

カスヤ氏は、話を続けた。

「このプログラムもその人が作ってくれた。プログラムソースもくれた。自由に書き換えていいって。ただ、プログラム名だけは変えないでくれって。でも、ヘンな名前だろ。意味不明だし。でもさ、これって、頭文字を拾うと、“SARI4”になるんだよ。たぶん、“サリ”って、あの人の愛称だったんじゃないかなあ。終わりの“4”は、四番目に作った制御プログラムの意味だと思う。

実際には、一度も会ったこと無かったし、顔すら知らないけど。きっと、この“サリ”さんってさあ、…。」

カスヤ氏は、言葉を詰まらせた。ぐっと、嗚咽を堪えている。それにつられたのか、人混みの中からは、すすり泣く声も聞こえる。

珠理は、それどころではなかった。どう考えても、この制御システムを考えたというか設計したのは、うちの母と姉の沙理[さり]だ。つまり、電顕部[でんけんぶ]に頼まなくても、我が家で、この竹簡ぽいヤツの正体を知ることができたのではあるまいか。

(クソッ、しくじった。)

カスヤ氏は、“SARI4”で、自作セムをコントロールし始めた。ほどなくして、パソコンのディスプレイに画像が表示された。カスヤ氏は、それを見ながら、

「低真空モードだと、倍率はこれが限界かなあ。」

さきほどの炭素繊維に詳しいヤツが、

「これって人工物ですよねえ。でも、どうやって作ったんだろう。製法が思いつかない…。」

と、また、面倒くさいことを言い出した。これ以上、面倒くさいことになる前に、サンプルを回収しようと、珠理は、唐突に、

「はあい。お時間でえす。サンプルを回収しまあす。ほら、さっさとサンプル、返してください!」

と、わけのわからないことを言い出した。すると、カスヤ氏が、「ええ。これくれるんじゃないの?」と。当然、珠理は、

「あげません! これは、亡くなられた方が、大切にされていたものです。長い時間電子線なんて当ててたら、バチ当たりますよ! 呪われますよ! 祟られますよ!」と、本日二度目の科学者のタマゴらしからぬお言葉。

珠理の訳の分からない威圧に負け、カスヤ氏は、サンプルを返してくれた。

サンプル回収が無事完了すると、この研究室に入ってきた時と同様の営業スマイルで、カスヤ氏およびその他諸々に礼を言うとともに、別れの挨拶をし、「白先輩」を残し、珠理は、さっさと廊下に出た。

そして、小走りで廊下を抜け、階段を下り、三号館を出た。年間で一番日の長い時分だが、そろそろ日没のようだ。バイトには行かず、このまま家に帰ることにした。母に、いろいろ聞きたいこともあるし。


校門を出、駅に向かう大学脇の道を早足で歩いていたら、当然声を掛けられた。

「君、『首藤研』にいた子だよね。ちょっと、話、聞かせて欲しいんだけど。」

さっきの“スーツ男”だった。

「はあ、わたし、今、急いでるんで。」

「ちょっと待って。さっきのサンプルだけど、入手先、教えてもらえない。」

同じようなやり取りが、その後も、何度か続いた。

「急いでるんです!!」というと、小走りになった。

“スーツ男”は、歩を早め、珠理の前に回り込んできた。

「!」(こいつ、なに考えてるんだ!)

珠理が、距離を取るために、一歩後ずさりすると、“スーツ男”は、珠理の左肩に掛けているショルダーバッグの肩紐を右手で掴んできた。

「!!」(こいつ、なに考えてるんだ!!)

珠理は、反射的に、左手でバッグ本体を持ち、左の腰を後ろにひねった。と同時に、左足に重心を乗せた。

“スーツ男”は、珠理の動きが、バッグを顔にぶつけてくるためのバックスイングだと思ったらしく、空いていた左手で顔をガードした。

その直後、“スーツ男”は「グフッ。」ともらした。珠理の右足が、腹にトーキック気味に突き刺さっている。間合いが近すぎたのか、意表を突く程度の効果しか与えていないようだ。“スーツ男”はまだ、バッグの肩紐から手を離さない。

ただ、この一撃で、“スーツ男”の腰が引けた。珠理は、間髪を入れずに、立て続けにあと二発、前蹴りを腹に喰らわした。この二発は、しっかり体重が乗った二発だ。さすがの“スーツ男”も、肩紐から手を離し、膝から崩れ落ちた。

珠理は、さあ、逃げようと思ったところ、“スーツ男”はうめきながら顔を上げ、「き、君…。」と声を発した。珠理は、こいつまだ動けるのかよと思った。そして、珠理に向けた顔面を靴の裏で強く押した。“スーツ男”は、大きく仰け反ったが、その反動で、イヤな音を立てて、俯せに倒れた。当分動きそうになさそうだ。周りを見回したが、通行人は見当たらない。珠理は、さっさと逃げた。もちろん、明らかな過剰防衛である。


家に帰ると、さっそく“スーツ男”の話を母にした。そしたら、父が、飛んできて、「今晩から、トレーニングだ!」と面倒くさいことを言い出した。結局、それからしばらくの間、父による体術[たいじゅつ]のトレーニングは続いた。

[033]現代編 第二十三回  珠理×牘【下】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第二十三回  珠理×牘【下】

その後も、初めて聞く話が、続いていた。

「話が前後してしまいましたが、私、沙理[さり]は前世では、とあるグループに所属していました。正式名称をコウといいます。漢字で書くと十干[じっかん}の甲乙丙丁の甲です。他にも三つのグループがあり、それぞれ、乙、丙、丁というのが、正式な名称です。

しかし、味気ない名前なので、私の権限で通称を付けました。それは、オコリ、ツギテ、ミツギ、シマイというものです。漢字で書くと、オコリは起点の起。ツギテは次に手足の手。ミツギは漢数字の三に次。シマイはお終いの終です。

各グループには、個性があり、役割も異なるのですが、詳しいことはお話しできません。」

姉というか起上[おこりのかみ]には、どんな権限があったのだろうか。そんな、疑問が吹き飛ぶほどの話が続いていた。

「あなたは知らないかもしれませんが、私たちの母は、子供の頃、近所ではいずれノーベル賞を貰うような科学者になるのではないかと噂されていたそうです。残念ながら、母は、科学者ではなく、教育者となりました。私は、この有様なので、是非、あなたに、我が家を代表してノーベル賞を貰ってほしいのです。

そこで、この牘[とく]の束をあなたに残しました。これには、二十一世紀後半以降にならないと実用化されない技術が、いくつか含まれています。特に、紐の部分に施されている、ナノ物性における発がん性を抑えるコーティング技術は、二十世紀に論文を発表しておけば、いずれノーベル賞が貰えるはずです。」

出た! 姉のバイト先の責任者こと「センセイ」に、この竹簡ぽい冊[さく]というか牘[とく]の束が、怪しいと言われて以来、なんとなく予想はしていたが、やはりそういうことでしたか。ただ、その後に書かれていることが難解すぎる。たぶん、数式や化学式や化学反応式だとは思うのだけれど、正確に復元できる自信がない。そこで、ANKへの変換のみにとどめた。なにしろ、化学反応式の「→」を「ミキ゛ヤシ゛ルシ」とか、数式内の「γ」を「コモシ゛カ゛ンマ」とか書いてるし。こんなのわたしの手に負えない。

その後も、そんな記述がしばらく続いた。このまま終わるのかと思ったら、読める文章に戻った。

「以上が、あなたに伝えたい、情報です。ただ、これを読んでいるあなたが、今どんな状況にあるのか、私には想像できません。物理学は続けていますか? 博士号の一つくらいは取りましたか? 留学はしましたか? 結婚は? 子供は? もし、子供がいるのなら、沙理という素敵な伯母さんがいたことを話してあげてくださいね。」

クソッ、泣かせやがる。

「それと、もし、技術的な情報があなたでは消化しきれない場合は、私が厄介になっていたアルバイト先の責任者に相談してみてください。彼女は、この牘の束の冒頭で紹介した話に登場する女性です。ちなみに、彼女は、私がシマイと名付けたグループのメンバーの一人で、そちらに転生した者です。もしかすると、見た目はあなたよりも若いかもしれませんが、中身は、おばちゃんです。」

なんだよ。姉は、答えを全部書いておいてくれてたんだ。もっと早く、解読すべきだった…。

「あと、これは書くべきかどうか迷ったのですが、私と同時期に、こちらに転生してきた者が複数います。私の情報網に引っかかった者だけでも、すでに八名です。それらの多くは、初めて転生を経験した者たちでした。たぶん、実際には、その倍以上はいると思われます。老婆心ながら、くれぐれも御自重なさいますように。では、さようなら。」

えっ、どういうこと? わたし以外にも、同様の送札[おくりふだ]を持っている者がいるということ? まさか、わたしが、「のっぽさん」みたいな、英雄気取りの人殺しになるなんてことありえないし。意味分からん。

「追伸。途中で、私をこちらに飛ばした送札は、私自身が描いたものだが、誰に頼まれたものか思い出せないと書きましたが、これを書いていたら、思いあたる人物を見つけました。それは、私がシマイと名付けたグループのリーダーで、彼は、自分が描いたことにしたいので、片面描きという注文だったそうです。とはいっても、料理で言うところの下ごしらえはちゃんとしてあります。たとえ片面描きであったとしても他のグループの送札とは、ひと味もふた味も違うのです。」

こんなところに、終上[しまいのかみ]登場。わたしが所有する送札って、そういう由来だったのね。でも、描かれたのはいつなんだろう。姉というか起上[おこりのかみ]が、姫巫女[ひめみこ]にされる前のいつかだろうけど…。

「ついでなので、詳しく書かせていただきます。というのも、メンバーに確認したところ、極秘事項のいくつかが、わたしが現場を離れている間に、すでに公開されていたことがわかったからです。

そのひとつが、オコリの送札の価値を高めるため、オコリで発行される送札は、すべて私が描くというものです。

手順はこうです。他のグループのメンバーが、オコリの誰かに、送札を注文したとします。注文を受けた者は、その場で描くことはせず、まず、私の所にやってきて、どこの誰が、どういった送札を求めているのか報告します。私が、それに応じて、送札を描き、注文を受けた者に譲渡します。そして、注文を受けた者が、注文した者に送札を手渡すと、指定時間に送札が発動すると同時に、いったんその送札はオコリに設置されているメンバー別の保管場所に自動転送されるのです。もちろん、手渡しではなく、譲渡した場合は、その送札が発動しても、送札はオコリの保管場所に戻ってくることはありません。」

なるほどね。これが、姉の財布にあるという、仕掛けに通じるわけか。

「話が前後してしまいますが、四つのグループのメンバーであれば、誰でも送札を描くことは可能です。ただし、オコリ以外の者が描いたものは、指定した通りに動いてくれるかどうかは、運次第なのだそうです。実際、飛んで行ったっきり、戻ってこなかったメンバーが多数いると聞いています。

それらに比べると、オコリの送札は、安心です。というのも、オコリの者には、他のグループの者たちにはできない、詳細な設定が出来るからです。これを裏描きと呼んでいます。あなたから手渡された送札は、片面のみしか描かれていませんでしたが、オコリでは、通常はもう片面も描きます。」

話があっちに行ったり、こっちに行ったりしている。姉らしくない。わたしは、この冊[さく]というか牘[とく]の束を一括して読んでいるけど、姉は、かなりの月日をかけ、書き足し、書き足ししてきたのではないだろうか。

そのため、情報が分散し、明らかに書き漏らしていると思われる事柄もある。たとえば、送札の譲渡と手渡しの違いとか。これって、送札に関するもっとも重要な情報のひとつだと思うんだけど…。

「それと、これを書きながら、思い出したことがあるので、少々書いておきます。あなたは、忘れてしまったと思いますが、私は、あなたの目の前で、送札を描いたことが一度だけあるのです。あのときの私は、興奮状態だったので、もっとも簡単な送札を描きました。それは、その人自身に産まれ直すというものです。ちなみに、覚醒時期の初期設定は、物心つく前なのですが、少しいじっておきました。」

わあ、出た! 無限ループの話だ。

「あの時、私が送札を手渡したのは、少年でした。彼は、落雷にあって死ぬという人生を繰り返し繰り返し生きることになります。それは、あくまでも彼の中のみの話です。彼以外には、まったく影響はありません。

とまあ、長々と書いてきましたが、今書いた話と少々通じる部分もあるのですが、もし、あなたが私に送札を手渡さなかったらどうなっていたのかとか。もし、私が受け取りを拒否したらどうなっていたのかといったことは、考えても無意味です。

私は、あの年の八月以降に、誰かが私に送札を手渡しにくることを事前に聞いていましたし、それが誰であれ、受け取るつもりでいましたから。ただ、十一月というのは、ずいぶん中途半端なタイミングだなあと思ったのと、手渡しに来たのが、実の妹だったのが、予想外だっただけです。

それと、こちらでの私の地位はかなり高いのです。わがまま言い放題です。やりたいことやり放題です。ただ、パソコン通信がないことだけが不満です。そんなわけで、そこそこ楽しく暮らしておりますので、ご心配なく。では、ほんとうに、さようなら。」

と、あるが、まだ続いていた。

「さらに、追伸。ごめんなさい。大事なことを書き漏らしていました。この牘の束を、私は、シマイノカミに託します。なぜなら、彼は、転生するわけにいかないからです。つまり、あなたの時代まで、シマイノカミは、必ず生き続けなければならないのです。

なぜかというと、私がそちらに飛ぶ時に使った送札に、私は、ちょっとした仕掛けを施しておいたからです。それは、オコリという私たちのグループ以外の者が、その送札を使うと、持っている特殊な力を一時的に封印するというものです。

たとえば、私が使った送札を使って、オコリ以外の者が私を追跡してきたとします。そして、いろいろがんばって、私をみつけ出せたとします。そこで、私を送り戻すための送札を描いたとしても、その送札はまったく機能しないのです。ざまあみろです。

このことを知らせた時のシマイノカミの顔をあなたにも見せたかった。苦虫を噛み潰したような顔とは、まさにあのことでしょう。

もちろん、私が使ったのと同じ頃、同じ場所に飛ぶ送札をどこかのだれかが新たに描いて、それを用いるという手もあります。しかし、そんな送札使ったら、とんでもない時代や場所に、飛ばされるのがオチです。やっぱり、ざまあみろです。

さて、どうもこの時代の私は、書き漏らしが多いようです。もしかすると、あなたに、まだお伝えしたいことがみつかるかもしれません。その場合は、別の何かに書くことにします。

それと、この牘の束は、すでにおわかりのように、簡単に読めないように暗号化してあります。さらに、私がそちらを飛ぶより前には、簡単には開封できない仕掛けを施しました。ただ、ここに書いても意味のないことですが、シマイノカミがこの牘の束をあなたに渡すかどうかが、私の最大の心配事です。ということで、これでほんとに、ほんとに、さようならです。」

ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。わたし、勘違いしていた。本鍛冶茜[もとかじ・あかね]から、送札が使えなくなったという話を聞いた時に気がつくべきだった。きっと「のっぽさん」も送札が使えなかったのだ。

珠理は、仕舞ってあった「のっぽさん」の手紙を出した。そして、ある部分を読み返した。

「…その後、東京の大学に通うようになってからも、“終上”にお願い事があるたびに帰省していましたが、…」

そういうことか。「のっぽさん」は、送札が必要になると、終上[しまいのかみ]に描いてもらいに帰省していたのだ。じゃあ、「のっぽさん」が、終上[しまいのかみ]を飛ばしたと思われる送札。そして、「のっぽさん」が飛ぶのに用いた送札。それらは、誰が描いたのだろうか。終上[しまいのかみ]が描いたのか、それとも終上[しまいのかみ]が昔から持っていたものを利用したのだろうか。

それともう一つ。終上[しまいのかみ]は、私にこの牘の束を渡す気があったのだろうか。もしその気があったのなら、二度目に会ったあの時に話がでたはずだ。ということは、終上[しまいのかみ]が、「のっぽさん」に飛ばされたから、私の手元に届いたということ? あるいは、「のっぽさん」が、これを私に渡すために、終上[しまいのかみ]を飛ばした…。

それと、あの警察署長さんによれば、終上[しまいのかみ]の部屋には、これを含め、得体の知れないものがいくつもあったらしい。もしかして、姉が、わたしに宛てたものが他にもあるのか? とはいっても、終上[しまいのかみ]の遺骨と一緒でないと貰い受けできそうもないみたいだけど…。どうする?

あっ、忘れてた。明日、電顕部[でんけんぶ]にサンプル持って行かなきゃならないんだっけ。大丈夫か? 余計なことバレたりしないか? 最悪の場合は、サンプル持って逃げればいいか…。

時計を見ると、すでにずいぶん遅い時間だった。風呂は止めだ。でも、シャワーだけは浴びてこよう。と、思ったあたりで、睡魔に負けた。


寝苦しいので目が覚めたら、机に突っ伏していた。すでに夜は明けている。シャワーを浴びる。髪の毛は、まだ半乾きだ。念入りに日焼け止めを塗る。着替えを済ます。ショルダーバッグにサンプルが入っていることを最終確認。

DK[ダイニングキッチン]では、母が、朝食の準備を始めたところだった。

「おはようございます。」

「おはよう。ずいぶん、早いわね。」

「うん、昨日、夕方のバイトしなかったから、今日は開店から始めようかと思って。」

ちょっと気になっていたことがあったので、母の背中にたずねてみた。

「あのさ、“彼女”が、ノーベル賞取ったら、おかあさんも、うれしい?」

「もちろん。都内で受賞パーティーがあったら、呼んでもらいたいわね。」

「でも、おかあさんも子供の頃は、近所では、ノーベル賞候補だったんでしょ?」

「ははは、そんな噂もあったわねえ。でも、わたし、そんな器[うつわ]じゃないから。」

母は、今朝初めて、珠理の方を向いて、語り出した、

「わたしは、自分が賞をもらうことよりも、ひとりでも多くの子供たちに科学の面白さを知ってもらいたいの。そして、そんな教え子の中から、賞をもらえる科学者が生まれたら、それを私は誇りたいわ。って、話してましたって、カサブ蘭花[らんか]さんには、ちゃんと伝えてね。」

(ああ、面倒くさい人だなあ…。)

[032]現代編 第二十二回  珠理×牘【上】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第二十二回  珠理×牘【上】

1989年(平成元年)6月13日(火曜日)。雨は降っていないものの、梅雨らしいジメっとして空気に包まれたまま、四限まで終わった。さっそく珠理[じゅり]は、サークル室へむかう。「超常現象研究会」は、あの緊急召集を境に、活動を再開している。室内には、三年の「白先輩[しろせんぱい]」(幹事長)と四年の立花[たちばな]先輩(副幹事長)と三年のギーさん(会計)がいた。三役そろい踏みである。

さっそくギーさんに報告。

「昨日の夜、アレ、試してみました。」

「簡単に眠れたでしょ?」

「はい。ビックリするほど。」

「それで、最後に何が見えた?」

「並木道のような。両側に生け垣がある道のような場所に、人がひとり立ってました。たぶん、男の人だと思います。」

「ずいぶん、具体的ね。私の場合は、昨日も話したけど、野原なの。何もない野原。人は出てきたことないなあ。」

「なんの話?」と、女子同士の話にも、お構いなしに食いつく「白先輩」。

「ギーさん、説明よろしく。」と、面倒くさいので、ギーさんに任せる、珠理。

ギーさんは、昨日、珠理にしてくれたのと同じ話を「白先輩」に。もちろん、立花先輩も一緒に聞いている。

話を聞き終わった立花先輩が、「それって、何が見えてるの?」とギーさんに。

ギーさん曰く「夢。」

「白先輩」も、立花先輩も、今晩、試してみるらしい。ギーさんへの報告を終え、サークル室を出ようとしたら、背後から「白先輩」に声をかけられた。

「そうそう、真空ポンプ、直ったらしいよ。」

(なんと!)珠理は、振り向きざまに、

「では、明日、例のブツもって参りますので、よろしくお願いします!」と言い、「白先輩」に右手で敬礼した。そして、“どんな、サークルだよ、ココ。”と自分自身につっこんだ。

そんなやり取りを、丁度、サークル室にやってきたところの、二年女子二人組に見られてしまった。さすがに、恥ずかしい。


今日は、バイトへは行かない。例の竹簡ぽいものの、残りを家で解読するためだ。家に着くと、母はすでに帰宅していた。

「早いわねえ、バイトは?」

「急ぎのレポートがあるんで、今日は休み。」

「ご飯、一緒に食べるんでしょう?」

「うん、出来たら、呼んで。あっ、風呂は寝る前に入る。」

と、母との日常的なやり取りの後、珠理は、自室へ。


珠理が作った札絵[ふだえ]→ANK[アンク]対応表をもとに、一文字一文字変換していく。極めて単純な作業である。それでわかったこと、父をめぐる母ともう一人の女こと、姉のバイト先の責任者こと、「センセイ」との血みどろの三角関係や次々起こる修羅場の数々は、父母が話してくれた、父のアパートにパトカーが三台来た出来事で、唐突に終わっていた。両親の入籍や、その後の通い婚の話。わたしたち姉妹が生まれたあたりの話は、何も書かれていなかった。なぜだろう? と、そのとき、母から呼ばれた。晩ご飯である。


食事後、洗い物をしている父の背中に向かって、

「ねえ、おとうさん。第三曙荘にパトカーが三台来たあと、“彼女”はどうなったの?」

父は、こちらに顔を向けるでもなく、洗い物をしながら、応えた。

「留学した。親が有力者だから、事件はもみ消したそうだけど、さすがに日本に置いとくわけにもいかなかったらしい。外に出で、頭を冷やせって感じだったようだよ。」

「じゃあ、いつ日本に戻ってきたの?」

「ううん、いつだったかなあ…。珠理が生まれる前だったと思うけど。」

冷蔵庫の中身をチェックし、買い出しリストを作っていた母が、

「昭和四十四年の六月!」

と言った。そして、姉のバイト先の責任者こと、「センセイ」の話題を引き継いだ。

「“彼女”、すごいんだよ。留学したら、心を入れ替えたというか、生まれ変わったというか、すっごく頑張ったらしくて、最初に発表した論文で博士号取ったらしい。そのあとも、いろんな賞を取って、昭和四十四年六月に凱旋帰国!」

(わあ、あまり聞きたくないキーワードが出てきた…。)

洗い物を終えた父が話を継いだ。「“あいつ”さあ、戻ってきてすぐ、母校の講師になったんだよ。でも、“あいつ”、こっちじゃ二年中退なんだぞ。」

さらに、母が、「そして、いまや、あんなところで教授だもんね。昔を知ってるわたしたちにしたら、ビックリだよね。おとうさん。」

笑う、父。

珠理は、あれっ?と思ったので、父に、

「でもさ、今やっている仕事って、中国の文献をなんかすることじゃないの?」

「あれは、暇つぶし。だから、現場にもほとんど顔出さないらしいよ。以前、沙理[さり]が、そんなこと言ってた。」

そんな言葉をフォローするように、母が話を継いだ。

「この国で、“彼女”の研究が活かせるのは、あと五年、十年かかるらしい。でも、“彼女”を海外に出してしまうと、二度と日本に戻ってこないかもしれない。だから、やりたいことを好きにやらせて、この国につなぎ止めているってことらしいのよ。まあ、お友達からの受け売り情報だけどね。(笑い)」

(うわあ、センセイは、留学中に覚醒し、前世で得た知識も元に、論文を発表したってことなんじゃないの? あっそうか、父母との三角関係時代は、まだ覚醒していなかったんだ。だから、おかあさんは、飛ばされなかったのか。納得。)


部屋に戻り、作業を再開。パトカーが三台来たという件[くだり]から、コード化された札絵[ふだえ]を、まずANKに変換。続いて、該当すると思う漢字を交じえながら、かな漢字文に書き改めていく。ただし、単語間のセパレータとしての半角スペースは、おおむね省いた。

「…パトカーが三台来たそうです。
最初にこんな話をしたのには、大きな理由があります。沙理として生きた、私の人生の中で、これがもっともドラマチックな話だったからです。あなたには話していませんでしたが、私には沙理以前があるのです。その沙理以前の私も沙理と同様に、男女の恋愛とはまったく無縁の人生でした。あなたも、どちらかといえば、男性よりも女性に好かれやすい人だから、両親の話が参考になればと考えました。」

いらぬお世話ではあるが、否定できん。

「次に話しておきたいのは、私が事故にあった日のことです。あなたが私に手渡した紙切れは、正式名をケントクといいます。漢字で表す時は、ケンは、遣隋使や遣唐使の遣。トクは、説明が難しいのですが、ツミヲアガナウという意味のショクザイのショク。その漢字のヘンを貝殻の貝から片方の片に変えた字です。」

そこで、“贖罪”のショクの偏[へん]を「片」にかえたら、“牘”になった。たぶん、この字だろう。

「牘[とく]というのは、文字を書いた木の札のことです。あなたが今読んでいるのも実は牘なのです。もともと遣牘[けんとく]は、牘を渡すという行為を意味していましたが、後にその牘そのものを表すようになったといわれています。」

謎の女こと本鍛冶茜[もとかじ・あかね]や姉のバイト先の責任者こと「センセイ」は、“遣牘[けんとく]”という呼び名を知っているのだろうか? もし、知らなかったら、これは、自慢できるね。

「ただし、一般的には、おくりふだと呼ばれることが多いです。漢字で書くと、送金や送料の送に札幌の札です。」

“札幌[さっぽろ]の札[さつ]”よりも、立て札[たてふだ]の札[ふだ]とかの方が、例え方としてはわかりやすいのではないかなあと、どうでもいい指摘はともかく、意外な話が、その続きに書かれていた。

「ちなみに、あなたが、私に手渡した送札は、私自身が描いたものです。一目でわかりました。ただ、いったい、いつ、誰に描いたものなのか、送札の表裏[おもてうら]を見る振りをしながら、思い出そうとしましたが、だめでした。

それと、送札を受け取ると、受け取った者は、私のように、ひとまず死にます。そして、送札で指定された、時と場所で、私のように産まれ直します。

送札は、私が死ぬと同時に、本来の持ち主であるあなたの元に必ず戻ります。私は、右手で受け取ったので、本来ならば、あなたの右手に戻ったはずです。

ただし、頻繁に送札を描く者にとって、このルールは、実は非常に都合が悪いのです。というのも、送札を描いている最中に別の送札が、突然手元に戻ってくることがあるからです。

そのため、私は、手元以外に送札が戻ってくる仕掛けを考えました。この仕掛けは、私が所属していたグループ独自のもので、極秘事項のひとつに指定されています。そのため、詳しい仕組みは、あなたにも教えることはできませんが、ヒントをひとつ。私が使っていた財布にその仕掛けが施されています。

もし、あなたがまだ、私に手渡した送札を発見できていないのならば、私の財布によく似た、あなたの私物を調べてみてください。」

マンガだったら、わたしの頭上には、大きく“ガーン”と書かれていることだろう。誤動作ではなかったのか? わたしの財布の中に、戻るべくして、あの送札は、戻ってきたというのか?!

【続く】

[031]現代編 第二十一回  珠理×第三曙荘

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)
  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第二十回  珠理×第三曙荘


1989年(平成元年)6月12日(月曜日)。閉店までバイトをして帰宅。DK[ダイニングキッチン]で一人晩ご飯を食べていると、このところずうっと機嫌の悪い母が、珠理[じゅり]の向かいに腰掛けた。そこが母の、DKでの定位置である。父は風呂のようだ。

「あんたさあ、両親にほとんど関心ないよねえ。沙理[さり]は、ちっちゃい頃から、『おとうさんとどこで知り合ったの?』とか『プロポーズの言葉はなんだった?』とか、答えづらい質問をしょっちゅうしてきたけど…。あのさあ、掲示板の書き込み読むと、三角関係だの修羅場だの、もめ事の話ばっかりじゃない! なぜ、その後に起こった感動的な話の数々をオフ会で披露しなかった!!」

「………?」(あれっ? わたし、何を叱られているんだろう?)

母の話は続く。「あんた、わたしたちの結婚記念日がいつだったか、知ってる?」

「………。」(あっ、ヤバイ。聞いたことあるけど覚えてない。)

「わたしの二十歳の誕生日よ。日本国憲法の下[もと]、『両性の合意のみに基いて成立し』た婚姻なの! もちろん、わたしの両親は、猛反対。家出同然で、当時おとうさんが住んでいたアパートに転がり込んだの。」

その後も、母の話は続いた。実家の母、すなわち珠理の祖母は、すぐに結婚を許してくれたこと。そして、足らないものがあれば、二人のアパートまで、たびたび持ってきてくれたこと。二人で一緒にアパートから大学へ通うのが楽しかったこと。結局、式も披露宴も挙げてないことなどなど。

そんな、母の思い出話だか、説教だかが続いている中、風呂上がりの父が水を飲みにDKにやってきた。母は、そんな父にむかって、

「おとうさん。おとうさんが住んでたアパート、なんて言ったっけ?」

「ああ、第三曙荘。うちは、そこのB棟101号室。駅から近い順に第一、第二、第三って名前だったらしい。」

「“駅”って? どこの?」と珠理が、素朴な質問。父は、顎で最寄りの駅の方向を指しながら、「そこ。」と応えた。

「え?! おとうさんて、学生の頃からこの近くに住んでたの?」と驚く珠理を見て、母が、今晩、最初に言った言葉を繰り返した。

「あんたさあ、両親にほとんど関心ないよねえ。」

「しょうがないよ。珠理は、僕たちが就職できて、こっちに越してきてから生まれたんだし。」と、父が、かばってくれた。

そして、父は、古新聞の置き場に行き、裏が白紙のチラシとボールペンを持って、DKの定位置に着席した。そして、図示しながら解説してくれた。

「ここが、今の家。ここが商店街で、ここが駅。駅近くのここらあたりに第一曙荘があった。線路を戻って、少し行ったあたりに第二曙荘、いまはないけど。そして、商店街の裏にある大きな公園を挟む形であったのが第三曙荘。木造二階建て三棟から成っていて、それぞれA棟・B棟・C棟と呼んでいたんだ。」

父は、アパートの間取り図を書きながら、

「各棟の一階101号室と二階201号室は、所帯向けで風呂が付いていた。そのほかの部屋は、単身者向けで風呂はなかった。僕は、実家から重たい本をたくさん持って来るつもりだったので、広い部屋が欲しかった。それに、床が抜けると困るから一階という選択肢しかなかったんだよ。」

「えっ、あの部屋って、そんな意味があったの?」と母。

(母上、あなた様も、あたしのことをとやかく言えないのでは…。)

「風呂はあったけど、ほとんど入ったことなかったけどね。」と父。

「えっ、なんで?」と母&珠理。

「自分一人のために、風呂をたてて、入って、掃除してなんて面倒くさいんだよ。だからほぼ銭湯通[がよ]いだった。第一曙荘のそばにあった銭湯は毎月五がつく日が休みで、第二曙荘と第三曙荘の中間にあった銭湯は毎月七がつく日が休み。そんなわけで、入りたければ、毎日でも入れたから。」

「そうだったんだ。ずいぶん、お風呂、きれいに使っているなあって、思ってた。一緒に住むようになった頃。」と、母。

(母上、あなた様も、あたしのことをとやかく言えないのでは…。)

父は、最初に書いた地図に、書き足しながら、話を続けた。

「第三曙荘の並びに借家が二軒あった。アパートと借家の裏手は、畑のまんまだった。それらを全部つぶして、何年か前に高級マンションが建ったんだ。珠理も、遠くからなら見たことあるだろ?」

(えっ。遠くどころか、あたし、そのマンションに、すでに二度通ってます。)

「ねえ、第三曙荘っていったっけ、そのアパートに本鍛冶[もとかじ]さんて女性住んでいなかった?」

珠理は、父からボールペンを奪い取り、チラシに「本鍛冶」と書いた。

「僕は、あのアパートでは、厄介者[やっかいもの]だったからなあ。近所づきあいも、まったく無かったし…。」と、父。

「あんな騒動起こしちゃったら、そうなるわね。(笑い)」と、母。

「ハハハ、“あんな”ってどのこと?」と、父。

「パトカーが三台も来た時の話よ。」「ああ、あの時。僕、生まれて初めて警視庁のパトカー間近で見て、興奮したなあ。」「これだから、地方出身者は。わたしなんか、小学生の頃からパトカー乗せて貰ってましたから。」

夫婦揃って、“何自慢”だよと珠理は思った。そして、もし、東京大空襲がなかったら、実は父も東京生まれだったことを、母には伏せておこうと思った。

「あれ、なんの話だったっけ? あっそうそう、“アオイ”のママって本名“本鍛冶”さんじゃなかった?」と、母。

「本名とかあったんだ。僕、あの人には、“アオイ”のママ以外のイメージがないんだよ。」と、父。

(話が一つつながった。あれっ、待てよ。)

珠理は、「あのさ、それじゃあ、本鍛冶さんというか、“アオイ”のママも、おとうさんのこと、っていうか、家[うち]の名字知ってたってこと?」と、父に。

「たぶんそれはないと思う。あのアパートに引っ越した時、僕さあ、表札というか名札を部屋に付けるの忘れちゃって。あそこ引っ越すまで、そのままだったから。でも、郵便屋さんはすごいよね。ちゃんと郵便、配達してくれたから。たぶん、僕は、“名無しの不良学生”っていう扱いだったんじゃないのかなあ、あのアポートでは。」と、父。

(それならいろいろ説明がつく。)

続いて珠理は、チラシに「蒲池[かまち]」と書き、

「それと、蒲池さんっていう、ご夫婦も住んでいたと思うんだけど?」と両親にたずねた。

「夫婦者はわたしたち以外にはいなかったと思う。姉妹や兄弟で入っている人はいたみたいだけど。」と、母。

「ちょっと待って、借家の人って“蒲池”さんって言わなかったっけ。手前の借家。」と、父。

「ああ、そんな気もする。日曜日の朝、家の前で、よく洗車してたよねえ。車好きのおじさんが。」と、母。

(これで全部、つながった。父の書いた地図によれば、三人の転生者は、大きく見積もっても半径十メートル以内にみごとに納まっている。“送札[おくりふだ]”の恐るべき精度。きっと、姉自身というか“起上[おこりのかみ]”が描いたものなのだろう。姉が生まれたのが、確か、昭和四十一年九月十日。「のっぽさん」は、手紙によれば、昭和四十二年四月二日生まれ。本鍛冶茜[もとかじ・あかね]もオフ会で二十二歳になったばかりと言っていた。こちらも一年未満にきっちり納まっている。スゲエ!)

「ちょっと、あんた、ちゃんと話、聞いてる?! 今、一番、いいとこなんだから。」母に、叱られた。

両親によると、母は姉を産む前日(金曜日)まで大学に通っていたという。初めての出産ということもあり、母は、とても怖かったそうだ。が、姉はまさにストンと産み落ちたそうで、便秘の時の方がよっぽど辛かったと宣[のたま]う。それに比べ、珠理[あんた]の時は、大きかったから大変だったとか。こんなことまで、姉と比較される妹は、我ながら可哀想だと思う。大きかったのは、わたしの責任じゃないと思うけど…。

両親が姉を授かったのは、二人はまだ大学三年生、秋だった。当初、姉は、母の実家、すなわち、電気屋さんに、朝、母が預ける。両親とも日中は大学へ。その間は祖父母が姉の面倒をみたそうだ。夜、母が、姉を受け取り、父のアパートに帰るという生活だったらしい。もちろんそのころには、母の父、すなわち珠理の祖父も結婚を許していた。

ところが、だんだんそういったことが面倒くさくなって、その後は、母が姉と一緒に実家に引っ越し、父は通い婚状態になったという。そして、そのまま、卒業。コネなどもあり、両親揃って、公立中学校の教師となった。

収入も安定したことだし、通い婚は止めて、家を持とうということになり、今の家、庭付き新築一戸建ての建て売り住宅をローンを組んで買ったのだとか。引っ越してきたのは、勤務先である中学校が夏休みの時、当時、父二十三歳、母二十二歳、姉の沙理はあと少しで満二歳になる頃だったという。

珠理は、そんな話をいかにも楽しげに珠理に語る両親を見ていたら、ひとつ思い出した。

「そういえばさあ、あたしが小学校の三年だったか、四年だったか忘れたけど、おとうさんに、『うちに今、借金どのくらいあるの?』って聞いたら、おとうさん、『謝金はない。』って言ったよね。」

父は、笑顔で、

「去年の十二月に、実家の祖父[じい]さん(父の戸籍上の父)の十三回忌があっただろう。うちは、前の月にあんなことがあったんで、僕しか出なかったけど。それでね、子供たちには言ってなかったけど、実は、祖父[じい]さん、僕ら三人兄弟にビックリするくらいの遺産を残してくれたんだ。それで、ローンは全部返した。それでもかなりおカネ残ったから、それらは利率のいいところに預けてる。だから、私大の医学部に編入することになっても、心配することないから。」

と。それを聞いた母が、

「今日聞いた話のうち、最後のは他言無用な。それ以外は、どこで誰に言いふらしてもかまわないから。ていうか、“カサブ蘭花[らんか]”さんには、是非、是非伝えて! 彼女の書き込みは、みんなが読むから。」


晩ご飯は、とうの昔に食べ終えている。縁[ふち]が欠けている珠理のお茶碗にはじまり、全ての食器は、話をしながら父が洗い終えている。我が家では、洗い物は、父の仕事である。



珠理の自室。そろそろ寝ようと思っていたら、視野の端っこに、途中で解読するのを止めたままの、あの竹簡ぽいヤツが。今晩、両親から聞いた話も、実はこいつに、姉が書き残していたのでは?とも思ったが、明日確認すればいいや。もし、明日になっても覚えていたら。もう寝よう。

横になり、目をつぶる。つぶったまま、目を懲[こ]らす。雑念を取り払う。さらに目を懲らす。波模様や幾何学模様が見えはじめる。さらに、模様に意識を集中しながら、目を懲らす。模様は、物の形に収束しはじめる。珠理は、眠りに落ちた。

[030]現代編 第二十回  珠理×第一回勉強会

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)

  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第二十回  珠理×第一回勉強会

東京もとうとう梅雨入りである。1989年(平成元年)6月11日(日曜日)、冷たい雨が降る中、珠理[じゅり]は、謎の女のマンションへと向かっている。オフ会のあった、先週の日曜日は真夏の暑さだったが、今日は打って変わって、お彼岸の頃の寒さである。

マンションの入口が見える辺りまで近づいたら、雨の当たらないところに二人の女性が立っているのが見えた。小さい方は、たぶん、謎の女だろう。大きな方は、家族の誰かか? 約束の時間には、まだ五分ほどある。

珠理が入口にたどりつき、傘をたたみ終えると、謎の女は、もう一人の女性を「こちら、本物の“カサブ蘭花[らんか]”さんです。」と、紹介した。本物の“カサブ蘭花”さんは、いかにも、いいとこのお嬢様風。身に着けている物も、行きつけのお店で誂[あつら]えましたって感じである。

続いて、その女性に「こちら、“代理さん”です。」と、珠理を紹介した。それに比べ、珠理は相変わらずのGパン姿である。そもそもスカートは、高校時代の学校指定の標準服、それと冠婚葬祭用に買って貰った礼服しか持っていない。

互いに初対面の挨拶を交わした後、三人して謎の女の家へ向かった。


先週と同じように、丸い敷物の上に座らされた。謎の女は、キッチンへ。そして、大型冷蔵を開けようとしていたので、珠理は、キッチンに向かって、「飲み物なら、今日は寒いので、温かいものをお願いしまあす。」と声を掛けた。

「はあい。」と軽やかな返事が返ってくる。丸いちゃぶ台を挟んで、珠理の向かい側に座っている、本物の“カサブ蘭花”さんは、最初の挨拶以降、ずっと無言である。

困ったことに、本物の“カサブ蘭花”さんが、謎の女の素性をどこまで知っているのか、全くわからないので、迂闊[うかつ]に話を振ることも出来ない。なんの会話もないまま、五分ほど、実際にはもっと短かったかもしれないが、経ったころ、やっとお茶が運ばれてきた。駅の近くの商店街にあるお寿司屋さんの大きな湯飲みが三つ。丸いお盆のまま、丸いちゃぶ台の上に置かれた。

そこでさっそく、謎の女に向かって、「本物の“カサブ蘭花”さんは、どこまで話を知ってるの?」と尋ねた。すると、なぜか、本物の“カサブ蘭花”さんが「認知されていないことは知っています。」と応えた。

「???」珠理は、自分は、たぶん、きょとんとしているだろうな、と思った。

そこで、謎の女に向かって、「どういう意味ですか? アオイさん。」と話を向けたら、今度は、謎の女と本物の“カサブ蘭花”さんが、きょとんとしている。

この謎の状況を解決したのは、本物の“カサブ蘭花”さんだった。謎の女を手で示しながら、

「この子、“アオイ”ではありません。」

珠理は、えっ、なんで?と思ったが、「でも、先週、管理人さんに向かって、“アオイです”って言ってましたよねえ?」と、謎の女に話を向ける。

すると、謎の女と本物の“カサブ蘭花”さんは、向かい合ってクスッと笑い、謎の女が応えた。

「“アオイ”っていうのは、お母さんのお店の名前です。もとは、お母さんの源氏名だったそうですが。ここでは、本名よりも浸透しているので、そう名乗ってます。本名はですね、…」

「あっ、ちょっと待って。」珠理が、話を遮り、姉とおそろいのショルダーバッグの中から、ノートとボールペンを出した。

謎の女は、ボールペンを持つと、ノートに「本鍛冶 茜」と書き、「もとかじ あかね」と読みを振った。そして、ボールペンを本物の“カサブ蘭花”さんに渡した。

本物の“カサブ蘭花”さんは、ノートの向きを変え、「笠部 蘭子」と書き、「かさべ らんこ」と読みを振った。

当然、本物の“カサブ蘭花”さんは、珠理にボールペンを渡してきた。珠理は、ノートに「代理」と書き、「だいり」と読みを振ったら、謎の女こと本鍛冶茜に叱られた。

珠理は、自分の名字が嫌いだ。まず、ちゃんと読んでもらえることが少ない。画数も多い。そして、由来も聞かれる。面倒くさいだけだ。だから、小さい頃から、“珠理”という下の名前だけで通してきた。たぶん、姉もそうだったと思う。

珠理は、誰に向かって言うでもなく「しょうがねえなあ」とつぶやきながら、ノートに「懐風庵 珠理」と書き、「かいふうあん じゅり」と読みを振った。

本鍛冶茜は、「初めて見たあ。」と、ちょっとはしゃいだ。そして、さっそく由来を尋ねてきた。(ああ、面倒くせえなあ。)


江戸時代、父の実家は、御殿医をしていたそうである。ところがあるとき(江戸中期頃だったらしい)、殿様と対立してしまった。殿様は怒って、御殿医を登城禁止にしたという。ところが、当時、御殿医が看ていたのは、主に殿様の実の母だったそうで、殿様としても、家来の手前、折れるに折れず、難儀していた。

それを見かねた重役の一人が、御殿医宅に赴き、互いに知恵を絞った。そのとき目に入ったのが、御殿医宅の庭にあった茶室“懐風庵”であったという。重役は、御殿医を新たな御殿医“懐風庵”として、登城させたのである。茶室“懐風庵”は、城内ではよく知られており、もちろん、殿様も知っていた。が、殿様はそれを咎[とが]めることなく、受け入れた。

それ以来、“懐風庵”は、一種の屋号として使われ続けたという。ところが、明治になって、新たに戸籍を作る時に、当時の戸主が、本来の家名ではなく、“懐風庵”で戸籍を作ってしまった。それ以降、現在に至るまで、我が家は、“懐風庵”なのである。

ちなみに、“懐風庵”を名字にしているのは、我が一族のみらしい。もっとも、和菓子屋さんとかの店名や屋号などには、あるかもしれないが…。


そんな、由来を二人に話したら、本鍛冶茜が「じゃあ、元の家名ってなんだったの?」

やっぱり、それ聞いてくるよなあと思いながらも、珠理は、正直に「佐藤」と応えた。佐藤は、父の実家辺りでも、もっとも多い名字らしい。

「ははは、“佐藤珠理”だったら、同姓同名が百人くらい、いるんじゃない。」と、本鍛冶茜。

はいはい、ここまでの流れが、定番となっている。気持ちを入れ替えて、

「それで、『認知されていないことは知っています。』っているのは、なんです?」と、ここは本鍛冶茜に問う。

「私、いわゆる、お妾[めかけ]さんの子なんです。でも、女じゃ跡継ぎにもならないって、認知してもらえないの。」と、なんか陽気に応える、本鍛冶茜。そして、

「“代理さん”も地元だから知っていると思うけど、このマンションが建つ前、ここに木造二階建てのアパートが何棟か建っていたでしょう。」

(確かに、そんなの建っていた印象がある。)

「以前はねえ、私たち母娘[おやこ]は、そこの一棟をまるまるあてがわれて住んでいたの。マンションを建てるっていうので、そこを出されて。私たちお払い箱なのかなあって、お母さんと話していたら、駅前のマンションに移されて。ここが完成したら、この部屋があてがわれたわけ。電話代と食費以外は、出して貰っているみたい。

でもね、お父さんの体の調子、最近あまりよくないみたいなの。この土日も、お母さんと湯治に行ってる。もし、お父さんが、死んだら、ここ出て行かないとならないみたい。

それとね、土日で出かかる時は、お母さん、土曜日に出先で買った生ものなんかを宅配便でここに送ってくるの。宅配便は、管理人さんが受け取ってくれるけど、あそこ大きな冷蔵庫ないし。私がすぐに取りに行って、ここの冷蔵庫に入れておくわけ。だから、今日はお留守番。」

謎の女こと本鍛冶茜の一人語りは、それで終わらなかった。次に、笠部蘭子を手で示し、

「こちらの笠部蘭子さんとは、幼稚園からずっと一緒。通称“カサピー”。小学校の高学年の時、丸々太っちゃって、その時は、“カサブー”でした。うちの学校は、あだ名OKなので、人気のある先生は、みんなあだ名で呼ばれています。私は、ずっと“モッチー”って呼ばれています。」

と、珠理にとっては、どうでもいい話が続いたのち、

「笠部蘭子さんこと“カサブ蘭花”さんが、パソコン通信の掲示板で話題になっている“代理さん”を一度見てみたいということで、今日ここにお招きしました。“カサブ蘭花”さん、いかがですか、“代理さん”を見た感想は?」

話を向けられた、笠部蘭子は、珠理の方に顔を向けることなく、本鍛冶茜に向かって、ひとこと。

「普通でした。」

我が意を得たりとばかりに、本鍛冶茜が続ける、

「だから言ったでしょ“普通”だって。ちょっと生意気な、ただの二年生よ。ううん、じゃなくって、ちょっと生意気な、性格の悪い、ただの二年生!」

続いて、珠理に向かって、

「この子ねえ、“代理さん”のこと、いろいろ妄想しちゃったみたいで、この一週間、ほんと、大変だったの!」と、やや興奮気味。

珠理は、ちょっと気になっていたことがあったので、笠部蘭子に尋ねてみた。

「“カサブ蘭花”さんは、今の“サルオ”が、二代目ということは、ご存じですか?」

「はい、掲示板で知りました。」(なんか、久しぶりに目が合った気がする。)

「では、先代の“サルオ”。たぶん、昨年の十月頃までは、活動していたと思うんですが。その書き込みを読んだことってありますか?」

「はい。“サルオ”さんは、私よりも早くから活動されていたので。」

「で、“サルオ”の正体が女性だってわかりました?」

「最初の頃はわからなかったと思います。でも、いろいろ読んでいると、性別とかだいたいの年齢とかは、自然とわかってきます。“サルオ”さんも、同世代の女性だろうなと想像はしていました。」

(ということは、母も、二人の“ネットおなべ”を見破っていたのか? それにも関わらず、わたしに、男性として紹介した? ちゃんと確認する必要があるな。)

ちょっと考え込んだ、珠理に向かって、笠部蘭子が、

「どうかしました?」

「あっ、いえ。オフ会に参加していた“チャンドラ”さんと“十一太郎”さんが、“ネットおなべ”だったのは、ご存じでした?」

「はい。うすうすですけど。」

「それって、割りと有名な話ですか?」

「有名かどうかはわかりせんが。みなさん、少なくとも、うすうすは気付いていたと思います。」

(完全に騙された! 仕返したい!)珠理は、少々改まって、

「あのですね。二代目“サルオ”の学生時代の血みどろの三角関係や修羅場の数々については、ご存じですか?」

「だいたいは。もちろん、掲示板に書かれている範囲ですけど。」

「では、より詳しい話をお聞かせしましょう。」

珠理は、ノートの新しいページをホワイトボードに見立て、話を始めた。

話の途中で、管理人室の管理人さんから、宅配便を受け取った旨の連絡が入った。本鍛冶茜は、宅配便を受け取りに出て行ったが、その間も、笠部蘭子を相手に珠理の話は続いていた。戻ってきた本鍛冶茜が、荷を開け、がさごそしているのを横目で見ながら、珠理は、一通りの話が終えた。

そして、使ったページをきれいにノートからはがし、差し出しながら、

「今の話、適当に要約して、“サルオ代理”から直接聞いたと前置きの上、掲示板に書き込んで貰えませんか?」と、笠部蘭子に頼んだ。

笠部蘭子は受け取ったノート片を丁寧に折りたたみながら、「ほんとにいいんですか? こんなこと、書き込んじゃって?」

「はい。それとついでに、わたしのことは、“普通だった”って、ちゃんと書いておいてください。(一礼)」

「(笑い) わかりました。」


本鍛冶茜がちゃぶ台に戻って来た。やっと勉強会が始められそうだ。と、思ったら、本鍛冶茜が切り出した。

「ごめんなさい。私、“代理さん”に札絵[ふだえ]教えられない。」

「???」(何、言ってんの?)

「あのね、私、札絵[ふだえ]を誰かに教わったわけじゃないの。だから、教え方がわからないの。」と、本鍛冶茜。

珠理が反応する前に、笠部蘭子が、「ねえねえ、“ふだえ”ってなんのこと?」と本鍛冶茜に。

(あれ、この人、事情を何も知らないんじゃないの? そんな人の前で、勉強会なんてやって、大丈夫なのかよ。)

何を考えているのか、本鍛冶茜は、

「あのね、札絵[ふだえ]って言うのは、私が、元いた世界で使っていた絵文字のこと。以前、カサピーにも描いて見せたことがあったでしょ。」

笠部蘭子は、「えっ? その話って、まだ生きているの? 子供の頃で卒業したのかと思ってました。」

それに対して、本鍛冶茜は、「この話、私の妄想じゃないから。」

(もう、面倒くせえなあ。)ひとまず、珠理が間に入ることにした。

「はい、ストップ!」二人が、黙ったのを確認し、ちゃぶ台を挟んで真向かいに座っている笠部蘭子に対して、盛大な作り話を始めた。

「私、先週、本鍛冶茜さんが作られた、空想世界の話を伺いました。」と言ったとこで、本鍛冶茜が、口を挟みそうだったので、目でそれを制し、話を続けた。

「その世界観が素晴らしくて、さすが文系の方は、発想が豊かだなあと思いました。その空想世界の最大のキーワードが“転生”、つまり、生まれ変わりです。

ご存じのように、“転生”に関しては、法隆寺の夢殿にある玉虫厨子に描かれているような、自己犠牲により、より良い来世が迎えられる話が、仏教哲学で広く語られています。つまり、前世の行いにより、現世が決まり。現世の行いにより、来世が決まるとする世界観です。

ところが、本鍛冶茜さんが創作された空想世界では、他者を意図的に転生させることができるのです。それに使われるのが、“送札[おくりふだ]”と呼ばれる道具です。

“送札[おくりふだ]”では、いつ、どこに転生させるかを指定できるのです。つまり、未来だけでなく、過去へも転生させることができるのです。そんな“送札[おくりふだ]”に様々な転生条件を指定するために描かれるのが、“札絵[ふだえ]”と呼ばれる絵文字だというのです。

さらに、本鍛冶茜さんの空想は膨らんでいて、ご自身も、ある重大な使命を帯びて過去から現在にやってきた転生者だとするのです。」

珠理は、ここでいったん話を止めた。笠部蘭子を見ると、話について来れているようだ。ついでなので、本鍛冶茜には、「もう少しだけ黙ってろ!」と目で命令した。

「それと、これは、私の勝手な希望になりますが、本鍛冶茜さんが創作されたこの空想世界の話は、いずれは、SF小説のようなかたちで、世に出してみてはと考えています!」

笠部蘭子を見たら、目がキラキラしている。

「モッチー、すてきじゃない! 私が、初めて話を聞いたのは、幼稚園のころだったから、あなたは、十六、七年も、この物語をずっと暖めていたのね。すてき、すてきだわ。」と、笠部蘭子は、一人で勝手に感動している。

チョロい。単純な女で助かったと珠理は、思った。そして、

「さあ、本鍛冶茜さん! 話を続けてください!!」と、笠部蘭子の感動に乗っかるかたちで、話の続きを促した。

しかし、本鍛冶茜は、冷めた目で珠理を見た後、笠部蘭子を見ながら一言。

「私の妄想じゃないから。」

本鍛冶茜は、ノリの悪い女であった。

丁度そのとき、家の電話が鳴った。本鍛冶茜は、勢いよく立ち上がると、電話機の元へ。三つ目のコールの前に受話器を取った。

「えっ、今、どこ。……。今、宅配便、受け取ったとこ。……。うん、わかった、そうしとく。じゃあ、気をつけて。」

と言って、電話を切った。

そして、ちゃぶ台を挟んで座っている二人に向かって、「あと三十分ぐらいで、お母さんたち帰ってくるって。ということで、今日は、ここらでお開きと言うことに。」

珠理も、笠部蘭子も、完全に白けていた。

「あっ、そうだ!」珠理は、三人半の氏名とふりがなの書かれたノートのページを笠部蘭子に向け、「連絡先、お願いします。」

続いて、電話機のそばにいる本鍛冶茜に向かって、「そっちの人も、連絡先お願あい。」と声をかけた。本鍛冶茜は、電話機の側にあったメモ用紙をもってきて、「“代理さん”の連絡先も教えて。」

ということで、第一回勉強会は、連絡先の交換で幕を閉じた。最後に、珠理が、本鍛冶茜に約束の二千円を渡そうとすると、笠部蘭子に「モッチーは、下級生からもお金取るの?」いわれ、しぶしぶ貰うのを諦めたようだ。次回からは、何か食べ物でも持ってこようと思う、珠理だった。


三人して、最初に出会ったマンションの入口へ。まだ、雨は降っている。笠部蘭子が、本鍛冶茜に「明日からも、頑張ってね!」と声を掛け、傘を差した。本鍛冶茜は、珠理に向かって「あのね、先週のオフ会の翌日から、私、附属高校で国語の教育実習やってるの。」といい、浮かない表情で話を続けた。

「でもさあ、生徒から、『韓国やベトナムは、とっくに漢字を捨てて、自分たちの文字を使っているのに、日本が、いまだに漢字を使っているのは、中国に媚びているからですか?』とかいわれちゃって。それが、いかにも日本をバカにしているようなの。でも私、言い返せなかった…。」

本鍛冶茜の話を聞きながら。珠理は、キレかかっていた。そして、言った。

「みなさん、いったんエントランスホールに戻ってください。傘を差している人は、傘をたたんで。はいはい、急いだ急いだ。」

全員がエントランスホールに戻って来たところで、珠理は本鍛冶茜に向かって、

「バカなあんたが、バカにされるのはかまわないけど、日本や日本人がバカにされるのは、納得がいかない。」と言いながら、ショルダーバッグの中から、ノートとボールペンを出し、「123456789」と書いた。

「あんた、これなんだか知ってる。」と、本鍛冶茜に。

本鍛冶茜は「数字でしょ。」と応え、笠部蘭子もウンウン頷いている。「じゃあ、日本における正式な名称は?」とさらに、珠理。

本鍛冶茜は「なんだろう。算用数字とか、そんな感じ?」、またしても笠部蘭子もウンウン頷いている。

珠理が「アラビ『ア』数字、もしくは、アラビ『ヤ』数字が正解!」というと、二人は「言う言う。」「そうも言うね。」といった反応。

イラッとした珠理が捲[まく]し立てた、

「あのねえ、この数字は、インド生まれなんだけど、アラビアからヨーロッパに伝わったため、広くアラビア数字って呼ばれているの。そんな経緯を知らなかろうが、あるいは、生み出した国と敵対関係にあろうが、そんなこと関係なしに、世界中で多くの人々が、この数字を使っている。なぜか? それは、便利だから。漢字も同じ。日本人にとっては、とても便利だから使っている。

たとえば、日本のお隣に『中華人民共和国』って国があるよねえ。先週の朝、軍の戦車が市民を轢き殺した。でも、『中華人民共和国』という国名の内、中国で作られた熟語は『中華』のみ。『人民』も『共和国』も、日本で作られた熟語だから。

極端な話、今、中国人が中国語で論文を書こうとしたら、どんな分野の論文でも、日本で作られた熟語なしでは、まず、論文を書き上げることができないから。

つまり、漢字を生み出したのは中国だけど、それを発展させ、より使いやすくしたのが日本だということ。もちろん、そういったことは、漢字に限った話じゃない。渡来した文化を発展させる知恵や技術があるからこそ、日本みたいなちっぽけな国でも、ここまで発展できたんでしょうが。

新しい文化を生み出すことはすごいことだけど、そういった文化を発展させることもまたすごいことだと思う。

それと、こういったことは、日本に限った話じゃない。たとえば、自動車を生み出した国が、常に、世界一早い車や、世界一安全な車を開発しているわけじゃない。それだけみてもわかるよねえ。」

管理人室から、拍手が聞こえた。珠理は、管理人さんに、会釈した。

本鍛冶茜は、まだ不満顔である。しかし、反論しなかった。たぶん、反論したら、珠理に、その何倍も言い返えされると思ったのだろう。

珠理は、ショルダーバッグに、ノートとボールペンをしまい。三人は、改めて、マンションの入口に出た。笠部蘭子は、二人に別れを言い、傘を差して、一人、駅へ向かって歩き出した。それを見送りながら、本鍛冶茜は、珠理に顔を向けずにひとこと、

「“代理さん”は、科学者よりも、詐欺師に向いてるよ。」と。

珠理も傘を差し、本鍛冶茜に背を向け、自宅へと歩き出した。

しばらく歩いて、マンションの入口の方を見ると、まだ、本鍛冶茜が立っていた。わたしたちの姿が見えなくなるまで見送るつもりなのか、それとも、母親を迎えるためなのか…。


1989年(平成元年)6月12日(月曜日)、梅雨にも関わらず、朝から良い天気。それにも変わらず、母の機嫌は、いつになく悪かった。珠理は、中学校の生徒さんたちをちょっとだけ心配した。

[029]現代編 第十九回  珠理×緊急召集【下】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)

  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第十九回  珠理×緊急召集【下】

まず、珠理[じゅり]は、ホワイトボード右半分の一番上から、「1989.5.1 警察TEL」「1989.5.3 珠理、警察」の二行を書き足した。

「この五月一日の前日、『くそビッチ』じゃなかった、草生美智[くさお・みち]さんの事故がありました。私は、警察から家に電話が掛かってきた時、てっきり、草生美智さんの件だと思いました。しかし、そうではなかったのです。掛けてきたのは、蒲池[かまち]先輩のご実家を所轄する警察でした。

電話の内容は、私宛てと思われる遺品があるので受け取りに来て欲しいというものでした。もとの持ち主は、身元不明の老人とのことでした。最近になって、その老人が借りていたアパートが見つかり、そこにあった遺品の中に私宛てと思われるものがあったのだそうです。ちなみに、その老人がなくなったのが、一月六日の夜。交通事故だというのです。そう、私が、蒲池さんのご実家の民宿を立った日の夜です。

とするならば、この亡くなった老人というのは、あの謎の老人ではないか? しかし、なぜ、私の住所、氏名、電話番号を知っていたのか? それらの疑問を解決するため、五月三日、日帰りの予定で警察署に向かいました。

案の定、亡くなっていたのは、あの謎の老人でした。しかし、私の個人的な情報をどこから手に入れたのかはわかりませんでした。また、謎の老人は、そのときもまだ身元不明のままでした。」

ホワイトボード左半分の「1989.1.4~6 珠理、民宿(実家)」の下に、「1989.1.6 謎の老人、死亡」を追記。合わせて、「1989.5.3 珠理、警察」に「…謎の老人の死を知る」を付け加える。

「実は、このとき、警察署で私に応対してくれたのは、謎の老人の件をあつかった警察官ではなかったのです。あとでわかったことですが、なんと、最近着任したばかりの、署長さんでした。

その日は、私、日帰りだったのですが、東京に戻ってきて、大事なことを忘れていたのに気付いたのです。それは、蒲池先輩のご実家に寄ることです。もちろん、この時点では、私は、蒲池先輩がすでに亡くなっていたことは知りませんでした。私としては、蒲池先輩に会って、退学の理由などを直接聞こうと思ったわけです。

そこで、改めて、ご実家にお電話して、一泊二日の予約を入れました。合わせて、警察署の方には、謎の老人の件を担当された警察官から直接お話が聞けないか、お願いしました。これが冒頭でお話しした“別件”です。

正直なこと言っちゃいますとね、当時のあたしにとって重要だったのは、第一に、『のっぽさん』っていうか蒲池先輩の退学の件。あたしたち、結構仲良かったと思うんですけど、あたしに一言もなしに学校辞めちゃうってどうゆうこと。先輩のおかあさんとも、わたし、結構仲良かったと思っていたのに。先輩のおかあさんとは、一月六日まで一緒にいたんですよ。なのに、一言もなしですよ! 二人に会って、文句の一つでも言ってやろうかと思ってました。」小さな笑いが起きた。珠理は、話を続ける。

「それに比べると、謎の老人が、どこでどう死のうが興味はありません。ただ、なぜ、私の個人的な情報を持っていたのかが知りたかったんです。万一、私の情報が闇の組織にでも流出していては、一大事ですから。」再び、小さな笑いが。さらに、話を続ける。

「というわけで、再び警察署に伺うのは、あくまでも蒲池先輩とは“別件”でした。」

「1989.5.6~7 珠理、民宿(実家)」に改めて「…センパイの死を知る」を書き加える。さらに、その下に、「1989.5.7 珠理、警察(再)」を追記。

「話がダラダラ長くなってしまいましたので、少々整理しておきます。というのも、“蒲池先輩のお話しをします”と言っておきながら、いまのところ、ほとんど蒲池先輩の出番、ありませんので。」またも、小さな笑いが。さらに、話を続ける。

「実は、この蒲池先輩の不在こそが重要なのです。そこで、話を繰り返しておきます。」といい、ホワイトボードに書かれている項目を、マーカーの尻で示しながら、話を続けた。

「私が、蒲池先輩に最後にお会いしたのは、一月四日の午前中でした。その後、私が、蒲池先輩のご実家を立ったのが一月六日。大学が始まったのが一月九日。そして、蒲池先輩はいつの間にか退学されていて、一月二十四日に地元で亡くなられた。そして、亡くなられていたことを、私が知ったのが五月六日。

その翌日、五月七日。警察署に再度伺ったわけですが、今回は、謎の老人の件を担当された方から直接お話しを伺うことができました。そこで、わかったことですが、」

(目一杯、タメて。)

「謎の老人は、一月六日に蒲池先輩によって殺されていました。」

(大事なことなので、もう一回。)

「謎の老人は、一月六日に、蒲池先輩によって、殺されていたのです!」

「1989.5.7 珠理、警察(再)」に「…殺人事件を知る」を付け加える。合わせて、「1989.1.6 謎の老人、死亡」に「⇒殺害 by センパイ」を付け加える。

全員、凍り付いくかと思いきや、立花先輩は、正常だった、そして、

「それ、ホントなの?」ときいてきた。

「はい。警察で調書、見せてもらいましたから。」

「もっと詳しく、お願いします。」と、さらに立花先輩。

「はい。昨年の夏合宿に参加された方は、ご存じと思いますが、近くのバス通りに雑貨屋さんがありましたよねえ。店の前に、郵便ポストがある。あそこが事件現場のようです。

そして、私たちも移動する時に乗せて貰った、蒲池先輩の車。あの車が凶器だそうです。蒲池先輩は、車と郵便ポストの間に謎の老人を、繰り返し挟むようにして、殺害したそうで、調書には『強い殺意を持って』と書かれていました。」

珠理は、全員が完全に沈黙するのを確認した後、話を続けた。

「蒲池先輩は、謎の老人を殺害後、自ら近くの公衆電話から110番し、自首したそうです。ところが、ここからが謎なのです。蒲池先輩は、自首したにも関わらず、完全黙秘だったそうです。そのため、十日間の勾留延期となり、そのまま留置所内で亡くなられたそうです。したがって、蒲池先輩と謎の老人との関係や犯行の動機も不明のまま。さらには、謎の老人が一体何者なのかも、まったく分からないそうなのです。」

「1989.1.6 謎の老人、死亡⇒殺害 by センパイ」の下に「 センパイ、自首&逮捕&完黙」を追加。

沈黙は、まだ続いている。ここまで珠理が語ってきたことは、ほぼ、真実である。でも、これでは、話にオチがつかないのだ。さあ、オチをつけよう!

「ここからは、私の想像になります。」と、一言ことわって、

「なぜ、蒲池先輩は、強い殺意を持って、謎の老人を殺害しなければならなかったのか? また、なぜ、謎の老人は、私の住所・氏名・電話番号などを知っていたのか? さらに、なぜ、謎の老人は、謎の貨幣を持っていたのか?

これらの謎すべてを解き明かす答えをひとつ見つけました。

それは、謎の老人が、遺跡を盗掘していた。あるいは、遺跡出土品の模造品を作っていた!というものです。

そして、それらの品を売りさばくための売り子として、私を利用しようとした。そこで、蒲池先輩を騙し、私の情報を手に入れた。それに気付いた蒲池先輩が、謎の老人を問い詰めた。しかし、話がまとまらず、最後には、私を守るために、謎の老人を殺害してしまった。そして、殺害後黙秘したのは、私を事件に巻き込みたくなかったから。」(あああ、「のっぽさん」は、わたしの中で、“英雄気取りの人殺し”として定着してしまいそうだ…。)

決して凍り付いくことのない、立花先輩が、パチパチパチと三回小さく拍手したのち、

「つっこみどころは、いろいろあるけれど、それも一つの答えかもしれないね…。でもさ、なんで、殺人事件の話、当時、僕らのところに伝わってこなかったんだろう?」

珠理は、ホワイトボード左半分の「センパイ、自首&逮捕&完黙」の下に「1989.1.7 昭和天皇崩御」を追記した。

立花先輩は「なるほどね…。」とひとこと。ひとまずは、納得してくれたようだ。

当時、学生たちの多くは帰省していた。そして、天皇崩御である。こんな地方の殺人事件など全国的にはほとんど報道されなかったのだろう。さらに、犯人と思われる者が警察署内で死んでしまった。これは明らかに、警察の不手際である。こういった様々な要素が、この事件の風化を急速に早めてしまったのだろうと、珠理は理解していた。


皆それぞれに、言い分はあるだろうけど、今日の緊急召集による集会は、お開きとなった。


ホワイトボードの左側には、

夏合宿
  オー? by 遺跡発掘者
  謎の老人…金貨などの話

1989.1.4~6 珠理、民宿(実家)…退学の話題ナシ
1989.1.4午後 謎の老人から、金貨などみせてもらう
1989.1.6 謎の老人、死亡⇒殺害 by センパイ
     センパイ、自首&逮捕&完黙
1989.1.7 昭和天皇崩御
1989.1.9 大学、始まるもセンパイ見た者ナシ
(丸で囲んだ)センパイ退学?

1989.1.24 センパイ死亡(心臓マヒ)


と書かれている。そして、右側には、

1989.5.1 警察TEL
1989.5.3 珠理、警察…謎の老人の死を知る

1989.5.6~7 珠理、民宿(実家)…センパイの死を知る
1989.5.7 珠理、警察(再)…殺人事件を知る


とある。まあ、こんなもんだろう、と珠理は思った。イレーザーで一行一行消していく。イレーザーも目詰まりしているようで、良く消えない。そこへ「白先輩」が、やってきて、ひとこと。

「演出、過剰。」

(へへへ。バレてたか。)

ホワイトボードには、いろいろな痕跡が残っているものの、消去は完了した。


帰りがけ、ギーさんが、珠理のシャツをツンツンとひっぱりながら、

「今日のも面白かったわ。ねえ、学祭でもこうゆうのやってくれない? ホワイトボードとか、買い換えたいんだけど、予算がないの。」

ツンツンするのは、今の女子のはやりなのか?と、どうでもいいことを考えつつ、

「えっ、有料ってことですか? いやですよ、そんなの。」と、断固拒否。

「なに言ってんの。無料にしたら、一番大きい教室でもお客さん入り切らなくなっちゃうじゃない! みんな、王子さまが動いているところが見たいんだから。(ニヤニヤ)」

と、しょうもないやり取りをしながら、二人して、学食に向かった。

ちなみに、「ギーさん」、正しくは“高榎哲子[たかぎ・あきこ]”という。しかし、入学当初から、だれも正しく呼んでくれなかったらしい。そこで、自ら、「“たかぎ”です!」と触れ回ったらしい。それで、「ギーさん」と呼ばれるようになったと、たしか「のっぽさん」に聞いた記憶がある。

「のっぽさん」、どの時代で、何やってるんだろうと、ふと思った。



珠理は、家に帰ると、「のっぽさん」母宛に手紙を書くことにした。というのも、五月八日に受け取った手紙の中に、「のっぽさん」の手紙の内容を知らせて欲しいと書いてあったからだ。もちろん、「のっぽさん」の手紙の内容をそのままお知らせすることなどできない。そこで、今日、サークルで披露した話をもとに、新たに話を作った。

書き上げ、読み返してみると、その内容は、珠理姫を救い出す、勇者「のっぽさん」の英雄譚であった。

[028]現代編 第十八回  珠理×緊急召集【上】

世界の歪みは… The secret(s) of the world(s)

  作:猪使華佗枯(いのづかい・かだこ)

【凡例】[ふりがな]/(注や心の声など)/※ネタバレや補足説明など


現代編 第十八回  珠理×緊急召集【上】

1989年(平成元年)6月5日(月曜日)。珠理[じゅり]は、四限が終わったらバイトに入るつもりでいた。ところが、三限と四限の間の休み時間に、珠理が「子分一号」と名付けたクラスメイト&サークルメンバーが「白先輩[しろせんぱい]」のお触れを伝えにきた。「四限終了後、サークル室へ集合!」とのこと。特に、珠理は、「必ず来て!」とのお達し。

今朝のお店での一件があるので、なんか面倒くさいことになりそうな予感はしている。しかし、行かないわけにはいかない。四限終わりに即行した。

サークル室には、幹事長の「白先輩」が一人でいた。何か古い書類の束のようなものを見ていた。珠理をチラッと見て、

「あのさ、君、『超常現象研究会』の現在の会員数って、知ってる?」

「白先輩」は、珠理と一対一で話すとき、珠理のことを「君[きみ]」と呼ぶ。そう呼ぶのは、今現在「白先輩」だけである。他のメンバーは、だいたい、“珠理さん”か“珠理ちゃん”。たまに、“珠理”と呼び捨てである。ちなみに、名字で呼ばれた場合は、完全無視と決めている。

「さあ、十五人くらいですかねえ。」

「ははは、普通、そう思っちゃうよね。でもさ、この学校の公認サークルって、最低でも三十人会員がいないとダメなんだ。知ってた?」

「いいえ。」

「ここもさあ、今は幽霊会員が多いんだよ。それでさ、昔はどうだったんだろう?って思って、調べてみたらさあ…。」

「“昔”って、ココそんなに古いんですか?」

「『超常現象研究会』っていう名称になったのは、十年くらい前から。それ以前は、『超心理学研究会』だったみたいだね。そして、それ以前というか最初は、『心霊現象研究会』っていう名称だったようだよ。ただ、ここに古い名簿が全て残っているわけじゃないから、他にも名称があったかどうかはわからない。まあ、大学側に確認すれば分かることかもしれないけど…。」

「で、それって、どこが違うんです?」

「ううん、平たく言うと。不可思議な現象は、霊の仕業であるとするのが『心霊学』。霊ではなく、生きている人間の仕業であるとするのが『超心理学』。それらに対して、不可思議な現象も突き詰めていけば、既知の物理現象に過ぎないはずだ!というのが、僕らの『超常現象研究会』の立ち位置なわけ。」

「非常にわかりやすい解説、ありがとうございます。で、『心霊現象研究会』から始まったから、幽霊会員が多いっていう、オチですか?」

「ははは、違う違う。ここ見て。」

「白先輩」は、わら半紙(?)に印刷された文字を指さした。それは、『心霊現象研究会』時代の会員名簿のようだった。そしてそこには、

「会計 草生美春」

とあった。珠理が「くそビッチ」と呼んでいた、草生美智[くさお・みち]ととてもよく似た氏名である。ちなみに、故・草生美智は、女装男子であったことが、すでに判明している。

「これって、…。」(「くそビッチ」の実父であるかどうかは、わからないが、親族であることは、まず、間違いないだろう。)

「君も、そう思うよね? 僕もなんだよ。あの子が、このサークルにやってきたのには、やっぱり、なんか因縁があったんじゃないのかなあ。」(「白先輩」もわたしと同じことを考えていたようだ。)

「それが、今日の緊急召集のネタですか?」

「違う違う、君に、蒲池[かまち]さんの話をしてもらうためだよ。」

そんな二人のやりとりの中、すでに何人かのメンバーが、サークル室に来ていた。顔ぶれを見ると、「子分一号」、一年男子の「ノッポ2[ツー]」、珠理がいるというだけで参加したらしい二年生女子の二人組。そして、ギーさんだった。クラスメイト&サークルメンバーの「子分二号」は、五限をとっているので、来られない。

ちなみに、「ギーさん」というのは、今年度からサークルの会計を担当している三年女子である。珠理がサークルに参加する前から「ギーさん」と呼ばれていたので、珠理もそれに従った。なお、昨年の夏合宿ではフトンを並べ、一緒にお風呂にも入った仲である。また、「くそビッチ」のことを嫌っていたので、春の取材旅行には参加していない。

その後も、印象の薄い三年生三人と二年生二人がやってきたが、四年生の顔は見当たらない。そこに、「遅れて、ごめーん。」といって入ってきたのが、四年男子で副幹事長の立花[たちばな]先輩。ちなみに、立花先輩は、昨年度の幹事長。「超常現象研究会」では、三年で幹事長をやった者が、四年で副幹事長を務めるのが内規になっていると聞いたことがある。

入ってくるなり、立花先輩は、「今年の一月までサークルのメンバーだった、蒲池君が亡くなっていたことが分かりました。一年生や、今年から参加した人たちにはなじみがないとは思いますが、昨年の夏合宿では、大変お世話になった方です。謹んで、ご冥福をお祈りしたいと思います。」と、あいさつした。

珠理は、今朝のお店での一件、「白先輩」の情報源は、立花先輩だったのだなあと思った。

続いて、「白先輩」が、「より詳しい話を、お願いします。」というとともに、珠理に目で指示してきた。珠理は、ここに来る前、昼にバイト先の“店長”に話した話をここでも繰り返そうと思っていた。が、先輩方が、そんな話で納得してくれるとは思えない。

珠理としては、当初「くそビッチ」の四十九日、すなわち、1989年(平成元年)6月17日までに、サークルのメンバー向けのお話を作れば良いと考えていた。十日以上も前に突然「説明せよ!」言われても、話が出来上がっていない。少々時間が欲しい。そこで、「白先輩」に話を振り直した。

「幹事長(サークル内での「白先輩」の正式呼称)。その前に、草生美智さんの話をされてはいかがでしょう?」

「あっ、それがあったね。ではまず、僕の方から、みなさんに報告したいことがあります。」

(よかった。「白先輩」が乗ってくれた。)

「白先輩」は、五月三十一日に学食で珠理に語ったことと今日の新発見について、みんなに話すのだろう。珠理にとっては、どちらもすでに聞いた話だ。聞いている振りだけしておくことにした。

(さあてと、お話を仕上げようか。まず、絶対に使っちゃいけないキーワードが三つある。「終[しまい]」と「送札[おくりふだ]」と「転生」だ。まるで、逆、三題噺[さんだいばなし]だな。あと、時系列で話した方がわかりやすいのだろうが、それでは盛り上がりに欠ける。“店長”にした話をベースにして、「実は…」って感じで、答えを小出しにしていく! あっ、ヤバイ。「白先輩」の話が、終わりそうだ。)

珠理は、挙手して「あのう…。」と言い出すと、「白先輩」が目で許可してくれたので、話を続けた。

「ゴールデンウイークにやった取材旅行って、幹事長発案という触れ込みでしたが、実は、草生美智さんの提案だったんですよねえ?」

「白先輩」が目で、「そうだ!」と言っている。

「あそこで自殺した高校生と草生美智さんの一族と、なんか関わりがあったんじゃないですかねえ。“心霊”繋がり的な…。」

「白先輩」を見たら「君、また、なんかわけのわかんないことを言い出したね」っていう目をしていたので、珠理は話を続けた。

「…ここが『心霊現象研究会』と名乗っていたころ、草生美智さんの縁者と思われる人物が、このサークルに参加していた。
1970年代に、男子高校生が、霊の存在だか、霊界の存在だかを証明するために崖から飛び降り、自殺した。
サークルに今年入ってきたばかりの草生美智さんは、その近くの崖から落ちて、亡くなった。
これって、“たまたま”なんですかねえ?」

「白先輩」をはじめ、何人かのメンバーの目に「?」マークが見える。

「たとえば、ですねえ…。」(と、気を持たせておいて、はぐらかす。)

「あっそうそう、今日は、蒲池先輩についてでしたね。では、ホワイトボード使わせてもらいまあす。」

珠理は、長年使ってきたせいで汚れの目立つ、名ばかりとなったホワイトボードに向かった。トレイから書けるマーカーを探し、ホワイトボードの右半分、上から三分の一あたりに、横書きで「1989.5.6~7 珠理、民宿(実家)」と書いた。

「ええ、私が、蒲池先輩が亡くなられていたことを知ったのは、ゴールデンウイーク中の五月六日でした。別件、ええと、それについては後ほど詳しくお話ししますが。別件で、蒲池先輩のご実家近くに用がありまして、寄らせていただきました。昨年の夏合宿に参加された方はご存じと思いますが、蒲池先輩のご実家は民宿を営なまれております。」

珠理は、ホワイトボードの左半分、下から一行分くらい空けて「1989.1.24 センパイ死亡(心臓マヒ)」と書いた。合わせて、左半分の一番上に「夏合宿」と書いた。

「お母様によりますと、蒲池先輩が亡くなられたのは、今年の一月二十四日だそうです。死因は、心臓マヒと聞いております。」

「あのう、そのボードの余白って、何か意味があるんですか?」と、一年生男子、通称「ノッポ2」(珠理命名)が、挙手の上、質問した。それに対して、立花先輩が、

「まあ、見ててごらん。これから、壮大な“後出しジャンケン”が始まるから。」とフォローしてくれた。(サンキュー、立花先輩!)

「結論といたしましては、以上が全てなのですが、私、蒲池先輩とは生前親しくさせていただいておりました。たとえば、アルバイト先を紹介していただいたり…」

誰かが、ぼそっと「看板王子」とひとこと。小さな笑いが起こる。が、珠理は、完全無視。

「…ということもあり、良い機会なので、蒲池先輩の人となり等を含め、いろいろお話しさせていただきたいと思います。」と、長い前置き。

珠理は、「1989.1.24 死亡(心臓マヒ)」の上、一行分ほど空けて、「センパイ退学?」と追記してから、

「実は私。今年の一月四日から六日まで、蒲池先輩のご実家にお邪魔いておりました。」と言いながら、ホワイトボードの左半分の上から三分の一あたりに、「1989.1.4~6 珠理、民宿(実家)」と書いた。

メンバーの顔を見渡すと、表情はさまざまだった。よし! “実は…”弾の着弾を確認。

「昨年の十一月に、私の実の姉が亡くなりまして、我が家では、今年は正月の行事がいっさい行えませんでした。暇をもてあましていたということもあるのですが、実は、昨年の夏合宿で不思議な話を聞きまして、より詳しい話を聞くために、ご実家の民宿を訪れていたのです。」

珠理、「夏合宿」の下に一行分空けて、「謎の老人」と追記し、急にくだけた感じで、

「あんときは、ギーさんも一緒にいたと思うんだけど。『のっぽさん』っていうか蒲池先輩から、遺跡発掘現場にいる名物おじいさんの話、聞きましたよねえ?」と、ギーさんに話を振ると、

「はいはい。あれって、とんでもなく長生きなお年寄りがいるって話じゃなかったっけ? だって、蒲池さんのお母さんが子供の頃から、ずうっと、おじいさんだったんでしょ、その人。」

「初めて聞く話だ。」と「白先輩」。

「そりゃそうよ。あのとき、珠理ちゃんとわたしと蒲池さんと蒲池さんのお母さんしかいなかったもの。」とギーさん。(補足、感謝。)

「実はですねえ、蒲池先輩のお母様から、その謎の老人の話を聞く二日前。民宿に私たちと一緒に泊まっていた、近くの遺跡で発掘作業を行っている、どこかの大学の考古学科の女子学生が、不思議な話をしているのを、私、聞いているのです。それは、確かこんなやり取りだったと思います。

『あれって、オーだよね。』
『先生も報告書には書くなって言ってた。』


珠理は、「夏合宿」と「謎の老人」との間のスペースに、「オー? by 遺跡発掘者」と追記した。

期待通り、「白先輩」が、即、食いつく。

「それって、オーパーツってことじゃないの?」(「白先輩」、サンキュー!)

「私、当時『オーパーツ』という言葉を知らなかったので、何言ってるんだろうなこの子たち程度にしか思いませんでした。すでにお話ししたように、その二日後、蒲池先輩のお母様から、謎の老人の存在を聞いた時、その老人ならば、何か詳しい話が聞けるかもしれないと思ったわけです。」

「それで、聞けたの?」と、「白先輩」。(「白先輩」、サンキュー!)

「はい。弥生時代終末期の遺跡から、大きさの異なる金貨と銀貨が出土したそうです。」

「謎の老人」に「…金貨などの話」を付け加える。

メンバーを見渡すと、「だからどうした」という顔がほとんどだった。

「わたしも、この話を聞いた時は、当時の地元の大金持ちが、個人的に中国から金貨と銀貨を輸入したのかな程度にしか思いませんでした。でも、もし、そうだったとしても、これって、大発見なんですよ! 新聞の一面に載るような。決してオーパーツなんかじゃありません。

その後。夏合宿から戻って以降ですが、機会あるごとに考古学関連の雑誌等に当たってみました。(大ウソですけど) しかし、そのような金貨や銀貨の話、全く載っていませんでした。やはり、あの遺跡から出土してはいけないものだったのではないか?そう考えたわけです。

そこで、改めて、その謎の老人から話を聞こうと思い、蒲池先輩のご実家に伺ったのが、一月四日だったのです。」

「それで、聞けたの?」と再び「白先輩」。

「はい。話どころか、大小の金貨と銀貨を一枚ずつ見せて貰いました。」

「えっ、その人、持ってたの?!」と「白先輩」。

「はい。他にも大小の銅貨をかなりの数、持っていました。ところが、それらは、不思議なことに真新しかったのです。その点を指摘すると、謎の老人は『これらは使っていてもほとんどすり減らないし、錆[さび]もしない』と言うのです。

ただ、話の内容がかなりうさんくさくて、突っ込むとはぐらかされるし、要領を得ませんでした。(半分ホント。)

翌日、また、会いに行ったのです、会えませんでした。結局、そのまま会えず、私、一月六日にむこうを立ちました。」

「1989.1.4~6 珠理、民宿(実家)」の下に「1989.1.4午後 謎の老人から、金貨などみせてもらう」を追加。

メンバーを見渡すと、多くが「だから何?」という顔をしていた。

珠理は、やや語気を強め、

「あのね、あたし、あっちには、六日までいたんですよ! 蒲池先輩のお母さんとも、前以上に仲良くなっちゃいましたしね。といっても、蒲池先輩と会ったのは、四日の午前が最後でしたけど…。

でもね、その間、退学の『た』の字も出ませんでしたよ!」と言いつつ、ホワイトボードの「退学?」をマーカーで丸く囲んだ。

「それと、これは、みなさんにお聞きしたいのですが、今年になって、学内で蒲池先輩に会われた方や、見かけられた方、いらっしゃいますか?」

全員、沈黙。

「センパイ退学?」の上に「1989.1.9 大学、始まるもセンパイ見た者ナシ」。「1989.1.4~6 珠理、民宿(実家)」に「…退学の話題ナシ」を書き加える。

「あたしが、『のっぽさん』というか、蒲池先輩の退学を知ったのが、一月十六日でした。当然、手続きはその前に完了していたはずです。たった二週間にも満たない間に、いったい蒲池先輩に何があったのか? 想像してみてください。」

珠理は、メンバーの顔をゆっくりと一往復して、

「その想像。全部、外れです!!」と、断言した。そして、

「ここからが本題です。いままでの話は、長ーいプロローグだと思ってください。」

【続く】